安藤百福61歳にしての発明に、61歳の我狂う。ああ、罪な定番カップヌードルなり

衝動的に食いたくなることがないか? ザ・カップヌードルである。この他、カップ麺の定番として、衝動に駆られるのが、どん兵衛とカレーヌードル、ペヤングソース焼きそばの4ブランドで、圧倒的に日清が強い。そしておそらくコイツを最も多く愛している。

昭和46年はジャパンミラクルイヤー

拙著「俺たちの昭和後期」でも大きなセクションを作った。創業者の安藤百福氏は昭和32年に財産の全てを失った。だがめげない。「失ったのは財産だけで、経験がある」と、彼は日清を起業したのだ。誰でも気軽に安く食べられるラーメンの開発に着手した。昭和33年にチキンラーメンの発売にこぎつけたのだからすごい。執念の人を見習わなければ。

世界進出を目指した出張先で、チキンラーメンをカップに割り入れてフォークで食べる光景を目撃した。昭和41年だった。これが世紀の発明、カップヌードルへとつながっていく。

5年の月日をかけて、昭和46年についに世に放たれた。奇しくも、日本の食の景色を変えた、マクドナルドの1号店が銀座にオープンした年と重なる。仮面ライダーが変身を始めたのも昭和46年で、その他奇跡の事象が複合的に重なったこの年を元年として、平成へとバトンを渡す昭和64年までを昭和後期と名付けた。拙著を読んでない方は、世紀の大発見を確認くだされ。って、失礼。2冊目の執筆に没頭しているとついつい処女作がかわいく思えてしまう。

デビューしたカップヌードルは高値で、荒川区の電気屋ではそう簡単に手に入らない代物だった。が、たまーに食えた。その出会いは想い出の味であり、衝撃的な旨さだった。虜になって今も続く。謎肉の大ファンである。

手帳で戒めているのだが衝動には勝てない

だが還暦過ぎのおっさんにカップ麺は塩分とカロリー、その他気になる要素がある。手帳の戒め欄には「カップ」の文字があり、食うたび正の時でカウントしていて、写真が今年6杯目だ。健闘しているとも、バカもんとも言える微妙な数である。

以前はイベント仕事に出かけると朝飯にしたり、レース取材のプレスルームで食べたのは、お湯がいつも沸いているからだ。出張の夜、宿に戻って寝酒のお供なんてのもやらかしていたから、8月中旬にして6杯はこの頃よりはマシだ。

戒めるためにカウントしているのだ。普段は我慢できるのだが、衝動には従うことにしている。ストレスにしてまで我慢する方が、相対的に悪影響なのだと正当化して、ああ、また食いたい。人生に葛藤はつきものであり、百福さんよお、罪な人だぜ!!

ここで発見があった。安藤氏がカップヌードルを世に放ったのは、61歳だった。小さな存在ながら、『還暦維新』との光栄なるシンクロであり、これは「カップ」に正の字が増えるのも仕方なしだな。

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