踊る大捜査線はなぜ私たちを魅了するのか ~緑のモッズコートから白衣の大門へ
踊る大捜査線の最新作が9月に劇場公開されることになった。
今でこそ海外映画よりも日本映画が国内では主流になっているが、このシリーズの劇場版の1作目の時代はハリウッド映画全盛だった。
ハリウッド映画以外で話題になる国内映画は、宮崎駿のアニメ映画だけ。
そんな感じの時代に大ヒットしたんだから、40代後半から50代前半にとっては特別な存在になっていると思う。
今回は、その「踊るシリーズ」の魅力について筆者なりの解釈で解説をしていこうと思う。
■主人公青島の人物像
織田裕二が演じる青島に魅力を感じるのは、正義感の方向性だろう。
「組織の都合に振り回されないぞって主張するところ。」
「グループ内の人間関係を大事にするところ。」
「いざとなったら体を張って守ろうとするところ。」
こういうところに凝縮されていると思う。
こういう人物像の主人公はヤンキー漫画の主人公と特徴が一致する。
学校と組織内。
暴走族というグループ内。
喧嘩だから体張る。
狙ったかどうかは置いといて、ヤンキー漫画の主人公を、
社会人の組織内に異世界転生させたような作風になっていたと思う。
■90年代のヤンキー漫画
90年代のヤンキー漫画は80年代に比べるとちょっと作風が変わっていた。
純粋なヤンキー漫画よりは、
ヤンキー上がりが教師になる設定のGTO。
ヤンキーだらけの野球部が甲子園目指す設定のルーキーズ。
ドラマ化された2つのような、ヤンキー要素に別要素を足した作品が増えていっていた。
ヤンキーを極道に置き換えたら、
仲間由紀恵の「ごくせん」もこの系統になるだろう。
これらの作品は、踊るシリーズに比べると、
「組織の都合に振り回されないぞって主張するところ。」
この要素がかなり少なくなっている。
そして、ヤンキー漫画では組織と対抗する主人公の服装は、特攻服が多かった。
狙ったかどうかは解らないが、踊る大捜査線の「緑のモッズコート」は特攻服の役割をしていたと思う。
■フジテレビの特攻服系ドラマ
「緑のモッズコート」の流れは、その後のフジテレビ作品にも受け継がれている。
代表的なのは、
HEROの木村拓哉の「オレンジのダウンジャケット」
ガリレオの福山雅治の「白衣」
この辺は特攻服として機能していたと思う。
この2作品は組織と喧嘩できる存在としてでは無く、
圧倒的な才能で組織を生き残れる人間として、
特攻服の役割が機能していた。
組織の中で個性を光らせるのは喧嘩だけじゃ無いって事だろう。
そして、この2作品の踊る大捜査線との共通点は、恋愛関係にならないヒロインが居た事である。
理解者が近くに居るって雰囲気を維持して、恋愛としては成就しない。
この要素がシリーズ化しやすくて、映画化もしやすい環境を作るのだろう。
仲間由紀恵の「お前たちのやっていることは全部お見通しだ」ってセリフが有名だった、テレ朝系列のドラマも恋愛関係にならない男女でシリーズ化出来るパターンだった。
■テレ朝の大門
特攻服系ドラマは、組織と戦うというより、才能で黙らせるという流れになっていた。
その才能のインフレの最終形態がドクターXの米倉涼子が演じる大門未知子だろう。
組織の都合を「いたしません」と突っぱねる。
失敗しないから突っぱね続ける。
こういう態度には爽快さがある。
もはや恋愛に発展しそうでしない理解者は必要ない。
完璧すぎると好感度が上がらないってのもあるもので、私生活では雀荘で麻雀って設定はアウトロー系のもぐりの医者でもあるって設定っぽさを出せていてここも上手い。
これは、ヤンキー漫画の主人公のギャップに近いと思う。
そして、ガリレオやドクターXが白衣なのも、必然と思える理由がある。
モッズコートとダウンジャケットは夏は暑くて使えない。
