細胞が「自分らしさ」を失っていく~間葉系ドリフトとは何か?~老化の新しい見方
はじめに
僕たちの体は年齢とともに衰えていく。肌はたるみ、関節は硬くなり、物忘れが増え、病気にもかかりやすくなる。悲しい。
では、こうした老化はなぜ起きるのだろうか。科学者たちは長年、その答えを「細胞と分子のレベル」で探してきた。
2026年5月、みんな大好きCell誌に掲載された総説が、これまでの老化研究の知見を一つの枠組みにまとめ直す新しい視点を提案した。
キーワードは間葉系ドリフト(mesenchymal drift)──少し難しい言葉だが、中身はとても直感的な概念だ(なおこの論文は既存の研究を統合した「総説・仮説提案」であり、老化の単一原因を実験的に証明した論文ではない点をあらかじめ押さえておきたい)。
これまでの研究と未解決の問い
老化研究の現状を簡単に整理しておこう。
研究者たちはここ十数年で「老化のホールマーク(特徴)」という考え方を発展させてきた。ホールマークとは「目印」のことで、老化した体の中で必ずといっていいほど観察される細胞・分子レベルの変化のリストだ。López-Otínらが2013年に最初にまとめたときは9項目だったが[1]、2023年の改訂では12項目に拡張された[2]。


具体的には次のようなものが含まれる。
ゲノム(遺伝子)の不安定性:DNAが傷つきやすくなり、修復もしにくくなる
テロメアの短縮:染色体の末端にある保護キャップが年々すり減っていく
エピゲノムの変化:遺伝子のスイッチの入り方が乱れてくる
タンパク質の品質管理の低下:壊れたタンパク質が細胞内に溜まりやすくなる
ミトコンドリア機能の低下:細胞のエネルギー工場の働きが落ちる
細胞の老化(セネセンス):増殖をやめた「老化細胞」が体に溜まっていく
慢性的な炎症(インフラマージング):低レベルの炎症が体の中で常に続く
幹細胞の枯渇:組織を修復するための「予備の細胞」が減っていく
この枠組みは老化研究の世界共通語となった一方、重大な問いを残してきた。
「これらの変化がそれぞれ独立して起きているのか、それともどこかでつながっているのか」という点が、長らく不明のままだった。
たとえるなら、老化した体で観察される様々な症状のリストは揃ってきたが、それらをつなぐ「共通経路の候補」がどこにあるのかは謎のままだった。今回の論文は、その候補として「間葉系ドリフト」を提唱している。
今回の研究:「細胞が自分らしさを失う」とはどういうことか
間葉系ドリフトを身近な言葉で理解する
「間葉系(かんようけい)」という言葉をまず整理しよう。
僕たちの体には何百種類もの細胞がある。心臓の筋肉細胞、小腸の上皮細胞、皮膚の細胞、脳の神経細胞……それぞれが専門の役割を持っている。こうした「専門家細胞」に対して、「間葉系細胞」とは、コラーゲンなどの細胞外マトリクス(細胞どうしをつなぐ「足場」のようなもの)を産生し、創傷治癒や組織の修復・維持を担う細胞群の総称だ。

線維芽細胞(せんいがさいぼう)はその代表格で、傷の修復やコラーゲン産生を主な仕事とする。また骨・軟骨・脂肪などへの分化能をもつ間葉系幹細胞・間質細胞も、同じ「間葉系」という大きなカテゴリーに含まれる。
線維芽細胞についてはこちらの記事でも紹介している。美容医療とのかかわりについてである。
間葉系ドリフト(Mesenchymal Drift)とは、本来は別の専門的な役割を持っていた細胞──上皮細胞、血管の内皮細胞、神経系細胞、免疫細胞なども含む──が、加齢や慢性的なストレスの蓄積に伴い、本来の専門性を少しずつ失いながら、コラーゲン産生・炎症・線維化といった「間葉系様の性質」を帯びていく現象だ。
重要なのは、細胞が完全に線維芽細胞へと変わるわけではなく、元の細胞の特徴と間葉系様の特徴が混在した「中間的な状態」に傾いていく、という点だ。「ドリフト(drift)」は「漂流」を意味し、細胞が本来の姿から徐々にずれていく様子を表現している。

