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定例読書報告(第17報)20260117


1.年のはじめの、新たな目標など

(1)「書籍購入状況」の報告開始

昨秋(いや、暦の上では冬か…とりあえず、暑さが体感として収まった頃)、新たな書棚を購入した。わが背丈、わが肩幅をともにいくらか超えた程度の大きさの書棚、組み立て式。組み立ての説明書を開いて、ある一工程のみ「この作業は2人で行ってください」…私は高松で一人暮らしですが、何か? 涼しくなったはずの我が部屋の中で大汗をかきながら、どうにか一人で組立完了。これを北側の部屋に設置し、それまで同所にあった古く小さい書棚(わが腰の高さ、肩幅程度。主に「文庫・新書用」だった)を南側の部屋に移動。こちらを「積読・挫折本用書棚」とした。日当たりのいい部屋に置く書棚、「早く読まないと背表紙の色が褪せるぞ!」と自分を脅しつける書棚。そうして、これまで床の上に直置きで聳えていた積読の塔を解体し、また、読了を挫折したままに書棚に埋もれていた本を発掘し、この積読・挫折本用書棚に並べた結果…

溢れちゃいました。すでに並べた文庫本の上の隙間に横倒しの文庫本数冊が押し込まれている状態。

 これは、喫緊の課題として、着実に積読を減らす施策が必要! ということで、今年は、「読書進捗状況」とともに、積読消化のため「書籍購入状況」の報告を追加しようと思う。これまでの状況から、私の読了冊数は月平均7冊程度。今後「書籍を購入しない」ということはありえないにしても、この「平均7冊」を下回る購入量にしなければ、積読の本棚が溢れたまま減っていかないのは自明の理。そこで切りよく

「月平均の書籍購入を5冊以内、かつ、税込1万円以内」(“平均”なので、1年合計で60冊以内、かつ、12万円以内ということ)

を今年の書籍購入目標とし、この報告内で、冊数・金額の合計と、目標月平均との差を投稿することとした。
報告は月に1回、月末日に近い報告回(つまり次回から)。

なお、この報告にいう「書籍」には、雑誌、マンガ、映画パンフレット、展覧会図録、実用書(旅行ガイドや資格試験テキスト・問題集など)は含まない(積読・挫折本用書棚に仮置きする対象ではない)が、それ以外(「読書進捗状況」の報告対象にしていない詩歌集など)は含むこととする。

(2)ブクログはじめました

前回報告直後、ブクログに「えねむし」を登録(アイコンもnoteと同じ)。

本棚には「いま読んでる」本と「読み終わった」本を追加し、この報告で書いている読了本についての何か(レビューとは思えない、感想とは限らない。第0報で決めた命題“私よ、何か書け”に従って書いている何か)を適宜再編集して退避させている。この報告そのものでは検索性に乏しく、「アノ時読んだアノ本、どんなのだっけ?」を見返すことにならないような気がしたから。
note同様に公開しながらも、あくまで個人的な管理が主目的であって、見知らぬ誰かとの交流目的ではないので、コメントは「許可しない」。ただ、再編集済とはいえ「レビュー」欄の何かを他人が読んでも意味不明かも、ということで、一種のエクスキューズとして、このnoteのアドレスをプロフィールの「ウェブサイト」欄には載せておいた。

「積読」や「読みたい」本を入れることは考えていないが、すでにわが部屋の書棚に収まっている、とっくに「読み終わった」本は、いずれ追加していきたいな…と思うものの、いつのことになるやら分からない。追加しないままに飽きて放置する未来も十分にある


2.定例読書報告(第17報) 本文

(1) 読書進捗状況

  • 伝奇集(J・L・ボルヘス著、鼓直訳/岩波文庫/1993):282/282(100%)(+25%)(2025/12/31読了)

  • 言語化するための小説思考(小川哲/講談社/2025):189/189(100%)(+100%)(2026/01/01読了)

  • 近現代短歌(穂村弘・選/河出文庫/2025):174/174(100%)(+59%)(2026/01/09読了)

  • 天皇問答(奥泉光、原武史/河出新書/2025):211/211(100%)(+51%)(2026/01/09読了)

  • 夢のなかの夢(A・タブッキ著、和田忠彦訳/岩波文庫/2013):159/159(100%)(+100%)(2026/01/11読了)

  • ヤクザ2000人に会いました!(鈴木智彦/宝島SUGOI文庫/2025):334/334(100%)(+100%)(2026/01/12読了)

  • 20 CONTACTS 消えない星々との短い接触(原田マハ/幻冬舎文庫/2021):214/214(100%)(+100%)(2026/01/12読了)

  • ミステリな建築 建築なミステリ(篠田真由美(文)、長沖充(イラスト)/エクスナレッジ/2024):199/222(90%)(+0%)

  • 日本語はひとりでは生きていけない(大岡玲/集英社インターナショナル/2025):368/435(85%)(+28%)

  • いつかたこぶねになる日(小津夜景/新潮文庫/2023):196/254(77%)(+16%)

