「東京-北杜市の二拠点を実験中」越境する粘菌アーティストの暮らしのアルゴリズム〈ローカルグッドの視座〉
粘菌を用いて、齋藤さんならではの表現を見せてくれる。山梨県北杜市と東京の二拠点で生活し、2025年4月からは東洋大学総合情報学部メディア情報専攻の助教に着任。アートとサイエンスの垣根を越え、表現の可能性を広げている。そんな齋藤さんにバイオアートとの出会いや二拠点生活で得られた視点を教えてもらった。
生き物と向き合って創造する「バイオアート」の世界
バイオアートは、クリエイティブな世界の中でも新しいフィールドだ。齋藤さんは、どんなきっかけでバイオアートの世界に足を踏み入れたのだろう。
「バイオアートという言葉を初めて使ったと言われているのが、エドゥアルド・カック(ブラジル系アメリカ人アーティスト)で、2000年頃から知られるようになりました。私は大学の授業でバイオアートを知って、世界が広がりました」
齋藤さんがバイオアートに用いるのは、粘菌。粘菌は、真核生物に属するアメーバ状の生物で、独特の色やパターンを生み出す生き物だ。


「粘菌のお世話自体は簡単なのですが、絶やしてしまう人もけっこういます。私は育てることを続けられたので、粘菌の時間が合っているのかなとも思います」
人間と生き物との、いわば共創ともいえるバイオアート。生き物相手のアート活動には、こんな想いを抱いているという。
「今のコンセプチュアルアートって、コンセプトとかアイデアが前提にあって、使う素材をそれに従わせたり、合わせて素材を選んだりという傾向がどちらかというと多く見られる気がしているのですが、それだと実際に生き物と一緒にやる意味があんまりないなと私は思っています。自分の生活の中で育てられて、ずっと向き合っていける生き物があって、そこから触発されるアイデアで作りたい、というのが私のバイオアートの考え方ですね」

鎌倉や横須賀で育った齋藤さん。大学教員の父親とスイス人の母親のもと、ハイキングなど自然に親しむことは当たり前の日常だった。絵を描くのが好きだったこともあり、多摩美術大学工芸学科ガラスコースに進むことに。
「植物が好きなので、植物と美術の両方を勉強できるところを探していました。けれど美大に入っちゃうと両方は難しいんです。ですが大学でバイオアートの授業を見つけたことから触発されて、植物をテーマにした作品をガラスで作るようになりました」
バイオアートは、生物学やバイオテクノロジー(生物工学)の視点から生物を捉えるのも特徴。齋藤さん自身、アートと科学の二つの領域からインスピレーションを得ている。

「大学卒業後には、早稲田大学の岩崎秀雄教授が主催しているmetaPhorest(生命美学のオープンプラットフォーム。アーティストやデザイナーが所属し、科学者らと共同・交流するラボ)に参加しました。私は生物学の正統な教育は受けていないんですけど、本格的に生物学の世界を知るきっかけになりましたし、10年以上所属しています。科学やアートについて専門的なディスカッションをしたり、実験室を使っていろいろ試すことができました」
metaPhorestで知見を深めつつ、東京大学大学院学際情報学府博士課程に進学。現在は東洋大学で助教として研究と教育をしながら、バイオアートの制作をするスタイルだ。
「研究者としてリサーチしながら制作するのが自分に合っているんじゃないかと思ったんです。ただ、粘菌の研究をしている研究者は少数です。自然の普遍性を探究するのがサイエンスですが、一方で『人間の役にたつかどうか』が研究テーマの選択に影響するという側面もあります。そのため、すぐに応用につながらない対象は十分に注目されにくい傾向があります。その点、アートは別の観点から対象に光を当てることができます。だからこそ、アーティストが粘菌に対して実用性とは異なる価値を見出し、関心を持ち続けることで、これまで知られてこなかったことが、いつかわかるかもしれない。今まではアートという側面からの発信が中心でしたが、今後はサイエンスの領域からも、粘菌の性質を捉え直していきたいですね」
「体力・気力・楽しみ」が二拠点生活の基盤
齋藤さんは2023年6月頃から、東京都と山梨県北杜市での二拠点生活をスタートさせた。北杜市とのタッチポイントができたのは、とあるアート展示がきっかけだったという。
「北杜市に『GASBON METABOLISM』というアート施設があるんです。その場所は元々、三脚メーカーのベルボンの大きな工場跡地。そこを改装してアートスペースができたり、テナントにはクラフトビールの醸造所が入っていたりします。アーティスト・イン・レジデンスでもあって、海外からアーティストを呼ぶなど話題になっています。私もそこで展示をして、この辺りを知りました」