職場に例えると、熟練の外科医が少しずつ本来の技術を忘れ、組織の「管理・補修」担当のような仕事ばかりするようになっていくイメージに近い。専門家としての機能が薄れ、炎症や線維化に寄った性質が前面に出てくる。この変化が体中の多くの種類の細胞で起きると、臓器が硬くなり(線維化)、機能が低下していくと考えられている。
なぜ多くの老化の特徴とつながりうるのか
本論文が特に重要なのは、この「間葉系ドリフト」が老化のホールマークの多くと「相互に影響し合いうる」という既存研究の証拠を、著者らが体系的に整理した点だ。実験的に全て証明されたわけではなく、既存の分子・細胞生物学的知見をつないで構築した「統合仮説」として読む必要がある。いくつか具体例で見てみよう。
ゲノムの傷とのつながり DNAが傷つくと、細胞は修復シグナル(DNA損傷応答)を出す。このシグナルが、図らずも細胞に間葉系様の性質を帯びさせるスイッチを入れてしまうことが示されている。逆に、間葉系ドリフトが進んだ細胞はDNA修復能力が落ちて、さらに傷が溜まりやすくなる──この悪循環が成立しうる。
慢性炎症とのつながり 老化した体に溜まる「老化細胞(セネセンス細胞)」は、炎症性の物質を周囲にまき散らし続ける(SASPと呼ばれる)。この炎症性物質が隣の細胞に間葉系ドリフトを引き起こし、ドリフトが進んだ細胞がまたさらに炎症性物質を出す。炎症とドリフトが互いを増幅し合う悪循環が生じうる。
エネルギー代謝とのつながり 食べ過ぎや運動不足で慢性的に活性化するmTOR(エムトール)という細胞の「成長スイッチ」は、間葉系ドリフトを促進する方向に働くとされる。一方、カロリー制限や運動で活性化するAMPKや、長寿シグナルに関わるサーチュインは、ドリフトを抑制する方向に働くことが示されている。「食事や運動がなぜ老化に関わるのか」を細胞レベルで考えるヒントの一つになりうる。
幹細胞の老化とのつながり 各臓器に存在する幹細胞が暮らす「ニッチ(すみか)」は、老化が進むと線維化によって硬くなる傾向がある。硬い環境に置かれた幹細胞は自己複製能力を失い、間葉系ドリフトの方向に傾きやすくなってしまう。つまり組織の「修理工場」そのものが機能不全に陥る悪循環だ。
著者らはこうした関係を「Waddingtonの地形」というモデルで表現している。健康な若い状態では、各細胞は「深い谷(安定した自己同一性)」の中にいる。しかし加齢とともに谷の壁が低くなり、細胞が「間葉系様」という別の状態へと転がり込みやすくなる──これが間葉系ドリフトの動的なイメージだ。
治療への応用:「部分的リプログラミング」という考え方
もし間葉系ドリフトが老化の「共通経路の候補」だとすれば、それを逆転させることで多くの老化の特徴を一度に改善できるかもしれない。その有力な方法として論文が紹介するのが、部分的リプログラミングだ。
2006年、山中伸弥教授らはOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycという4つのタンパク質因子を導入することで、マウスの線維芽細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を誘導できることを示した[6]。この発見は、あらゆる細胞に変わる可能性を持つ「万能細胞」を体外で作れることを示したもので、2012年のノーベル生理学・医学賞につながった。

「部分的リプログラミング」はこのリセット能力を応用した発展的な考え方で、完全な初期化(=万能細胞への逆戻り)まで進めず途中で止めることにより、細胞の種類(心臓細胞なら心臓細胞のまま)は保ちながら、老化に伴うエピゲノムの変化だけを一部巻き戻そうとするアプローチだ。
マウスを用いた実験では、複数の臓器(心臓・骨格筋・肝臓・脳・網膜など)において再生能力の改善が報告されており[4]、著者ら自身の先行研究でも、部分的リプログラミングが間葉系ドリフトの遺伝子発現パターンを逆転させることが確認されている[5]。ただしこれらはすべて動物(マウス)モデルによる知見であり、通常のヒト老化において安全かつ有効であることはまだ示されていない点は重要だ。
今回の枠組みが重要なのは、「なぜ部分的リプログラミングが複数の老化特徴を同時に改善しうるのか」という問いへの一つの説明を与えてくれる点だ。間葉系ドリフトという共通経路を逆転させることで、それにつながっていた複数のホールマークが連動して改善される、という論理構造だ。
限界と今後の課題
本論文はレビュー・総説であり、著者らが新たな実験を行ったわけではない。既存の研究を統合して提案した「統合仮説」だ。そのため、「間葉系ドリフトが老化の原因なのか、結果として生じるものなのか、あるいは悪循環を増幅する中間過程なのか」という因果的な位置づけは未確定であり、どの臓器でいつ最初に起き始めるかも不明だ。今後は長期縦断的なシングルセル解析や空間トランスクリプトミクスによる実証研究が必要となる。
また著者の多くは、部分的リプログラミングを研究開発の中心に置くバイオテック企業・Altos Labsに所属しており、この枠組みが同技術の意義を強調しやすい立場から書かれていることは、論文を読むうえでの背景として透明性をもって押さえておきたい。
Altos Labsについてはこちらの記事も参考に。
まとめ
「間葉系ドリフト」とは、細胞が加齢とともに本来の専門性を少しずつ失い、炎症や線維化に寄った間葉系様の状態へと傾いていく現象だ。今回のレビューはこの変化を、老化の多様なホールマークをつなぐ統合的な枠組みの「候補」として提示した。間葉系ドリフトが老化の原因なのか、結果なのか、あるいは増幅器なのかは、今後の実証研究を待つ必要がある。それでも「細胞のアイデンティティを守り、必要に応じて回復させる」という視点は、老化研究と再生医療をつなぐ重要な方向性になりうるものであり、今後の実験的な検証が期待される。
おわりに
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【掲載情報】
掲載誌:Cell | 発表年:2026 | 論文種別:総説(レビュー) | 著者:Jinlong Y. Lu, William B. Tu, Shuai Ma et al. https://doi.org/10.1016/j.cell.2026.04.020
#アンチエイジング #老化研究 #エピゲノム #細胞生物学 #リプログラミング
参考文献
[1] López-Otín C, et al. The hallmarks of aging. Cell. 2013;153(6):1194–1217. [2] López-Otín C, et al. Hallmarks of aging: An expanding universe. Cell. 2023;186(2):243–278.
[3] Youssef KK, Nieto MA. Epithelial–mesenchymal transition in tissue repair and degeneration. Nat Rev Mol Cell Biol. 2024;25:720–739.
[4] Ocampo A, et al. In vivo amelioration of age-associated hallmarks by partial reprogramming. Cell. 2016;167(7):1719–1733.
[5] Lu JY, et al. Prevalent mesenchymal drift in aging and disease is reversed by partial reprogramming. Cell. 2025;188:5895–5911.
[6] Takahashi K, Yamanaka S. Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell. 2006;126(4):663–676.
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