出石そばは、日本三大そばの要素が詰め込まれていた。【出石観光後編】
結論
日本三大そば+伝統工芸品が集約されて完成した。
今回は、出石観光の後編です。1週間前に公開した前編では、江戸時代の街並み、明治時代の建築物(映画「国宝」の舞台、永楽館など)を散策しました。
後編では、名物の出石そばを堪能します。出石そばが気になったため、出石に行こうと決めたほど、出石旅の最大の目的です。
出石そばを食べて気づいたこと
信州そばの影響を強く受けていること。
日本三大そばの要素が詰まっていること。
出石焼の工芸品まで堪能できること。
出石そば
出石焼の白磁の小皿に一口大ずつ5皿に分けて、冷やした蕎麦が盛りつけられています。徳利にそばだしが入っており、猪口に移します。薬味をそばつゆに加えることにより、1皿ごとに異なる味を楽しめます。


信州そばの影響を受けた。
皿蕎麦が生まれるきっかけは、出石藩主の交代です。1706年、上田藩(長野県上田地域)から仙谷政明が就任しました。長野県と言えば、蕎麦が名物です。信州そばを求めて、現代でも観光客が集まります。蕎麦職人も連れていき、蕎麦が食べられるようになりました。
日本三大蕎麦との共通点
日本三大蕎麦とは?
日本三大蕎麦とは、岩手県の「わんこそば」、長野県の「戸隠そば」、島根県の「出雲そば」を指します。記事を読んでから、読み進めていただけると、それぞれのそばの特徴がどの辺りに見られるのか、よりわかります。
わんこそばにそっくり。
皿そばは、平泉式と花巻式のわんこそばが組合わさっているように見えます。
平泉式のように、最初は、お皿に一口大の蕎麦が盛られた状態で1セット提供されます。薬味のバラエティも豊富です。
皿そばは、おかわりもできます。おかわりシステムは、花巻式に近いです。1皿ずつ注文するか、5皿まとめて注文するか、選ぶことができます。男性は、30皿、女性は20皿、小学生は15皿を目安に食べると、大食いの証として、将棋の駒形の木札をいただけます。制限時間10分など、より厳しい基準を設定しているお店もあります。
戸隠そばにそっくり。
戸隠そばとの共通点は、1口ごとに分けられ、5口分が盛りつけられていることです。戸隠そばは、ぼっち盛り(法師盛り)という、1口大に分けて1輪を作り、円状のざるにそれを5輪並べた盛り付け方です。
一方、出石そばは、特に呼び名はありません。出石そばの一皿は30g程度です。5皿でざるそば1枚分です。

出雲そばにそっくり。
独特の器に盛りつけされる点では、出雲そばに近いです。
出雲そばは、「割子」と言う、漆塗りの円形の器に入れられています。出石そばは、地元の焼物「出石焼」の小皿に盛られています。
器に独自性を感じる。
そばつゆは、3合ほど入る大きな徳利に入れられています。1グループに1つ提供されました。必要な分だけ、お猪口に移します。
一方、信州そばでは、1合程度の大きさです。小さな徳利は1人1個に提供されます。
湖月堂で出石そばを食べた。
出石そば、発祥の店「近又」では、開店と同時に席が埋まり、行列ができるほど人気でした。
今回は、令和の天皇皇后両陛下が平成時代に訪れたお店「湖月堂」へ行きました。辰鼓台という大きな時計台に向かい合っています。2階の窓側の席に座り、辰鼓台に向かい合っていただきました。
薬味は、ワサビ、ネギ、とろろ、温泉たまごの4種類でした。最初は、塩、2皿目は薬味を何も入れずに味わいました。3皿目以降、一皿ずつ食べ、味変させました。

塩だけで蕎麦を味わうことにより、蕎麦の甘味、香りがわかります。そばつゆは、関東風でした。カツオが効いており、濃厚さの中から、ほんのり甘さも感じられました。
ワサビは爽快感、ネギは食感、香りの変化を楽しみます。中の人は、ワサビと蕎麦つゆの組み合わせは嗜好に合わない(脂っこいものにワサビを合わせたい)ため、ワサビは加えず、ネギ→とろろ→温泉玉子の順番で堪能しました。とろろを先に入れることにより、粘りによって、とろろが集まり、つゆの中に残りにくいメリットがあります。たまご(温泉たまご)はつゆの中に残り続けるため、最後に入れることをオススメします。
最後に、お猪口に蕎麦湯を加えて飲みます。温泉たまご、蕎麦つゆ、蕎麦湯が合わさり、まろやかになります。
出石蕎麦協同組合も設立されました。お店を何軒もはしごして、食べ比べたい方は、3店分の皿そば(1人前3皿分)を交換できる永楽通宝(寳)という仮想硬貨と引き換え券のついた「出石皿そば巡り巾着セット」も販売されています。巾着は、絹で作られた「出石ちりめん」でおみやげにもなります。1セット2000円です。
出石焼
出石そばに使われているお猪口、小皿、徳利は、出石焼です。出石焼は真っ白な陶器、藍色で描かれた絵付けが特長です。出石蕎麦の小皿は、お店によってデザインが変わります。

柿谷陶石という純白な原料が使用されているため、真っ白な器ができます。繊細なタッチで描かれた絵付けも特徴です。
前編に登場した天日槍は、朝鮮半島から陶器を造る職も出石に連れて行きました。衣食住に必要な食器類を作るところから、出石の焼き物の歴史が始まったと言われています。1789年、二八屋陳左衛門が肥前国有田に行き、陶磁器の製造法を取得し、職人とともに連れて帰ったことが始まりと言われています。1876年、出石藩士に職を与えるため、盈進社が設立されました。より絵付けが繊細になるなど、出石焼は進化しました。
今回は、出石を訪れた最大の目的、出石そばについて話しました。日本三大そばにたどり着くほど、奥が深い世界でした。永楽館など、出石観光したときのグルメの参考になれば、嬉しいです。
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