北杜市は南アルプスや八ヶ岳などに囲まれた、自然豊かなエリア。住みたい街として市外からの注目も集まっている。アートにも力を入れており、国内外のアーティストや関係者の行き来も多い。
「いろいろなところから流動的に人が来て留まっていきます。ガスボン代表の西野慎二郎さんは西麻布でもギャラリーを運営していて、週に何回も東京と北杜市を行き来する方。私もここにきて、そういう暮らしが可能なんだなと気づきました」
東京での生活では制作スペースの不足という悩みもあり、北杜市での生活が魅力的に見えたのだとか。早速「北杜市空き家バンク」で家を探し、1、2週間ほどで住まいを決めたという。

「この家は最初、廃墟みたいな状態だったんですよ(笑)。でも冬山登山をしてテント泊をするという、自分が経験したことのある中で最も過酷な生活を考えれば、屋根があって水道が出れば贅沢なんじゃないかなという気持ちで住み始めました。賃貸ですが、DIYもOKなのでどうにでもできるだろうという考えもありました。一気にリノベーションすることには興味はなくて、居心地、使い心地の良いように少しずつ巣作りしていく感覚でやっています」

実際に北杜市に住んでから、どんな感触を得ているか聞いてみた。
「北杜市は住みやすいです。私は免許がなく車を持っていないので驚かれるのですが、生協の宅配を頼んだり、灯油も配送してもらえます。私一人に関しては全然、生活していけるんですよ。大事なのは体力と気力、そしてその生活に楽しく適応していくこと。楽しむためのレールをどうやって作るかですね」

「そうは言っても、都市部で生活することに体力と気力がいらないわけじゃない。私はずっと東京で生活していると、だんだん気力が落ちてくるような感覚があります。みんなもたぶん、見えないストレスに気づかないうちに耐えてるんじゃないかな。だけど都市部では、発生するストレスに気づきにくいよう、耐えられるように、非常にわかりやすいレールが敷かれていると思います」
北杜市では、どんなことが暮らしの楽しみになっているのだろう。
「辛いことに耐えても絶対に続かないし、魅力的なものがないとやる気は起きない。私からすると、近隣にカッコいいアートスペースや、DJイベントなども定期的にあって、美味しいクラフトビールが飲めたり、色々なことに感度の高い魅力的な人たちが集まってくるのがこの地域で暮らす魅力です」
カルチャーで繋がる、人と人との関係性とは
齋藤さんは最近「どの人たちに向けてバイオアートの作品を発信するのか」というせめぎ合いを感じているという。
「バイオアートは、現代アートやメディアアートの中でもかなり先鋭的というかニッチな潮流。人と自然との関係性は普遍的で重要なテーマでもあるので、本当はもっといろいろな人に届いた方がいいかなと思うんですけど、すると途端に難しくなるところもあるんです」
誰に向けて発信するのか、という設定の難しさは地域創生に重なる部分がある。
「たとえば、ローカルなものをグローバルに伝えていこうとすると、多くの人が重要だと思う共通点だけに絞って発信しなきゃいけなくなる。そうすると、ローカルの大事さが消えちゃうことがありますよね。どこまで情報を落とせばいいのか、そぎ落とした先に意味があるのか、というせめぎ合いが発生します」

二拠点生活をしているからこそ見えてくる景色、構築できる関係性もあるようだ。
「私から見える山梨のコミュニティは、かなりカルチャー寄りかもしれません。北杜市に移住している人たちって、東京でも同じコミュニティに属していたりするんですよ。つがね食堂(世界の料理を提供する飲食店)を経営しているご夫婦は、以前は私の東京拠点の近くにある東京の谷中のカフェの常連だったそうです。面白いのが、同じくそのカフェの常連だったアーティストが、雲ノ平の展示に作品を出していたこと」

「おなじく近隣にある百番珈琲は、古民家をリノベーションした内装がとても素敵なコーヒー店で、週末は清里などからもたくさん人がやってきます。オーナーは東京の出身で、私がよく訪れていた根津のカフェで働いていたというのも驚きでした。都内のアートやファッションのカルチャーコミュニティが、北杜市でそのまんま繋がってる感じなんですよね。マーケティングのキャズム理論で言われているような先端的な層からキャズムを超えてマジョリティへと一気に波及してくというモデルというよりも、ローカルでもグローバルでもないスケールで、まるで粘菌のネットワークのような細く長く網を張るようなかたちで広がっていく波及の仕方を感じさせます。」
移住だからといって、人間関係がゼロからスタートするわけではなく、元の暮らしから完全に切り離されるわけでもない。その人の個性やライフスタイルは、誰かと繋がるポテンシャルを持つのだ。

「北杜市全体はすごく広い地域ですけど、併合された市町村なんです。移住者数は全国有数で毎年何百人と流入はありますが、高齢者の死亡者数の方が上回っていて、人口の減少は食い止められてはいないんですよ。北杜市では高齢の方が多くて、若い人が少ない。一方で東京の住宅状況って飽和しているし、家賃もどんどん上がっている。だから二拠点生活の人が増えることには、可能性を感じます。自分を実験台にして生活の実験をしている感覚ですね(笑)」
アートとサイエンス、東京と北杜市。齋藤さんは軽やかに境界を超えながら、可能性をどんどん広げている真っ最中なのだ。
