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美術館録2:フォロン展に行った話

雨宮と申します。
ぼんやり一般文学部生のアカウントです。

前回はパウル・クレー展についてお話した↓

https://note.com/tasty_stilt358/n/n5cd5cb4c7f66

のですが、その近くで開催されていたフォロン展にも行ってきました。今回はそちらについてお話します。

「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル=フォロン展」

公式ポスター

こちら3/23日(日)までの特別展なので、気になる方はお早めに。

アクセス↓

名古屋市美術館は立地が良いんですよね。隣に名古屋市科学館もありますし、ちょっと行けばパルコもあるので余裕で一日遊べます。
名古屋市科学館のプラネタリウムも久々に見に行きたくなってきました。

それはそれとして。

「絵は、木や花と同じで、役には立ちません。
しかし、木も花もなければ、私たちはみな死んでしまうでしょう」

ジャン=ミッシェル=フォロン

1934~2005のベルギーの作家、フォロン。
ポスターのような柔らかい水彩が代表的ですが、展示をめぐるうちに生涯のうちで何度も作風を変えてきたことがわかります。

ドローイングから始まり、カラーインク、水彩、と変遷する画材。それだけではなく、キャンパスから飛び出して彫刻や写真、アニメーションなども製作しているのです。

フォロンは自身を空想旅行エージェンシー/Agence de Voyages Imaginairesと名乗っています(展示されていた当時の名刺にもそう書かれていたので、気に入っていた呼び名なのかもしれません)。

画家としてのフレームを超え、あらゆる自身の作品を通して思いを馳せてほしいという意図なのでしょうか。

制作のテーマについても、年代によって顕著な違いがみられます。


本格的に画家を志したばかりのころの作品には冷えた色彩の都市、モノクロームの通りなど、厳しい社会への対抗心を感じさせるようなモチーフが多く描かれています。あらゆる方向に向けて広がっていく数多の矢印も、明に暗に、いつもやるべきことを指図される苦々しい心境を描いていたのかもしれません。
ここには極めて個人的な、自分対社会の構図がみられます。

「あらゆる方へ」

比べて、30代以降になると一気にテーマの幅が拓け、風刺的な作品も現れはじめます。
鳥かごの中に住んでいるミサイルや、オリーブの葉ではなく兵器を咥えて飛ぶ鳩のドローイングなど、軽やかなのにぎょっとさせるような作品が幾つも生み出されます。
フォロンは戦争や地球温暖化、人権問題に向き合い、幅広く協力していました。しかし、その表現は理想を語るというより、「理想とは程遠い現在」をまざまざと映し出すといったほうが正しいかもしれません。

題名をチェックしそびれました。無念。

時にカメラよりも鮮明に現実を映し出す芸術家の目を借りることが、こんなにも楽しい。
この中期が空想旅行案内人としての最盛期だったんじゃないだろうかと、私は思っています。

さて、晩年には旅や空、階段など、抽象的なイメージの作品が増えてきます。水彩で描かれた空模様はとても美しく、私もいくつか写真を撮らせていただきました(一部の作品を除いて撮影可能です)。

「窓」

ちなみに
フォロンはフランツ・カフカの「変身」の挿絵を描いているそうです。私は中学時代からカフカの作品が好きなのですが、お互い好きなペースで作品を鑑賞していた同行者にわざわざカフカいる!と呼びに行った記憶があります。小学生かな?

フォロンと、鬱屈とした苦しさをブラックユーモアに昇華したカフカとは、ジャンルこそ異なるものの確かにつながるところを感じます。

当然というか残念というか、フォロンの挿絵のバージョンはなかなか手に入れられなさそうですが、こちらのサイトにて挿絵が紹介されています。是非。


今回はこのあたりで失礼します。次回はそろそろ本の話もしたいですね。
最後までご覧くださり、ありがとうございました。

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