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子供が話す英語を聞いて5005時間

①「間違いを恐れず話せ」という言葉、実は子どもは恐怖感をおぼえる?

日本の英語教育現場で、何千回、何万回と繰り返されてきた定番のフレーズがあります。

「間違ってもいいから、恐れずに話してみよう!」

教師側は子どもを励ましているつもりですし、この表現自体が完全に間違っているわけではありません。しかし、現場で何千時間と子どもの姿を見続けてきて、この表現は必ずも正しくない時もあります。

この言葉は、時に子どもを優しく励ますどころか、逆に怯えさせていることがあるのです。

なぜなら、「間違ってでも話せる、発言できる」ということ自体、すでに会話がある程度できるレベルに達している証拠だからです。「話せるからこそ、間違えることができる」。つまり、間違えるというのは、ある程度の会話の土台がある人にしかできない高いレベルにある証拠でもあるのです。

本当に話せない子は、間違える以前の段階、つまり「言う内容(素材)すら頭の中に何もない段階」にいます。

何も練習していない、会話の素材も持っていない。そんな状態で「間違ってもいいから話してごらん」と言われても、子どもは「言う内容がないこと」自体を恐れているのです。

教師がここに気づかず、「言う内容がない状態だけど、恐れずに話せ」と言うのだとしたら、それは指導としておかしなものです。

「間違いを恐れず」という言葉が100%正解になるのは、ある程度練習を積み重ね、一定の力がつき、準備ができている段階(たとえば、何度も練習したスピーチの本番直前など)があげられます。教師の言葉は、その「場面」と「子どもの段階」を正しく見極めて初めて、命が吹き込まれるのです。

②日常会話は「内容重視」、では英検1級はどうなのか?

実際の社会を見渡してみれば、「間違えても多くの人は気にせず、内容が伝わっていればいい」という状況がほとんどではないでしょうか。

英会話レッスンでもない限り、外国人と仕事の話をしたり、スモールトーク(雑談)をしていて、細かい文法ミスをいちいち指摘されることは案外ありません。それよりも「内容が伝わっているか」が全てです。まずは「通じた!」という喜びを体験させることが、何よりの自信になります。

しかし、「いつでも、どこでも間違えていい」というわけではないのが、英語の奥深さであり、プロの指導者が意識すべき境界線です。

私自身の話をします。 これまで私が英検1級や全国通訳案内士、面接試験に挑んだとき、私は自分のスピーチを100本程度録音し、自分で自分の文法ミスを徹底的に洗い出す練習を繰り返しました。
さらに、1級指導のプロとみなされている高いレベルのネイティブスピーカーにあえて依頼し、容赦なくミスを指摘してもらう特訓も行いました。

レッスンの最中、is と was のズレ、has と have の使い分け、単数・複数の s の脱落、過去形の ed が聞こえない……といった細かい精度をミリ単位で削り出す努力を続けたのです。

最高峰の試験ともなると、「間違いを恐れず」はあまり役立たないスローガンに過ぎなくなります。本気で合格を掴むためには、「間違いを徹底的に防いでいく」という極めて高い精度への意識が絶対に必要になるのです。

この練習は海外で公式業務を英語で行う際、ミスが少ないほど、学校(教師)の品位を保てることにもつながります。
スモールトークと公式業務は区別する必要があります。

③プロの指導者が持つべき「二つの眼鏡」

「間違えてもいい時(流暢さと通じる喜びを育てるフェーズ)」 「間違えてはいけない時(正確さと洗練さを磨くフェーズ)」

この二つの使い分けを指導者が明確に意識し、目の前の子どもの段階に合わせて言葉を掛け分けること。これこそが、プロの英語教師の技量です。

目の前の子が今、何を恐れているのか。 技術が足りないのか、それとも「言う内容(素材)」がなくて立ち尽くしているのか。

その心の機微に気づき、最適な場面で、最適な言葉をかけられる指導者養成も「英語検定ティーチングプロ」の目標です。

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