  • 波多野爽波の百句(山口昭男/ふらんす堂/2020):161/214(75%)(+75%)

  • ボルヘス『伝奇集』 ―迷宮の夢見る虎(今福龍太/慶應義塾大学出版会/2019):121/210(58%)(+58%)

  • 黒死館殺人事件(小栗虫太郎/河出文庫/2008):300/528(57%)(+43%)

  • 花ざかりの森・憂国(三島由紀夫/新潮文庫/2020):151/341(44%)(+16%)

  • 見仏記 三十三年後の約束(いとうせいこう、みうらじゅん/KADOKAWA/2025):90/260(35%)(+22%)

  • みしらぬ国戦争(三崎亜記/KADOKAWA/2025):74/276(27%)(+27%)

  • 母なる色(志村ふくみ/文春文庫/2025):38/239(16%)(+16%)

  • LOVE TRIANGLE(ラブ トライアングル)──世界は三角形でできている(マット・パーカー著、三浦生紗子訳/パンローリング/2025):46/347(13%)(+13%)

 ※数字部分は、
         読了ページ数/総ページ数(全体進捗%)(+前回からの進捗%)

(2) 所感

 ・「近現代短歌」読了。「近現代詩」「近現代俳句」に続く一冊。もとは「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 全30巻」のうちの一冊「近現代詩歌」だったものを「詩」「俳句」「短歌」に分けて文庫化したものらしい。「全集版あとがき」によれば「責任編集者の池澤夏樹氏(一九四五年生まれ)よりも前に生まれた人、ただし物故者の場合は以降の生まれでも可」というのが全集の統一ルールであったとのこと(3冊目にして初めて知った)。現代短歌ならば最早避けて通れない、「サラダ記念日」の俵万智や、本書選者の穂村弘が不掲載であるのは不自然に見えるものの、統一ルールなら仕方ない。
 収録された歌人のうち、私が今までよく知らなかった歌人(結構いるのだが…)の中では、奥村晃作を知ることが出来たのが収穫。昨年読んだ「はじめての近現代短歌史」(髙良真実/草思社/2024)でも1首挙げられていたのだったが、本書で5首をまとめて読むと、そのまんまの言葉がトガッたオブジェになっている感じがしてイイな。といって、御年89歳の歌人の歌集は、近所の書店ではなかなか手に入らないだろう(「ちくま文庫」や「講談社文芸文庫」あたりで文庫化したりしないものかな、もちろん「河出文庫」でもよいけど)。
 ・「天皇問答」読了。一家言ある者同士の対談は読みにくい、とは「日本語界隈」(川添愛、ふかわりょう/ポプラ社/2024)のときに感じたことだが、この本も同様。小説家と政治学者、立場を異にするとはいえ、両名ともに近現代日本史に関する著作を書いている。また「天皇制」に対する考え方も、一致はしないが、遠いとも言い難い。
 本書を読んでいて目についたのは“皇后の強さ”。本書によれば、貞明皇后(大正天皇の皇后)、美智子上皇后、紀子皇嗣妃は、宮中祭祀に熱心であった/であるらしい(紀子皇嗣妃も“皇嗣妃”となったことから宮中三殿に上がることとなった)。「家父長制的イエのトップ」(p.184)として天皇家を捉えたとき、外から皇室に嫁いできた女性というのは、そのイエの中でのアイデンティティ確立のために、熱心になってしまうのではないか、と思った。目一杯「俗」に引き寄せてイメージするなら、テレビのホームドラマ(橋田壽賀子ドラマ的な家庭劇)において奮闘する「嫁」の立ち位置。なお、雅子皇后と香淳皇后(昭和天皇の皇后)は「宮中祭祀に熱心」というふうには語られないのだが、雅子皇后は「体調が万全ではない」(p.189)からということだろう。また、香淳皇后は本書にまったく登場しないのだが、生まれながらの皇族(誕生のときから「女王」の身位)というところが前後代の皇后と異なるものと思う。
 ・「ヤクザ2000人に会いました!」読了。以前話題になっていた(私は読んでないけれど)「ヤクザときどきピアノ」の著者による「現代ヤクザの生態大全」(カバー裏表紙の記載より)。文章量が見出しによりまちまちで、特に「第6章」は全体的に取ってつけたような短さ。この章にかえて、あとがきや解説を置いたほうが良かったのでは? と思う(この本には「あとがき」も「解説」もなく、第6章の最後の項目「なぜヤクザは“ラブホ嫌い”なのか」の2ページの文章でもって、プツッと終了してしまうのだ)。
 著者は「300人」「500人」「1000人」とコンスタントに同類の著作を出しているものと思われ(これらは読んでいないので推測)、本書「2000人」はその中で一番“今”を書いているものと思ったのだけれど…。気になったのは、「半グレ」や「トクリュウ」といった、ニュースで耳にする犯罪組織のワードが一度も出てこなかったこと。これらとヤクザとは、近いのか遠いのか、「ヤクザ」からみて仲間なのか手下なのかアバターなのか、はたまた、商売敵なのかエイリアンなのか。そこのところは全く見えなかったのが残念。
