サロン楽屋話052:Oasisが教えてくれた──「何にでもなれる」という生き方
Oasis(オアシス)の楽曲『Whatever』、「何を言おうと 問題ない」と歌われます。自分の想いを言えなかった男子高校生は、その歌詞に背中を押され、ありのままの声を届けた。「何者かになろう」としなくていい。私たちはすでに、「何にでもなれる」存在。I'm free to be whatever I
▶言いたいことを言うのは「わがまま」じゃない
「言いたいことを言う」などと言うと、それはわがままだと眉をひそめる人もいます。
みんな言いたくても空気を読んで我慢しているのだと。
口には出して言わなくとも、実際にそうしている人は、少なくないでしょう。
とはいえ、言いたいことを言わないと「察せ」という雰囲気になる。
「自分はこういうことに困っている」と伝えるのと、何も伝えずに「我慢(不機嫌)でいるのと」、どちらが誠実でしょうか?
私は、言うほうが誠実だと思います(関連記事「自分を嫌いなのは、あなたが悪いからじゃない ― 嫌われる勇気より、『言う勇気』」)。
▶Oasisを知らない私が、Oasisから学ぶ
ここからは、先に断っておきますが、私はイギリスのロックバンド「Oasis(オアシス)」のことを、何も知りません。
ただ「クローズアップ現代」を視聴し、今回のコラムを書くにあたって歌詞から読み取れた学びについて、自他の人生にとって参考にできるよう書く立場です。
後述する量子力学の不確定性原理についてもまだ、全容が科学的に解明されていないでしょうから、私の「意見」も多分に含まれます。(関連記事「注釈まとめ・私たちは『流れている』から傷もきれいに治る」)。
ここから先は
スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero
