何を書くかより、どんな心で書くか。あなたの言葉は、心の温度まで連れて届く
おはようございます。
天豆(てんまめ)です。
とても丁寧に書いたはずなのに、
なぜか、自分で読み返しても心が動かない文章があります。
反対に。
うまく書こうとしたわけでもない。
すごいことを書いたわけでもない。
それなのに、あとから、
「今の私に必要な言葉でした」
「私だけじゃなかったと思えました」
そんな言葉が届くことがあります。
私は6年以上noteを書き、人の文章を読み、受講生や相談者の人生と言葉に向き合ってきました。
その中で、少しずつ思うようになったことがあります。
文章は、書いてある内容だけを運んでいるのではない。
その言葉を、どんな心から差し出したのか。
そこまで一緒に、相手へ届いているのではないか。
そんなことを、最近よく考えます。
言葉になる前から、私たちは自分に話しかけている
私たちは、文章を書くときだけ言葉を使っているわけではありません。
朝起きた瞬間から、
心の中で、ずっと自分に話しかけています。
「またダメだった」
「どうして私は、こんなこともできないんだろう」
「もう遅いのかもしれない」
そんな言葉を、自分に向けてしまう日もあります。
私にもあります。
反対に、
「今日は一つだけやってみよう」
「まだ分からない。でも、ここから考えればいい」
「この経験も、いつか言葉にできるかもしれない」
そんな言葉を置ける日もあります。
現実は、一瞬で変わらないかもしれません。
でも、自分にかける言葉が変わると、
そのあと何を見るかが、少し変わります。
見るものが変われば、選ぶ言葉も変わる。
言葉が変われば、次に取る行動も変わっていきます。
だから私は、
人生を変えるような大きな決断より前に、
今日、この瞬間、自分の心へどんな言葉を置くのか。
そこを大切にしたいと思っています。
落ち込んだ自分まで、見捨てなくていい
ただ、これは、
「いつも前向きでいましょう」
という話ではありません。
悲しい日は、悲しい。
怖いものは、怖い。
腹が立つことだってある。
何もしたくない朝もあります。
それなのに、
「私は幸せです」
「今日も最高です」
と無理に言い聞かせても、心が置いていかれてしまうことがあります。
私が大切にしたいのは、
落ち込まないことではありません。
落ち込んだ自分を、そこで見捨てないことです。
「今日は、しんどいんだな」
と、まず認める。
そして少しだけ時間がたったら、
「じゃあ、今の私にできることは何だろう」
と聞いてみる。
ほんの小さくてもいい。
自分を次へ連れていく言葉を、自分自身へ渡してあげる。
私は、そんなふうに心を使って生きていきたいと思っています。
そして、その心は言葉になって、誰かへ届く
ここからは、発信する人にとって、とても大切なことです。
心の中にあるだけなら、それは自分一人のものです。
でも、私たちは書きます。
noteを書く。
SNSへ投稿する。
誰かへメールを送る。
相談に答える。
その瞬間、自分の内側にあったものが、言葉になって誰かへ渡っていきます。
だから私は、
文章は、情報だけを運ぶものではない
と思っています。
焦っているときに書けば、どこかに焦りが滲む。
どうにか買ってほしいと思えば、その力みも滲む。
自分を大きく見せようとすれば、読み手との間に少し距離が生まれる。
逆に、
目の前の一人を思い浮かべ、
「この人が、ほんの少しでも楽になったら」
「この人が、自分を責める手を少し緩められたら」
と思いながら選んだ言葉には、
文章が完璧でなくても、
その人をちゃんと見ている温度があります。
私は、受講生の文章を読んでいて、何度もその瞬間に出会ってきました。
「こんなことを書いていいのでしょうか」
と迷いながら書いた過去が、
別の誰かの、
「私だけではなかった」
になったことがあります。
自分では後悔しか残っていないと思っていた経験が、
今まさに同じ場所で苦しんでいる人の心を、少し軽くしたこともあります。
書いた本人が、いちばん驚くんです。
「こんな自分の経験でも、届くんですね」
と。
私は、その瞬間がとても好きです。
「価値提供しなければ」で、人を見失わない
noteでは、
「価値提供をしましょう」
とよく言われます。
私も言います。
読者の悩みを知る。
役に立つことを書く。
読み終えたあとに、何かを持ち帰ってもらう。
仕事として発信を育てるなら、大切なことです。
でも、
「価値提供しなければ」
と力みすぎると、
いつの間にか、その向こうにいる人が見えなくなることがあります。
何文字書くか。
何個ノウハウを入れるか。
どんなタイトルなら開かれるか。
どうすれば売れるか。
もちろん、私も考えます。
PVも見ます。
スキも気になります。
売上も大切です。
私は、言葉を仕事として育てています。
だから、数字をきれいごとで否定するつもりはありません。
でも、その数字の向こう側には、必ず人がいます。
昨日、会社から帰って一人で泣いた人かもしれない。
親との関係に悩みながら、誰にも言えずにいる人かもしれない。
「もう若くないから」と、自分の可能性に静かに蓋をしかけている人かもしれない。
何を書いても自信が持てず、
「私なんかが発信して、何になるんだろう」
と思っている人かもしれません。
その人は、
「読者」という数字ではありません。
一人の人生です。
私は、そこを忘れたくないのです。
「ただ生きてきただけ」の中に、誰かが欲しかった言葉がある
これまで、たくさんの方から、
こんな言葉を聞いてきました。
「私には、たいした経験なんてありません」
「こんなことを書いて、誰かの役に立つのでしょうか」
「これでお金をいただくなんて、申し訳ない気がします」
でも、一つずつ話を聞いていくと、
本当に何もない人なんて、ほとんどいません。
うまくいかなかった仕事。
