世界の面白い言語集 60 1000年、ジャングルに隠れ続けた言語~タイの秘境語、ニャー・クル語(Nyah Kur)
1. はじめに:タイにいるのに、タイ語と全く関係ない人々
タイ王国の中北東部、チャイヤプーム県の山あいに、「ニャー・クル」と呼ばれる人々が暮らしている。
見た目はタイ人と大きく変わらない。しかし彼らが話す言語は、周囲のタイ語とは全く異なる系統を持つ。タイ語が「クラ・ダイ語族」に属するのに対し、ニャー・クル語は「オーストロアジア語族」――カンボジア語(クメール語)やベトナム語と同じ大きな仲間に属している。

そしてこの言語には、もうひとつの「謎」がある。
1000年以上にわたって、ジャングルの中に隠れ続けてきた言語、というこことだ。
2. 場所と人々:コラート高原の山に生き残った数千人
ニャー・クル語が話されるのは、タイ中北東部・コラート高原の西縁に位置するチャイヤプーム県を中心に、ナコーンラーチャシーマー県、ペッチャブーン県、ピッサヌローク県の山岳地帯に点在する村々だ。

話者数は推定4,000〜6,000人。ただしこの数字は楽観的な見方で、2006年時点の調査では約1,500人とも言われる。ペッチャブーン県など北部の方言はすでに絶滅寸前で、チャイヤプーム県の南部方言が今もっとも活発に使われている。
「ニャー・クル(ɲɑ̤h kur)」という名前は、自称で「山の人々」を意味する。タイ語では「チャーウボン(ชาวบน)」――「高地の民」とも呼ばれる。
🌍 話者の多くは成人以上で、子供がニャー・クル語を話せるケースはチャイヤプーム県の一部の村を除いてほとんどない。言語の継承は今まさに危機的な状況にある。
3. 1000年前の逃亡:クメール帝国に追われたモン族の末裔
ニャー・クル語を理解するには、1000年前の東南アジア史を紐解く必要がある。
6世紀から11世紀にかけて、現在のタイ中央部にはモン族による王国「ドヴァーラヴァティー王国」が栄えていた。上座部仏教を信仰し、独自の文字と芸術を持つ文明国家だ。しかし9世紀から11世紀にかけて、強大なクメール帝国(アンコール朝)の侵攻により、この王国は崩壊してしまう。

滅亡したモン族の多くは西へ逃げ、現在のミャンマー南部に移住した。彼らの子孫が今日のミャンマーのモン族であり、モン語を話す。
しかし全員が西へ逃げたわけではなかった。一部のモン族は、タイ北東部の山岳地帯のジャングルへと分け入り、そこで孤立したまま1000年以上を過ごした。その末裔が、ニャー・クル語話者たちだ。

4. 70年間、誰も気づかなかった:発見と誤認の言語史
ニャー・クル語が外部の言語学者に発見されたのは、20世紀初頭のことだ。しかし発見されてから約70年間、この言語の「正体」は謎のままだった。
研究者たちはこの言語がオーストロアジア語族に属することは早い段階でわかっていたが、モン語と「姉妹言語」である――つまり同じ「モン語派(Monic)」に属する唯一の現存言語であるということが確認されたのは、1984年に言語学者ジェラール・ディフロートが発表した研究によってだった。

それまでの70年間、ニャー・クル語はクメール語の方言、あるいは全く別の言語として分類されていた時期もある。ジャングルの中に1000年隠れていた言語は、言語学の世界でも長らく「正体不明」だったのだ。
📖 ニャー・クル語はモン語と69%の語彙的類似性を持つことが確認されている。モン語派(Monic branch)に現存するのはこの2言語だけで、ニャー・クル語はモン語の唯一の「兄弟言語」だ。
5. 古モン語の「生き化石」:現代モン語より古い形を残す
ニャー・クル語が言語学者にとって特別に貴重な理由がある。古モン語(ドヴァーラヴァティー時代のモン語)の姿を、現代モン語よりも忠実に残しているという点だ。

ミャンマーのモン語は、1000年間ビルマ語・パーリ語・サンスクリット語などの影響を受けながら変化し続けた。一方、ニャー・クル語はジャングルの中で周囲の言語との接触が少ないまま独自に発展した。その結果、古代碑文に記された古モン語に近い語彙・音韻的特徴が、ニャー・クル語の中に「凍結」されているのだ。
言語の「生き化石」とはまさにこのことで、ニャー・クル語を研究することで、1000年前の東南アジアの言語の姿が浮かび上がってくる。
6. 声調がない:タイ語の海に囲まれながら、声調を持たない言語
ニャー・クル語の音韻体系の最大の特徴は、声調言語ではないということだ。
タイ語には5つの声調がある。周辺のタイ諸語もほぼ全て声調言語だ。しかしニャー・クル語は、1000年以上タイ語圏に囲まれながら、声調を持たない体系を維持してきた。

その代わりにニャー・クル語が持つのが、「レジスター(声質)」による区別だ。同じ母音でも、「普通の声(クリアな声)」と「気息性の声(ブレッシーボイス)」の2種類で意味が変わる。さらに母音の長短も意味の区別に使われる。
日本語話者にはイメージしにくいが、「声のかすれ具合」や「息の混じり具合」が文法的な意味を持つ体系だ。この「レジスター体系」は、モン語派の言語に共通する古い特徴で、ニャー・クル語はこれを色濃く残している。
声調のないニャー・クル語が、なぜタイ語の大海原の中で声調体系を取り込まなかったのか。それ自体が言語学者の研究テーマとなっている。1000年の孤立が、言語の核心部分を守り抜いたのかもしれない。
7. 2005年、ついに文字が生まれた:タイ文字ベースの正書法
長い間、ニャー・クル語には文字がなかった。口承のみで受け継がれてきた言語だ。
転機は2005年。タイ文字をベースにしたニャー・クル語専用の正書法(書き方のルール)が開発された。その後、ニャー・クル語の辞典、文法書、聖書の翻訳などが作られ始めた。

しかし現状は厳しい。ニャー・クル語で読み書きできる人はごくわずかで、男性・子供の多くはタイ語での識字教育しか受けていない。文字が生まれても、使う人がいなければ意味をなさない。
2005年の正書法誕生は、確かに大きな一歩だった。しかしその文字が本当に「使われる文字」になれるかどうかは、コミュニティの意識と政府の支援にかかっている。
✍️ 言語学者スウィライ・プレムスリラートは長年にわたりニャー・クル語の記録と教育支援に取り組んできた中心人物だ。彼女の研究と働きかけが、2005年の正書法開発の礎となった。
8. ジャングルが守った言語、今度は何が守るのか
ニャー・クル語の物語は、逃亡から始まった。クメール帝国の侵攻から逃れ、ジャングルの中に消えた人々。その孤立が1000年間にわたって言語を守り、古モン語の「生き化石」を現代まで残した。
しかし今、ジャングルはもうない。道路が通り、学校ができ、テレビが入り、若い世代はタイ語で教育を受ける。「山の人々」のアイデンティティよりも、「タイ人」としてのアイデンティティが優勢になりつつある。

2005年に文字が生まれ、辞典が作られ、研究者が記録を続けている。それは希望の光だ。しかし言語は記録されるだけでは生きられない。話す人が、使う場所が、必要だ。
次にタイ北東部の地図を見るとき、その山のどこかでまだニャー・クル語が話されていることを思い出してほしい。1000年前にジャングルへ消えた人々の言葉が、今もかすかに、息をしていることを。
いかがだったでしょうか?
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