テック長者たちは「老い」のどこに賭けたのか——最前線の投資家7人と、日本の挑戦者たち~アンチエイジング研究所マガジンVol.134~
古代メソポタミアの英雄王ギルガメッシュは、親友エンキドゥの死に直面して「死」を恐れ、永遠の命を求めて世界の果てを目指した。
「老いを治す」という言葉が、もはや比喩ではなくなった。
シリコンバレーで最も裕福になった人間たちが、この問いに本気で挑み始めたのはここ数年のことだ。彼らが動かす金額は桁違いだが、もっと興味深いのは「どの技術に、なぜ賭けたか」という選択の背景にある思想の違いだ。同じ「老化を止めたい」という動機から出発しながら、ターゲットはまったく異なる。
サム・アルトマン 「AIで老化の時計を巻き戻す」

OpenAI CEOのサム・アルトマンが選んだのはRetro Biosciences(レトロ・バイオサイエンシズ)だ。2022年の創業期に1億8,000万ドルを単独で出資し、2025年の追加ラウンドにも参加した。
同社のアプローチは「細胞リプログラミング」と「オートファジー(細胞の自己浄化機構)」の二本柱だ。
2025年には、OpenAIと共同開発したAIタンパク質モデル「GPT-4b micro」を活用して山中因子(細胞を若返らせる4つのタンパク質)を再設計し、リプログラミングの効率を大幅に向上させた。
2026年にはオートファジーを促進する薬剤の安全性試験が始まり、アルツハイマー病などの神経変性疾患への応用を目指している。
アルトマンの選択が際立つのは、「AI×生物学」という自分の本業との直接的な接続だ。
Retro Biosciencesの研究は、AIが生物学の謎を解く試みの最前線でもある。
ジェフ・ベゾス 「最大の資金で、最難関の問いに挑む」

Amazon創業者のジェフ・ベゾスが2022年の創業時に出資したAltos Labs(アルトス・ラボズ)は、バイオテック史上最大規模のひとつとして知られる30億ドル超を集めた。山中伸弥博士を科学顧問に招き、世界トップクラスの科学者陣が「老化した細胞を若い状態に部分的に戻す」細胞リプログラミングを研究している。同じくノーベル賞受賞社のダウドナ博士もボードに加わっている。
2026年には神経変性疾患や免疫関連の老化疾患を標的としたヒト臨床試験を開始したとも伝えられており、動物実験フェーズから臨床応用への移行が着実に進んでいる。2025年末にはAIモデルコンペティション(NeurIPS)で最優秀賞を受賞するなど、AI×細胞生物学の融合研究でも存在感を増している。
最大の資金を最難関のテーマに投じる——それがベゾスの選択だ。10〜20年のタイムラインを平然と受け入れられる財力と忍耐の産物だといえる。
ブライアン・アームストロング 「自分で創って、自分で率いる」

Coinbase CEOのブライアン・アームストロングは、投資家としてではなく「共同創業者」として長寿科学に参戦した。彼が2021年に計算生物学者のジェイコブ・キンメルとともに立ち上げたのがNewLimit(ニューリミット)だ。掲げている目標もとてもわかりやすい。
2025年5月のシリーズB(1億3,000万ドル)は、Kleiner Perkinsが主導し、Khosla Ventures、Founders Fund、PatrickとJohn Collison兄弟(Stripe共同創業者)、Garry Tan(Y Combinator CEO)らが名を連ねた。その後、2025年10月にはEli Lilly(米製薬大手、イケイケドンドン)や Duke Management Coなどから追加で4,500万ドルを調達し、企業評価額は16億2,000万ドルに達した。
科学的な進展も著しい。NewLimitの研究チームは、老化した肝臓細胞(ヘパトサイト)とT細胞の両方に「若い状態の機能」を回復させる転写因子セットを発見した。老化した肝細胞をリプログラミングすると、脂肪やアルコールを処理する能力が若い細胞に近づいたという。2025年末には「臨床に近づきつつある」とキンメルが発表しており、数年以内のヒト臨床試験を計画している。
アルトマンやベゾスが投資家として外側から関与するのに対し、アームストロングは週の相当時間をNewLimitの科学議論に費やすという。自らがっつりコミットスタイル。
「老化を治す」という信念が、経営者としての本分を超えた個人的なミッションになっているように見える。
ピーター・ティール 「余命を延ばすより、死の原因を断つ」

