美麗なる訳詩集【カフェ浪漫主義3】
戦前から三大訳詩集と言えば『海潮音』(上田敏)、『珊瑚集』(永井荷風)、『月下の一群』(堀口大学)で私もそれらの初版本は真っ先に集めた。
しかしそれらは麗らかな春陽の散歩路や放浪の旅に持って出るにはやや大きく重く、出来ればもう少し小型の詩集が欲しい。
小型で最良の翻訳詩集は大正時代のアルス社が出した、当時一流の詩人達による格調高い文語韻律訳の泰西名詩選集だ。装丁も恩地幸四郎が手掛け気品溢れる物に仕上がっている。

写真の訳詩集シリーズは文庫本より更に小型の天金クロス張りの美麗な本で、計5冊出ているのを全部揃えるのが愛書家の夢だ。
私もブレイク、シモンズ、サマン、ヴェルレーヌと4冊までは短期間で揃ったが、最後に残る日夏耿之介訳の『英国神秘詩鈔』が長年見つからず、たまにあっても高価過ぎたりで先日ようやく幸運にも予算内で入手出来たところだ。
アルス社は北原白秋の弟が経営していて、採算面を度外視したような豪華な装丁の詩歌関連本を数多く出していた。それらの美麗本は今では並み居る愛書家猟書家達が競って集めるほどの人気アイテムとなっている。
同時代の新潮社の文庫サイズの詩歌集シリーズもクロス張りの装丁で、また価格も安めなのでお薦め出来る。
一方現代の訳詩書は大衆向け口語散文訳のチープな文庫本しか無くなり、このレベルの豪華訳詩集はもう到底作れないと思う。
この中では英国ロマン派の始祖の『ブレイク選集』が私のお気に入りで、このような愛すべき本をポケットに入れて四季折々の散歩に出る至福の気分は、読書好きの諸賢にも是非味わって欲しいものだ。きっと己が人生も捨てた物では無いと実感出来るだろう。
岡は互ひに語りあひ、耳そばだてて谷は聴く。
この冒頭の春の山河の一節は、まさに今目前に芽吹き出し騒めいている我が谷戸の情景だ。
そんな春の散歩路のBGMはエルガーの「ロマンス」だ。日本ではもっぱら「威風堂々」ばかり聴かれるエルガーだが、弦楽の小品にも名曲は多い。今回紹介する「ロマンス」は、作品番号1番の伴奏つきヴァイオリン曲だ。
演奏はウルフ・ヴァリン(ヴァイオリン)とローランド・ペンティネン(ピアノ伴奏)で、空間オーディオのドルビーアトモスを採用した最新音源だ。アメコミヒーローのような名前のソリストだが、その演奏は実に抒情的かつ耽美的で、麗らかな春の日の散歩にも相応しい。
ヴァイオリンやチェロの弦楽室内楽は、このドルビーアトモスと特別相性が良く、楽器自体の音色の美しさや演奏家の歌心を存分に味わうことができるようになった。散歩のちょっとした合間に、訳詩の小型本を開きながらこのようなロマン派音楽の名演を聴けば、過去の詩人たちが慈しんだ小世界を見つけることができるだろう。
前出の三大訳詩集は格別に気品高い訳だが、その三人にやや遅れて訳詩に活躍したのが西條八十や日夏耿之介達だ。

中でも西條八十の『白孔雀』は美しい訳詩集で、この題名は後に訳詩家達が集まり創刊した雑誌の名として受け継がれた。
西洋詩の翻訳本で格調高い韻律訳が無いなら原語で読めば良いと言われればその通りなのだが、例えば英国では100年前の詩書の初版など日本の同時代の詩集の十倍以上の価格が普通だから、到底私如きに手の出せる物では無い。
逆に言えば日本の古書はその文化的価値に比べて異常に安いのだ。古書もバブル崩壊以降は古美術品などと一緒に底値に貼り付いていたが、近年は泉鏡花や柳川春葉ら硯友社の小説類などは木版画の口絵の人気も相まって高騰している。まあ私好みの詩歌のジャンルはそれほど高くなってはいないものの油断は出来ない。
明治末から昭和初期にかけて我が国の詩人達に大きな影響を与えたのが英国ロマン派のキーツ、イエイツ、ロセッティ等の訳詩だったが、大正12年の日英同盟解消後には仏語詩に比べて英語詩の良い翻訳家が出なかったようだ。
さらに出版社側から見れば一般向けに売るには文語韻律などあまり理解されないだろうからやむを得ない面もあったろう。
そんな訳で品格ある韻律と可憐な装丁の大正頃の小型本こそが、我が愛読すべき訳詩集の最良の選択となるのだ。
