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本雑綱目 82 徐朝龍 三星堆・中国古代文明の謎 史実としての「山海経」

今回は徐朝龍『三星堆さんせいたい・中国古代文明の謎 史実としての「山海経せんがいきょう」』です。
大修館書店 。あじあブックス 3。ISDN13:978-4469231434。
NDC分類では222。歴史>中国
前提知識必要度(古代中国の歴史):★★★★☆

これは乱数メーカーを用いて手元にある約5000冊の本から1冊を選んで読んでみる、ついでに小説に使えるかとか考えてみようという雑な企画です。

★図書分類順索引

1.読前印象

 山海経は中国最古のファンタジー地理書で、夏の王の部下伯益はくえき作ということになっているけれど、実際の成立は戦国から漢代にかけて色んな人が加筆してった書物でバージョンもいくつかあるから、日本書紀とかに似た作成イメージかもしれない。山海経でファンタジー寄りのBL書こうとかわけわからんことを考えてるので少し調べている。山海経は書物としても古いので、例えば西王母せいおうぼでも今の道教のイメージではなく蓬髪ぼさぼさ髪の化け物なんだよな。そのあたりが面白かったりはするんだけど。あれ。そういう差異をつくミステリーでもいいのかしら。古代転生? 売れ筋がわからん。
 とりあえず開いてみよう~。

2.目次と前書きチェック

 はじめにを読む。
 中国において漢文化が主体になる前は多種多様な文化が花開き、中国神話はそれらの文化が結晶した宝庫である。それらの文化や伝説は現在ではほとんど残っていない。春秋戦国時代に様々な思想のもとで取捨選択が行われ、司馬遷によっても不確かな化け物たちの存在は黙殺された。現代になり考古学発見によってこれら神話の裏付けになるようなものが発掘され、現在では山海経が神話の寄せ集めではなく史実記録を含むものであることを立証しつつあり、この本ではその事例を紹介する。
 やば、なんか心ときめく。
 目次は『奇書『山海経』』、『三星堆文明の素描』、『不思議な縦目青銅仮面』、『よみがえる崑崙』、『神樹伝説の源流』、『西王母と三星堆蜀王国』。
 『奇書『山海経』』、『三星堆文明の素描』、『西王母と三星堆蜀王国』を読んでみる。三星堆というとなんとなく饕餮紋なイメージなんだけど、この最期のが一番頁数も多いんだよな。

3.中身

『奇書『山海経』』について。
 司馬遷の史記によって歴史的事実と神話伝説が分離した時代、神話伝説を多く残した山海経は歴史とは縁のないものとして扱われた。最も古い大荒経が巴蜀(中国西・南西部)の内容を中心とし、五蔵山経と海外経が荊楚(中国南部)とそれ以外を含んでいる。巴蜀と荊楚のつながりは考古学上でも古い時代に遡り、西周中期以前は山海経に見られるような異怪世界が広がる三星堆文明の時代に相当すため、荊楚出身の人間が春秋前期に巴蜀に入って三星堆時代の神話伝説を記録し、やがてその文化が荊楚で受け入られたのではないか。
 僕は地理的なことはあまり意識してなかったんだけど、禹王の夏の都が二里頭にりとう遺跡だとして(厳密には違うらしいが)場所的には北山経・中山経あたりになるはずだ。その場所って荊楚よりわりと北なんだよな。基本的に古代は黄河流域と長江流域は異なる文化系だったはずで、それが大々的に混ざったのが春秋戦国の頃なんだろうけれど、たしか隋くらいまでは文化断絶、というか民族の反目があったような気はした。記憶があやふやだ。

『三星堆文明の素描』について。
 三星堆は殷前期ごろの成立で、殷とは全く異なる文化・宗教体系である。2キロ四方の面積の中に基底幅40メートル上端幅20メートルの城壁に囲まれていた城塞都市であるとみられる。北側は鴨子河に接し、城門に相当する開口部から運河を用いて出入りしていた。三星堆の遺構は一期(殷前期から西周)と二期(それ以前)にわかれ、古い二期では夏文化との関連がみられ、殷代以前に長江三峡によって結ばれていたと考えられる。三星堆の特徴は青銅と玉石器(玉ではなく黒頁岩が多い)である。その他、金杖、金や青銅の仮面、立人像、人頭像、真珠は三星堆の独自文化である。三星堆で発掘された一号杭には王家、二号杭は神殿のものと思われる遺物が入っていたが、いずれも破壊されており、政権交代のあとがみられる。政権交代後の起こった紀元前千年ごろに中原から青銅鋳造の技術が導入され、それまで木や玉で作っていた神像を青銅で作るようになった。中原では天帝等の神は抽象的な存在であったため尊い礼器に供物をささげることで祭祀で行ったのに対し、三星堆では神々は具体的な姿で存在し祀られた。そのため祭具や礼器の重要性は低く、中原からの輸入品で賄われた。殷周革命(戦争)時に周に参加した国に「蜀」が含まれているが、これこそが三星堆であり、革命後に殷代末期の技術者を蜀に連れ帰ったのではないか。三星堆の神像は人との違いを共通するようにデフォルメが効いている。
 三星堆村の「村」という呼称から僕が想像していたものよりはるかに巨大な都市で驚いた。殷周と三星堆の神の在り方の違いも結構目から鱗。殷では神は天・地・人(鬼神または祖先神)があり、確かに殷の中期以降は天帝は恐れ多すぎ、そして地神についても直接祀ることはなく、もっぱら祖先神に対して祭祀を行っていた記憶。長江流域の文明は仰韶・竜山文化なイメージだったけれど、それとは異なり独自に巴蜀にあった文化とすると、そのルーツが気になる。史記の夏本紀に出てくる有雇氏が逃げた先とかだったりするのかな。

