1%のプラクティスが99%のセオリーに勝る完全無欠のビューティの掟👩
エレベーターは音も無く滑るように昇っていく。
見下ろすと透明なガラス窓から表参道の交差点がぽつりと見えた。
扉が開くとしんとした空気が肌を通り抜ける。
いかにもモデルといった優に170は超えるスラリとした女性2人がすれ違ってエレベータに乗り込んだ。
「お腹すいちゃった。Billsでリコッタパンケーキ食べたいな」
「うん、ご褒美ご褒美💕」
この2人の細いウエストにどのようにパンケーキが吸収されるのだろう。
あずきは受付の女性に「今日って丸さんいる?」と声をかけた。
受付の女子は黒髪おかっぱにメガネをかけていて明らかにこのハイソなスタジオに浮いているように見えた。
でもメガネの奥の大きな眼は吸い込まれそうなほどに光を放っていて、明らかに目を引く美しい女性だった。
ついカタチの良い胸に目が行ってしまったが彼女は何も気にとめないで
あずきに無言のまま「あちらへ」と手で部屋奥を指し示した。
しかしこれほど無表情な女性にお目にかかることはなかなかない。
ただそれが彼女の場合、妙にしっくりきていた。
何百年も昔からそこに置かれていた菊人形のように
そのシックな雰囲気の受付と完璧に調和していた。
受付の右手の自動扉が開くとそこには応接間のような空間があり
そこのモスグリーンのソファにあずきと横並びに座った。
どうやら通常のフィットネススタジオではなく、個室スタジオのようだ。
奥の扉から出てきたのは
生まれてこの方見たことのないほどの巨漢の男だった。
ただ脂肪という概念が消し飛んだかのような鋼の肉体。
思わず息を呑んだ。
スタローンとかシュワルツネッガーとかを彷彿とさせる魅せる筋肉ではなく、一切の無駄なく強固に搾り上げられた実践的な(何に実践的かわからないが)機能的な完璧な肉体。
手を伸ばして触ったら電流が流れそうだった。
「丸さん、連れてきたよ」
男はふと私を見た。
殺気が宿ったように見えるのは気のせいだろうか。
男は私を見ている。
部屋中の空気がお亡くなりになって、自身が塵や芥と化したかのような無力感に襲われた。
「この男は違うな」
「え、何言ってんの、てんだよ」
「いや、違う」
あずきがこちらを向き私をしばし見て
改めて男に言った。
「違うってどういうこと? 長い間入院してたし、今はまだ記憶も戻ってないところがあるみたいだけど」
「ここにいるのは天豆の入れ物だけだ。中身はここにはいない」
「え?どういうこと」
「この男はまがい物だ」
明らかに敵意を感じる視線に凍り付いた。
「だって、てんだよ。何言ってんの、丸さん」
「ちょっと眠ってもらおうか」
その台詞が意味することを考えるまもなく男は私に近づき
間髪を入れず、私の眉間を一突きした(ように感じた)
時空がねじ曲がったように男とあずきがぐんにゃりと折れ曲がっていき
これってあのドクターストレンジの師匠、エンシェント・ワン的な?
その瞬間、意識が飛んだ。
全身麻酔を打たれたかのように時が消失した。
眩しい。
光量が強くて目が開けられない。
ぼんやりとしたオレンジ色の光をまとった薄膜に覆われているよう。
心臓がドクドク言っているのを感じる。
ドクドクドクドクドクドクドクドク。
ズンズンズンズンズンズンズンズン。
ドクドクドクドクドクドクドクドク。
ズンズンズンズンズンズンズンズン。
地響きが凄い。身体ごと揺れている。
視野に広がっているのは20名くらいの女性たちが重低音のビートに身体を預けきって、音と完全に同化し、髪を振り乱して汗を飛び散らかして、リズムを刻み、肩を揺らせ、時折、何かに恨みを晴らすように激しく拳を突き出していた。
応接間ではなくかなり広い木目のフローリングが眼前に広がる。
四面の壁全て鏡に囲まれたスタジオのようだ。
ドンっ!ラストビートが身体を貫いた。
ふわっと身体が浮いた気がした。
女たちは最後のポーズを決めた。
見たことがある。
ヴィーラパドラ・アサナ。戦士のポーズ。
動かない。
10秒くらい経った。
天豆は唾を飲み込んだ。
ゴクリとスタジオ中に響いた気がした。
「はい、お疲れ様!」
「最後は照明を落としてゆっくりスローダウンしていきます」
女たちはしばし全てを出し切った爽快感と疲労感を謳歌していた。
照明が下がり、薄暗闇の中、マントラのような音楽が流れ始める。
彼女たちは当たり前のように太陽礼拝をし始めた。
私は太陽礼拝が苦手だった。
たぶん肩関節が固すぎるんだと思う。
「呼吸に合わせたシンプルな動きを丁寧に意識して、腕と足をのばしてまっすぐ立つと身体と精神の準備が整います」
女たちは彼女の声に耳を澄ませていた。
「背筋を伸ばすこと、反らすこと。その反復が神経系を活発にします。呼吸に耳を澄まして、余計な考えを手放して、集中して、、、」
聴いたことのある声。
ピンと張りつめたような声。
でもどこかぬくもりを感じる声。
そういえば最近、ヨガさぼってたな。
もう股関節ガチガチだよ。
ああ、あの先生の教室厳しかったな。
身体が硬すぎる私は、難しいポーズの時は
他の先生はチャイルドポーズで休ませてくれたのだけど
あの先生はあくまでチャレンジさせた。
ヨガの先生にも鬼っているんだと思った。
太陽礼拝が続いている。もう10回目だ。いつまでやるのだろう。
でもおかしい、なんか目線がおかしい。
目の前の女性が息を吸いながら顎を天井に向かって上げ、、そして身体を反らせる。
気持ちよさそうだ。
その一瞬、必ず完全に目が合った。
もう10回目だ。
天豆は自身がベビーカーに乗っていることに今、気がついた。
え?