Founders Fundの創業者ピーター・ティールは、長寿科学への関与を以前から公言してきた人物だ。彼が2025年にシリーズA(2,040万ドル)へ参加したのはAtaraxis AI(アタラクシスAI)という企業で、アプローチが独特だ。
同社のAIモデル「Kestrel」は、乳がん患者の生検スライドと臨床データを多角的に解析し、再発リスクと治療効果を予測する。臨床検証では、標準治療の遺伝子検査と比べて予測精度が約30%向上することが確認された。OpenAIやDeepMindの研究者、元MetaのYann LeCun(ヤン・ルカン)もアドバイザーに名を連ねる。
「老化を逆転させる」発想ではなく「不要な治療を省いてQOLを守る」という実利的な長寿観が、ティールらしい選択といえる。余命を10年延ばすより、今ある余命の質を最大化するほうが先だ——そんな哲学が透ける。
ダニエル・エク 「スキャンが命を救う、今日から」

Spotifyの会長ダニエル・エクが2018年に自己資金約3,000万ユーロを投じて設立したNeko Health(ネコ・ヘルス)は、細胞を操作するのではなく「病気を早く見つける」という方向性で勝負する。

https://www.nekohealth.com/gb/en
サーマルカメラ・3Dカメラ・ECG・レーザーセンサーなど16種の医療機器を組み合わせたスキャンで、皮膚がん・心疾患・2型糖尿病リスクなどを非侵襲的に測定し、結果はその日のうちに医師との対話形式で届く。シリーズBで2億6,000万ドルを調達し、累計調達額は3億2,500万ドルに達した。
数字が意義を示している。初年度に受診した約2,700人のうち6.6%に重大な疾患が見つかり、1%は「命にかかわる可能性のある疾患」を早期発見できた。「老化を逆転させる」技術の完成を待たずとも、今日から健康寿命を延ばせる——それがエクの賭けだ。
ラリー・ペイジ 「最も資金が潤沢な研究機関の、曲がり角」

Alphabet(Googleの親会社)共同創業者のラリー・ペイジが2013年に設立したCalico Labs(カリコ・ラボズ)は、「なぜ人は老いて死ぬのか」という問いに科学で挑む研究機関として知られてきた。長年「バイオテック界で最も資金が潤沢な長寿研究機関のひとつ」と評されてきた。
しかし2025年、潮目が変わった。ALS(筋萎縮性側索硬化症)の臨床試験の失敗を受け、11年間のパートナーだったバイオ医薬品大手AbbVieとの提携が終了した。Alphabetの子会社として研究自体は継続しているが、主要提携の崩壊は大きな方向転換を迫るものだ。
AbbVieの撤退は、同社が従来の低分子薬から遺伝子治療などより革新的な医薬品へのシフトを進めていること、そして5本の臨床試験を通じてCalico Labsとの共同研究が商業的な成功を生まなかったことを反映している。潤沢な資金と優秀な科学者が、臨床での成功を保証しないことを示す最も象徴的な事例だ。
a16z(アンドリーセン・ホロウィッツ) 「データから薬を掘り出す」