『西王母と三星堆蜀王国』について。
 西王母は漢代以降の不死の女神としての存在については研究が盛んだが、それ以前の山海経に出てくるような怪物である西王母については研究がなされていない。殷墟の甲骨文字にすでに西母との記載がある。中原主義に対して西戎蛮族の出身と思われる西王母が中国文明の中心にあるのは異常である。各資料を総合すると、西王母は崑崙に結び付く。山海経では人の姿を基本に虎の牙と豹の尾をもって吼え、災害と死、不死を表す恐ろしい姿だった。西周代と思われる『穆天子伝ぼくてんしでん』では西王母は既に人間的な姿だった。この本は小説と考えられているが、穆王征西の道程を詳細に検討すれば、地理的には三星堆文化の栄える川西平原(都広之野)に至る可能性がある。穆王は旅の途中、赤烏という氏族に行き会うが、三星堆文明の神樹に複数姿が認められ鳥を信仰していたと思われるため、三星堆蜀の勢力圏と考えられなくもない。漢代の資料では西王母の傍らに九尾狐と蟾蜍ひきがえる、玉兎、三青鳥がいる。九尾狐は西山経と南山経では青丘に住む九尾の獣とされ、他の文献でも瑞祥とされる。三星堆遺跡に青銅の九尾狐らしき像がある。また、三星堆では蟾蜍の石像がある。玉兎は発見されていないが兎の耳っぽい冠をした人物像がある。どれかよくわからないが三青鳥もいるはずだ。
 一号杭から出てきた頭像の1つが女性に見えるから女王がいたのではないかというのは牽強付会な気はするし、殷墟から出土した貴婦人像と比較して像の大きさが地位や身分の高さを意味しないと書いてあるけれどそもそも異なる文化圏なのに直接比較するのはどうなのか。純金の杖が出てきたとしても杖自体はどの文明にも存在するだろうし、それを西王母に直結するのもどうなのかなぁ。九尾狐等も同様で、筆者は漢代等の新しい(?)資料等に出てくるものを出土物から探しているようだけれど、三星堆と漢ではそれなりに時間も場所も距離があるし、伝承として変形して伝わっている可能性も多々あるわけで、逆方向に出土物の形状から該当しうる新しい資料、そして資料の連続性や伝播性を検討したほうが説得力がある気がするんだけど。そういえば中国の七夕は織姫が西王母の娘ベースの伝承が多くて養蚕の始まりにも結び付けられていた気はする。

 全体的に、三星堆遺跡のあった場所が周の蜀であり穆天子伝が示す西王母の国である可能性は少なくはないような気はするのだけれど、そもそも著者の記述が我田引水すぎてかえって信憑性を疑わせるという奇妙な本。読めば読むほど胡散臭くなってくる……。そもそも著者の求める西王母がどのように定義されているのか(読んでないところに書いてあったらごめん)がよくわからない。最後の章では西王母こそが三星堆蜀の主であるようにいうが、仮に不老不死の神であるとして数千年にわたって生き残っているリアル女性とは思えないし、その女性の名称(西王母)を代々継ぐ機関があったとしても、その姿がいまいち浮かばない。三星堆から発掘された人物の像に女性と言い切れるものは少ないらしいことは筆者も記載しているが、三星堆文化が偶像崇拝であることを前提とすれば、西王母の像が大量にあってもおかしくないように思われる。そう考えればやはり結論は今後の発掘や研究の進展を待つべきものだろう。とはいってもこの本は1998年の本なので、今はもう少し明らかになっているとは思う。中原と三星堆の文化の違いは面白かった。
 小説に使えるかというと、よくわからん。山海経書きたいんだけど、三星堆の遺跡と山海経の関連性が見えるほどの精度の文章ではないというか。古代の蜀を書きたいなら出土物についての話がたくさんあるので参考になる気はするけれど、そんな人いるのかしら? 神話時代のことだから、正直今なら何かいてもいいと思うんだけどさ、自由度が高すぎるのも難題よ。

4.結び

 この筆者の本は何冊かもってるんだけど、ちょっと全体的に信憑性が落ちてきたというかバックチェック必須著者に乗ってしまった感じ、という点では残念になったというか。ん-。新しい説を思いついた考察厨がはしゃい……なんでもないっ。
 次回は『歴史学研究 500(1982.1) 特集:国家と宗教』です。
 ではまた明日! 多分!

★似たテーマの本
 対立文明として中原(殷周)の本。これもわりと出土物ベースで、わかりやすい。

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