「では5分ほどイメージトレーニングをしてから仕上げをしていきます」
この声は、、ママ👩
しかしベビーカーは真正面の生徒さん達に対峙していて
隣のママの様子が全く見れない。
死んでしまったママ。
生きているママ。
でも確かにママ👩
たしかあの時
私はベビーカーでママとここに辿り着いた瞬間、
うんち💩を漏らして泣き叫んだ挙句、疲れ果て気を失って、、、
そしてあずきのいる大学の図書館で目が覚めた。
戻った?
ママが生徒たちに厳かに語りかけていた。
「美しい身体に体重は関係ありません。体重が軽くてもただ痩せているだけでは魅力に欠けます。体重があってもボディラインが美しければ、断然キレイに見えます。私も30代を迎えて少しずつ体重は増えていますが、今が一番好きな身体です」
正座をしながら女たちは真剣な眼差しで聴いている。
「何より重要なのはからだの「ライン」。首筋から肩のラインや鎖骨の位置、肘を上げた時の二の腕から脇、横から見た肩のシルエット、バストの形、からだを捻った時の背中からウエスト。さらにお腹まわりやお尻の形、お尻から太ももの裏にかけてのフィット感、股関節の位置、脚の形、足首の締まり、、全身360度今のからだを鏡でチェックするの」
女たちは恍惚とした表情で正座の姿勢から思い思いのポーズを取り始める。
何やら怪しげな宗教の儀式が始まりそうだった。
或いは暗黒舞踊かコンテンポラリーダンスか
それとも学芸会の創作ダンスがよくわからないが
何ともなまめかしい幻惑的な世界が広がり始めた。
完全アウェイベイビー👶
「気になるからだの箇所はどこか、どう引き締めたいのか、理想のボディラインをイメージしながら、一つ一つの筋肉を伸ばしていくのよ。歪みのない整ったからだは本当に美しい。全ては意識から始まるの」
ママはゆっくりとスタジオを歩き始めた。
「正面から見て、左右の肩と鎖骨の高さは水平?」
「鎖骨の間の溝と左右のバストトップを結ぶと正三角形になる?」
指示が細か過ぎるよママ👩
昔、テレビでイネス・リグロンとかいうわざわざ日本まで遥々やってきたミスユニバースのスパルタ仕掛け人の女性のドキュメンタリーやってたのを思い出した。
表参道でミスユニバース日本代表候補を引き連れ、大名行列みたいだった。
レッドカーペットでも引いてあるって勘違いしたのかな。
ママはそれよりストイックな鬼軍曹ぽいけど。
「腕をからだにつけて肘を曲げたときに、肘とおへそが一直線上にある?」
「肘の位置が高いのは肩の上がり過ぎ、おへその位置が低いのは腰の反り過ぎよ、集中して」
そういいながらママはひとりの女性に手を添えてアジャストしている。
ママの横顔が見えた。
ママだ👩
ママが生きてる。
良かった。本当に良かった。
でも、ここは今ではない。
それにしても
天豆は女に生まれなくてよかったと心から思った。
なぜこんなにまでストイックに美に執着し追い求めていくのだろう。
それを更に強固に推し進めていくようなママの指導はなんか怖い。
ママが教祖のようにも見えてくる。
私は男だからそんなことを気にせず会社帰りに
二郎系ラーメンを週に2度食べれるのだ。
ひとりの女性とさっきから目が合う。
30代から40代の女性が多いように思われたが
その子だけ明らかに幼い。高校生くらいだろうか。
まるで私の脳内を見透かすように
首をゆっくり回しながらこちらの目を見続ける。
どこかで見覚えがある。
あ、、、菊人形。
パンッ!
両頬をビンタされたような衝撃が走った。
「どうやら器とはいえ、使い勝手はあるかもしれない。てんの記憶が僅かに混在している。ただこの者が善なるものなのか確かめる必要がある」
「そんな無理させないでよ」
あずき?
いやそのまえに、腹のみぞおちを締め付けるような恐ろしくもドスの利いた男の声が聴こえた。
あの女の園の世界からあまりにほど遠いごわごわとした恐ろしいほどに圧迫感のある声。
もう少しあそこにいたかった。
私もキレイになりたかった。
今、眼下に広がるのは何もない真っ青な空。
キレイな青空だなぁー。
真下にぽつりと表参道の交差点が見えた。
相変わらず人が多い。
って、交差点?
風が吹いた。身体中に沁みた。
気づくと私は全裸のまま
その鋼の肉体をもつ男に片足首だけ掴まれて
屋上の端からサカサマに吊るされていた。
生まれたての赤ん坊みたいに。
目の前では血管が浮き出た二の腕が
私の命を握っていた。
火に炙られムチで一晩中叩かれて
腫れあがった焼き豚のように
真っ赤に充血した分厚い二の腕。
男っていやだなって思った。
天豆エッセイ詩小説⑧
1%のプラクティスが99%のセオリーに勝るビューティの掟👩
前のお話は
あなたも私も 気分によって 僕は春樹で 俺は龍
だよ😍
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