家族との時間。
誰にも言えなかった苦しさ。
遠回りしたこと。
何度も諦めたこと。
誰かに助けてもらったこと。
失敗して、何年もたってから分かったこと。
本人には、
「ただ、生きてきただけ」
に見えている。
でも、
今まさに同じところで立ち止まっている人から見れば、
その人生の中に、
ずっと知りたかったことがあるかもしれません。
だから私は、
価値提供とは、
特別な知識をたくさん持っていることだけではないと思っています。
自分が生きて受け取ったものを、今必要としている一人が受け取れる形にして、差し出すこと。
それも、立派な価値です。
過去を、美談にする必要もありません。
「あの苦しみがあってよかった」
なんて、どうしても思えないこともあります。
それでいいのです。
ただ、
あのとき、何が苦しかったのか。
本当は、何と言ってほしかったのか。
何があれば、少しだけ楽だったのか。
今の自分なら、あの頃の自分にどんな言葉をかけるのか。
そこに、
今の誰かへ渡せる言葉が眠っていることがあります。
誰かの人生を変えようなんて、思わなくていい。
ただ、
今日も自分を責めている一人の孤独が、
ほんの少し軽くなったなら。
私は、それだけでも、言葉を届ける意味は十分にあると思っています。
届いた言葉は、仕事になってもいい
そして私は、
そこに収益が生まれることを、悪いことだとは思いません。
無料で届けることだけが美しいわけではありません。
何年もかけて経験したこと。
時間をかけて学んだこと。
何度も失敗しながら見つけたこと。
それを整理して、
必要としている方が使える形にする。
そこで、
「もっと深く学びたい」
「一人では難しいから、一緒に考えてほしい」
と思ってくださる方がいて、
その価値に対して対価をいただく。
それは、誰かから奪うことではありません。
自分が差し出した価値が受け取られ、
感謝と対価になって戻ってくる。
私は、そんな循環があっていいと思っています。
だから、
売ることを怖がる必要もない。
でも同時に、
売るために人を見るようにもなりたくない。
まず、人を見る。
その人が何に苦しんでいるのか。
本当は、どう生きたいのか。
自分には、何を渡せるのか。
私は、これからもそこから始めたいと思っています。
何を書くかに迷った日に、思い出してほしいこと
もし今、
「次は何を書けばいいんだろう」
と画面の前で止まっているなら。
テーマを探す前に、
一つだけ、自分へ聞いてみてください。
私は今日、どんな心から言葉を書こうとしているだろう。
反応がほしくて、焦っているかもしれません。
売上がほしくて、不安なのかもしれない。
誰かに、自分のことを分かってほしいのかもしれない。
それも、いいんです。
人間ですから。
その気持ちまで責めなくていい。
ただ、そこに気づいたあと、
もう一つだけ聞いてみる。
この文章を読んでくれる一人へ、私は何を渡したいだろう。
すると、選ぶ言葉が少し変わることがあります。
そして不思議なことに、
その人へ言葉を渡そうとしていたはずなのに、
書いている自分自身の心まで、少し整っていくことがあります。
だから私は、
書くことは、
誰かへ届けるためだけの行為ではないと思っています。
自分は、どんな人間として生きたいのか。
それを何度でも、自分へ問い直す時間でもある。
私は、そんなふうにnoteを書き続けたい。
そして、
そんな言葉を、一つずつ、
必要としている人へ届く価値へ、仕事へ、育てていきたいと思っています。
あなたの中にも、まだ言葉になっていないものがあるかもしれません
ここまで読んでくださったあなたにも、
これまで生きてきた時間の中に、
まだ、自分でも受け取り切れていないものがあるかもしれません。
「こんな経験に価値なんてない」
「もっと実績のある人が書けばいい」
「私なんかが語ることじゃない」
そうやって、小さくしてしまったものがあるかもしれない。
でも私は、
何度も人の人生を聞いてきて思います。
価値がないのではなく、
まだ、誰かへ渡せる言葉になっていないだけ
ということがあります。
私の無料メルマガでは、
人生の遠回りや痛み、これまで経験してきたこと、学んできたことを、
自分らしい言葉へ変え、
noteで必要な方へ届け、
その先の仕事や価値提供へ育てていくための考え方をお届けしています。
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そして、
「自分には何が書けるのか、まだ分からない」
「経験はある。でも、それをどう価値にすればいいのか分からない」
「一人で考えていると、いつも同じところで止まってしまう」
そんなときは、
天豆に一度、会いに来てくださいね。
無料個別相談会では、
無理に答えを決めるところから始めません。
これまで、どんな時間を生きてきたのか。
何に悩み、
何を大切にしてきたのか。
そして、その人生の中から、
誰へ、どんな言葉を渡していけるのか。
一緒に見つめていきます。
自分では、
「何もない」
と思っていた場所から、
これからの人生につながる言葉が見つかることがあります。
そして最後に。
今日、すぐに何かを書けなくても大丈夫です。
ただ、自分の心に浮かんだ小さな言葉を、
すぐに「たいしたことじゃない」と消さないでいてください。
あなたが生きてきた時間は、
誰かに見せるためにあったわけではありません。
けれど、その時間から生まれた一つの言葉が、
いつか、同じような夜を歩いている誰かのそばに、
静かに座ることはあるかもしれません。
私は、そんな言葉を信じています。
そしてこれからも、
そんな言葉を書いていきたいと思っています。
天豆(てんまめ)
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