白衣は通年いける。
狙ったかどうかは置いといてだけど季節の幅が広がる最強の特攻服であると思う。
大門未知子にいたっては、周りも白衣だらけである。そこは着こなしがボンタン、短ラン文化っぽさを漂わせている。
■踊る大捜査線が抜けている点
「組織の都合に振り回されないぞって主張するところ。」
「グループ内の人間関係を大事にするところ。」
「いざとなったら体を張って守ろうとするところ。」
踊る大捜査線以降、この要素が全部揃ってるって言えるドラマがあっただろうか。
「組織の都合に振り回されないぞって主張するところ。」
この要素ならドクターXにあると思う。
「御意」って言葉で対比が機能していた。
だけど、3つの要素が全部揃っているとは言えない。
というのも民放のドラマの尺で1話完結物にしようとすると、要素が多いと脚本が大変になってしまう。
なので、「この紋所が目に入らぬか」や「私、失敗しないので」ぐらいがちょうどいいってなるのだろう。
踊る大捜査線は、大小色々な事件が同時進行して数話にまたがるようなラストだった。
その中に、スリーアミーゴスのようなほのぼのしたくだりまで入っている。
他に比べて要素が多い分。
室井さんとの、敵だけど敵じゃないって関係もある。
ドラマのラスト3話や映画シリーズで色んなものが同時に解決する脚本の緻密さと仕上がりの爽快さは気持ちのいいものだった。
後の特攻服系ドラマは、放送枠に収まりやすい設計になっている。
踊るシリーズがドラマでは無く映画で人続いたのは、ヤンキー漫画の3要素で増やしやすい設計と緻密な脚本が特徴だったからだと思う。
■最新作への期待
踊る大捜査線の前回作がユースケ・サンタマリア演じる真下が、湾岸署の引越しとともに署長に就任するやつだと思っていたが、「踊る大捜査線THE FINAL」が公開されている事に最近気がついた。
その作品からは「踊るシリーズ」に感じていた緻密さは感じられなかった。
作品から感じたのは、踊るシリーズが始まる以前の人情ドラマと刑事ドラマへのリスペクトだった。
色んな刑事ドラマへのリスペクトって考えると、危なっかしかったり、太陽に吠えてみたりしているようなシーンが目に付いたりして別の楽しみ方もできる映画だった。
ひょっとしたら、はぐれたり、はみだしたりしてるシーンもあったかもしれない。
とはいえ、踊るシリーズとして期待するクオリティとしてはガッカリしか残らない出来だった。
フジテレビの特攻服系ドラマであるHEROとガリレオも映画化で上手くいった。
だから、そこまでのクオリティを目指さなくなったのかもしれない。
「レインボーブリッジを封鎖せよ」までは作品の緻密さが素晴らしかった。
ネタバレになるが、「踊る大捜査線THE FINAL」を観て1番ガッカリしたのは、ヒロインのすみれさんの退職理由である。
怪我の後遺症って話だけど、すみれさんはドラマシリーズで女性として尊厳を雑に扱われることで心も深く傷ついてる。
その部分は全く触れずに。
婦人警官のスカートの丈は、シリーズが進むに連れて長くなりました。
こんな感じに、業界内でちょっと笑ってそうな風刺を入れていたと思う。
テレビシリーズで女性の尊厳をテーマにした作品が、
14年前にスカート丈を風刺して、
数年前に中居正広でスポンサーがいなくなっている。
ここ最近のフジテレビの衰退の流れも、作風から感じる仕上がりだった。
刑事ドラマの緻密さは正月の相棒シリーズに主役を奪われて、
特攻服系ドラマの最適解はドクターXが獲得した。
だからこそ、今回の最新作には、
「必ず、ホシをあげる!!」
って気持ちで挑んで欲しい。
と、捜査一課長でも無いのに思ってしまう筆者であった。
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