シリコンバレーを代表するVCファームa16zが継続的に支援するのがBioAge Labs(バイオエイジ・ラボズ)だ。ヒトの長期縦断データから老化に関連するバイオマーカーを独自に発掘し、そこから新薬開発につなげるプラットフォームを持ち、2024年にNASDAQへ上場、累計調達額は5億ドルを超えた。
主力候補薬が肝機能異常の懸念から2024年に開発中止となったが、製薬大手ノバルティスとは最大5億3,000万ドル規模のマイルストーン型提携を維持しており、プラットフォームの価値は揺るいでいない。一本の候補薬が失敗しても、データ基盤そのものに価値がある——これが「プラットフォーム型」創薬の強みだ。
日本からの挑戦者たち——XPRIZE Healthspanという世界の舞台
ビリオネアたちの投資競争と並行して、もうひとつ見逃せない戦いが起きている。XPRIZE財団が運営する「XPRIZE Healthspan」だ。
総額1億100万ドル(約150億円)、7年間の世界競技で、50〜80歳の人々の筋力・脳機能・免疫機能を10〜20年分改善する治療法を競う。世界58カ国・600チーム超が登録し、2025年5月に100チームのセミファイナリストと、各25万ドルを受け取る上位40チームが発表された。
注目すべきは日本勢の健闘だ(なぜ日本勢を注目しているかというと、日本人だからである。それ以上の理由はない。とりあえず、がんばってほしい)。
トップ40のうち、実に6チームが日本からの参加という「想定外の大躍進」を見せた。世界最長寿国として、科学と生活文化の両面から健康長寿を積み重ねてきた日本が、国際的な評価を得た格好だ。
日本のトップ40チームの代表格が、大阪大学発スタートアップAutoPhagyGO(オートファジーゴー)、キュレーションズ、電通の三社コンソーシアムだ。
提案するのは「オートファジー・リブーストプログラム」で、細胞内の不要物を分解するオートファジーを活性化することで老化を制御しようとするアプローチだ。オートファジーの仕組みを解明した大隅良典博士の2016年ノーベル賞は記憶に新しい。代表の石堂美和子CEOは「科学主導の長寿革新が日本から生まれることを示す機会」と述べており、食事・サプリメント・運動・睡眠の4領域を組み合わせたライフスタイル介入をウェアラブルとAIで支える手法は、日本の健康文化と最先端テクノロジーを融合させた独自のモデルだ。
もうひとつ注目されるのが、ReNa Science(リナサイエンス)が中心となるチームだ。
同チームは2025年8月から東北大学・広島大学・東海大学と連携してセミファイナルの臨床試験を開始し、候補薬「RS5614」(新規の経口セノリティクス:老化細胞除去薬)を20人の被験者(平均年齢60.4歳)に投与して予備的なデータを取得した。2026年4月のXPRIZE審査委員会への提出を経て、2026年8月のファイナリスト(上位10チーム)発表の結果を待っている段階で、もし選ばれれば日本・米国・サウジアラビア・台湾での国際多施設共同試験に進む計画だ。
グランプリの最終発表は2030年で、受賞者には最大8,100万ドルが贈られる。日本チームがファイナルに残れるかどうか——これは日本の長寿科学の実力を世界が問う場でもある。
では、賭けるとしたら
7人の「賭け」を見渡して、何か感じられただろうか?どこか賭けたい企業はあっただろうか?
まだまだ一般人が投資をするには難しい領域だが、
・オートファジー
・老化細胞除去(セノリティクス)
・予防・早期発見
・NMN
・技術としてAI(老化も大量のパラメーターのある現象なので工学的アプローチが可能=つまりAIが活躍するというわけである)
など身近なトピックもあることは言い添えておきたい。
そしてXPRIZEの2030年グランプリ受賞者が誰になるかは、今誰にもわからない。ただ、日本チームがトップ40に6チームも選ばれているという事実は、「長寿科学の答えはシリコンバレーだけにあるわけではない」ということを示している。最近は中国など非米国の追い上げがすごい。
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掲載情報 本記事は以下の報道・プレスリリース・公式情報をもとに執筆した。
参考文献
[1] XPRIZE Foundation. $101M XPRIZE Healthspan Awards First Milestone Winners. 2025年5月12日.
[2] NewLimit. Series B $130M announcement. blog.newlimit.com. 2025年5月.
[3] Longevity.Technology. "NewLimit 'close' to clinic-ready epigenetic reprogramming therapy." 2025年11月27日
[4] Dentsu Inc. "AutoPhagyGO, Curations, and Dentsu Advance to XPRIZE Healthspan Semifinals." 2025年5月13日.
[5] ReNa Science. XPRIZE Healthspan Semi-Final Clinical Trial Preliminary Results. 2026年5月.
[6] The Longevity Initiative. "The business of longevity in 2025." 2026年1月.
[7] Longevity.Technology. "AutoPhagyGO is harnessing autophagy to redefine healthy aging." 2025年8月22日.
注意事項 本記事は最新の科学研究・報道をもとにした情報提供を目的としています。特定の企業・製品への投資を推奨するものではありません。個別の症状や疾患への対応については、必ずかかりつけの医師や医療機関にご相談ください。
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