 ・「夢のなかの夢」読了。本書は総勢20人の人物の“夢”の断章集という形をとる。著者のアントニオ・タブッキは序文「覚え書」で否定しようとしているけれども、これは“夢”を描く体による“人物批評”と思う。20人のうち、私の知っている人物の断章は、その人物の功績・作品に関連した幻想譚であった(私の知らない人物の断章も、たぶん同様なのだろう)。この人物はこんな事をした人だから、こんな夢の話を…といった具合に、人物とその“夢”とがキッチリ繋がっていて、私の時折見る「夢」の特徴―突拍子のなさ―を感じない。また、最後に置かれたのが「他人の夢の解釈者、ジークムント・フロイトの夢」であって、これが最も批評性が強いように感じる点も、この感想を強くする。
 ・「20 CONTACTS 消えない星々との短い接触」読了。「夢のなかの夢」と違って“夢”とは謳っていないのだが、むしろこちらの方が夢みたいなお話だった。日本に関係する芸術家(日本に影響した/影響された外国人、世界的に知られた日本人)総勢20名(「夢のなかの夢」と数が同じなのは、きっと偶然)に対する“妄想突撃インタビュー”。もともと、2019年に清水寺を会場に開催された展覧会の“発展的資料”という位置づけのものということで、話の内容に目新しさはそれほどない。芸術家20人ともなれば、中にはきっととても気難しい方がいたはずなのだが、誰も彼も結構気さくに取材を受けてくれるというのも御愛嬌か(まあ、妄想だから何でもありではある)。
 「夢のなかの夢」では最後の「フロイト博士」で一番批評性を強く感じたように、本書も最後の一篇が、それまでの話を全体的に特徴づけるものになっていると思う。最後の一人は「フィンセント・ファン・ゴッホ」。彼だけは、作者が対面して取材するという形で書いていない。終始幻想的な場面の連続で(ノックしようとしたら部屋の内側からドアが開くも、その部屋には誰もいなかったり。絵の中のアーモンドの枝を折ったら、山桜の枝になったり)、それまで本人に向かっての発言として行っていた質問を心の中で行っていたりする。これまでのインタビューすべてを“夢”のようなものと印象付ける、というよりは、芸術家たちを書名にあるとおりの“消えない星々”にする仕掛け、だったのだろう。
 ・「伝奇集」を、ついに、ようやっと、どうにかこうにか、読了。以前、第何報だったかに、読み進めるにつれて、段々作品の読解難易度が下がっているようなことを書いたけれども、その感想は変わらず。読み終えて思うに、前半「八岐の園」のときは、ボルヘスの持つ文学観「文学とはなんぞや、そのエッセンス」を、ただそれだけをそのまま「小説」と称して発表していたものが、後半「工匠集」では世間一般の読者が抱く「小説」像(「小説って、こんなもんだよね」)にボルヘス独自の文学観を忍び込ませるようになった、といったふうに感じた。
 そして、「ボルヘス『伝奇集』 ―迷宮の夢見る虎」に着手(解説本欲しいなあ、とAmazonで見つけて購入したものの、目次を見て、これは一通り読了しないことには読めそうにないと感じたので、購入後暫く積読にしていた)。先の感想は、部分的には合っていたっぽい。まだ読了していないから(読了したとしても?)はっきりと答え合わせが出来るわけではないが、「アル・ムターシムを求めて」という一篇について、最初“疑似エッセイ”として発表されていて“小説”として発表されていなかったとのこと(またアルゼンチンにおいて、現在“決定版”的な扱いを受けている版の「伝奇集」(Ficciones)には、この「アル・ムターシムを求めて」は収録されていなかったりするらしい)。言葉や本のもつ意味や価値を考えた果てに生み出された、ごく初期の掌編は、“小説”であることの意識は薄かったように見える。
 ・「言語化するための小説思考」読了。片やこちらは“小説”を書くことにとても意識的な人(ひとはそれを“小説家”という)の本。いまだこの人の小説を一編も読んでいない私だが、共感するところはあった。が、私は小説家ではなかった。ナンノコッチャ
 「小説ってこういうもんなんじゃないかな」と従前より思っていたことがあって、それがあらかた思った通りに言語化されていた本だった。結果として、「私は小説家にならなくて正解だったな」と確認できた一冊(目指したところで、なれなかったろうけれど)。いかに他人との会話が苦手だからといって、本書に書かれたような事を考えながら小説を探し、これを言語化し文章にし、それを売って生活するなんて…私にゃ無理無理。何しろ、(この報告所感などの)私の書く文において、その想定読者は私。本書に示される小説を書く姿勢とは真逆であって、そしてこれはnoteを始めたときから結構意識的だったりするのだから。

以上、報告終り(あー、長かった)。

※今回読了した本のリンクを以下に貼り付けておく。


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