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【公務員×社労士×転職?】教育とは「教える」ことなのか?

みなさん、こんにちは。
現役地方公務員×独学社労士合格×転職悩み中、30代半ばの二児の父です。

いつも"スキ"や"コメント"、ありがとうございます!!

<私の遍歴>
2011:地方公務員 としてスタート
2024:社労士試験 択一「健保」で足切り
2025:社労士試験 合格㊗️ 転職悩み中←今ここ

そんな私が、公務員生活や社労士試験、日常にまつわることなど呟いていきたいと思います。

今日は、「教育」について整理してみました。
お付き合いいただければ幸いです。



はじめに


「今日の宿題やったの?」
「先生の言うことちゃんと聞いた?」


お子さんがいらっしゃるご家庭で、こんな声掛けをしているご家庭は多いのではないでしょうか。
もちろん、私の家の中でも同じです。

「ルールや決まりを守る」「大人の言う事を聞く」「友達と喧嘩をしない」
社会で生きていく上で、子どもたちが困らないように、そして人に迷惑をかけないように、こうしたことはやはり親が教えないと。

そんな風に思っています。
しかし、それはほんとに正しいのだろうか?少し悩んでみます。


「教育とは何か?」を改めて見つめ直した日

なぜか数学でなく太陽系の授業になっている


最初に「学校教育」に疑問を持ったのは、
大学3年次、4週間にわたる教育実習中の指導教員の一言。

「指導書に書かれていることを教えるのが教師だ」

改めて、衝撃の一言でした。

現場の先生も同級生たちも否定しないその言葉。
私が「学校教育に未来はない」と痛感した日です。

その当時のエピソードはこちらの記事でご紹介しました。


結局、大学卒業後は「教育」ではなく「公務」を選び、
地方公務員として十数年の月日が経過。

そんなある日、家の中の子どもとの何気ないやり取りのなかで、「教育」に不安を覚える事件がありました。

「先生の言うことが正しい」 の魔物

私はバリバリの理系脳で、小学生から大学生まで「算数・数学」を得意科目として生きてきた人間です。(文系科目はご勘弁ください!笑)

ある日、算数の宿題をしていた子どもの丸付けをしていたところ、どう考えても勘違いしている解き方を発見(答えは一応合っている)。
仕方なく、一から解き方を一緒に勉強し直して、同じ問題を解かせてみる。

しかし、子どもは納得いかない様子。なぜだ?と聴いてみる。

だって、先生はこの解き方で教えてくれたもん。

子どもからの一言。

いやいや、さっき一緒にやったやん。
先生の解き方おかしかったの一緒にみたやろ。

父親からの全力の反論。
喧嘩する父と息子。

このとき私は、改めて「教育とは何か」を見つめ直しました。

学校の先生だって完璧じゃない。むしろミスをするのが人間らしさ。
それなのに、子どもは「先生の言うことが正しい」と思い込んでいる。

もしかしたら、子どもの「考える力」が失われているのかもしれない。

もしかしたら、日本の教育は、「(先生が)教えて育てる」になっているのかもしれない。


「教える」から「教わる」へ


一般的に「教える」と「教わる」の違いは、”主体”が誰か。

「教える(おしえる)」
動作の主体:
知識や技術などを持っている人(先生、指導者など)
動作の向き: 知識や情報などを、主体が相手に与える伝える
立場: 能動的(積極的に働きかける側)

「教わる(おそわる)」
動作の主体:
知識や技術などを受け取る人(学生、学習者など)
動作の向き: 知識や情報などを、主体が相手から受け取る
立場: 受動的(受け身の側)

こうして並べてみると、
大人が「教える」/子どもは「教わる」 と分類されるだけ。

しかし、大事な視点として、
大人も子どもから「教わる」ことがあります。

もし、大人が、自分の都合で子どもをコントロールしようとすれば、決して子どもから教わることはありません。

子どもに学びを強いるのではなく、子どもから学ぶ姿勢を大人が持つ。
その関係性の中にこそ、子どもの自発的な学びが育ち、「(子どもが)教わって育つ」ヒントがあるのではないかと思います。

そのために、大人にどんなことができるか。
少しだけ考えてみました。(まだまだ実践できている訳ではありません。。)

  • 聴く姿勢
    子どもの言葉を、評価や一方的な判断抜きで、“最後まで聴く”。

  • 問いの共有
    子どもの「なぜ?」にすぐ答えず、一緒に考える時間をつくる。

  • 成長を発見
    できる・できないではなく、「気づいた」「考えた」というプロセスを大事にする。


さいごに

子どもとの対話は大事な時間


「教えて育てる」ことがすべて悪いわけではありません。
子どもが知らないこと、特に社会で生きていくうえで身に着けないといけない決まりやルールを「教える」ことは必要です。

ただ、社会の変化が目まぐるしい現代。
これまでの”教える”だけの「教育」では、変化のスピードに対応できない時代になっている気もします。

我々大人も、子どもたちの見ている視点、子どもたちのふとした発言から”教わる”ことで、自分の世界を広げることができるかもしれません。

これからの教育のめざす姿は、
言うことを聞かせること」ではなく、
「自分で考える力を信じること」であってほしい。

そう願う、今日このごろです。

本日13日は「スポーツの日」。
さあ、スポーツの秋に子どもと一緒に身体を動かして、新しい「何か」を学んでみませんか?