いっぱいいっぱい「心の中で」お話してたんだね
「パパ~。泣き過ぎ~(笑)」
ママにそう言われても、たこ焼きを食べながらテレビを見る私の目から溢れ出すものを止めようがありませんでした。

私たち夫婦の次男Kは、年長組のこの1年間、保育園をお休みさせてもらいました。
我々もその中でたくさん考えさせられ、息子とともに成長も出来たのかなと感じています。
次男も来月から1年生。
本人の中でもいろいろと思いがあるらしく、小学校へ通う予行演習として今月初めからお兄ちゃん(小学2年)と一緒に公文の学習塾を習い始めました。
まだ親の付き添いは必要ですが、今のところ休まずに通えています。
私たちもそんな息子に触発され、彼が「より良き小学校生活を送れるように」と勉強をしています。
その一環として私は最近、ママからすすめられたドラマ『放課後カルテ』を見始めました。
第1話から参考になる話ばかりで、感心しながら2日間で4話まで鑑賞し終えました。
そんな3日目。
私が職場から帰ってくると、私に先駆けて既に全話を鑑賞し終えたというママから
「パパ~。第8話にKちゃんが出てるから、一回話をちょっと飛ばして一緒に見てみない?」
と、提案がありました。
断る理由などない私はこれを快諾し、夫婦で一緒に晩酌をしながらこの第8話を鑑賞しました。
この回の主人公は、小学1年生の女の子・真愛ちゃん。
自宅でのコミュニケーションに問題はなく、授業態度や成績にも問題はありませんが、教室ではクラスメートと一緒に歌うことも、話すこともできずにお母さんを悩ませていました。
テレビ画面上で展開されていく真愛ちゃんの一挙手一投足。
それは、私たち夫婦が保育園で見てきた次男のものと「ほぼ一致」していました。
私「これはKだねえ」
ママ「うん」
松下洸平さん演じる学校医が真愛ちゃんに下した診断は『場面緘黙(ばめんかもく)』。
場面緘黙とは、言葉を話す能力は備わっているにもかかわらず、学校や職場など特定の場所・状況において話すことができなくなる状態を指します。
ドラマを見ながら、私の頭に先日の公文での出来事が思い出されました。
付き添いで次男と一緒に授業を受けていた私。
次男は先生の指示のもと一生懸命音読したり、点と点を線で結ぶ勉強をしていましたが、急に私の方に振り向き手を差しのべてきました。
「彼も不安なのかな?」と、私はその手を握り締めました。すると、次男は気持ちが落ち着いたのか再び先生の方に向き直り、勉強は再開されました。
それから数分後。
今度は、先生の指示を受けて進める次男の作業スピードが極端に速くなっていきました。目もさかんにしばしばさせています。
「K君、そんなに急がなくても大丈夫だよ」
先生の声かけにハッとしたのか、息子は目を伏せ、繋いだ私の手を再びぎゅっと握ってきました。
「大丈夫だよ~」
私もそんな次男の手を強く握り返したのでした。

今回のドラマ鑑賞で、私が今まで見てきたいろいろな事柄がつながった気がしました。
(「きっと君はいっぱいいっぱい『心の中で』お話してたんだね」)。
「おはよう」
「ありがとう」
「ごめんなさい」
「悲しい」
「疲れた」
「はい」
「わかりません」
「どうやったらいいですか?」
次男には私たち家族には言えても、お友達や先生たちを前にすると緊張して「言いたくても言えなかった」これらの言葉がたくさんあったのだと、この時理解しました。
思い返せば、私自身の幼少期もそんな子どもだった気がします。今でもその『特性』は、私に色濃く残っていますから。
(「ツラかったねえ。君に似た特性のパパなら誰よりその思いをこの前の『ぎゅっと握った手』から感じ取れたはずだよね。なんて鈍感で愚かな父親なんだろうか?私は。ごめんよ~」)
そんな風に感じた私は、つい何日か前にこんなこと
があった事実もあり、冒頭のように涙が止まらない状態になってしまいました。
「泣いてるの?パパ」
テレビの近くから「父の異変」に気付き近付いてきた次男に、私は
「泣いてない、泣いてない」
と、精一杯の強がりを言ったのでした。

私たち夫婦は医師ではありません。ですから「次男は場面緘黙だ」との『決め付け』は禁物だと考えています。
でも「そういう状態があるのだ」と今回視覚で実感し、把握出来ただけでも大きな収穫だったし、随分と肩の荷が軽くなった感じがしています。
ドラマでは周りに理解され、支えられながらゆっくりゆっくりと心を開き、「話せるきっかけ」を掴みつつある真愛ちゃんの姿が描かれました(特にお母さん役の野波麻帆さんの熱演は必見です)。
私も泣いてばかりはいられません。
ドラマのように「笑顔を忘れずに、周りと助け合いながら、目の前にある事象に向き合っていこう」と決意を新たにしているところです😃
