神々の音楽【カフェ浪漫主義15】
鎌倉の我が谷戸は東京より4〜5度は涼しいのでまだ楽だが、さすがに三伏の暑さとなると厳しい。
私の日常はどうしても半日はエアコンの無い所での作務があり、その分コーヒータイムには心身共に楽園の安息に浸りたい。
ハープの巨匠ジュディ・ローマンの晩年の演奏の数々は、まさにギリシャローマ神話の楽園を彷彿とさせる域にある。

夢二の精霊の石版画にイタリアンアンティークの花瓶と19世紀ピューターの茶器に蔦を絡ませ、地中海の雰囲気の珈琲座を設えた。
ここにジュディ・ローマンの至高の妙音があれば、しばし酷暑の日本を離れ神話世界のニンフ達の戯れる泉辺に誘われる想いだ。
現役最高のハープ奏者ジュディ・ローマンは御歳90近くなり、ますます楽神アポロンの竪琴に近づくような見事さだ。
ハープの世界では伝説的なカルロス・サルツェードに10代の頃から師事し、演奏技術や編曲、ハープの設計まで学んでいたようだ。紹介した曲もサルツェードが作曲した「バラード」だ。バラードはショパンやフォーレのピアノ曲が有名だが、サルツェードのこの曲はそうしたロマン派の「物語的抒情」を受け継ぎながら、ハープ曲としてさらなる幻想性を獲得している。バラード(Ballad)の語はバレエ(ballet)と同源で、ラテン語の「踊る」(ballare)に由来するようだ。確かにショパン以降のバラードにも舞曲の反復的な性質は共通して残っている。しかし、その舞曲的な魅力は近現代的なピアノよりもハープやチェンバロの方が色濃く表れる。特にハープはピアノよりもハーモニクスや装飾音を流麗に披露しやすい。ジュディ・ローマンの演奏はそうした本来的なハープの強みを巧みに活かしており、舞曲調のものにも工夫が見られ、単調さを感じない。
神々の楽園が見えている者の演奏とただ楽譜通りに弾く者との差だろうか、他のハープ奏者では彼女の演奏に似た物さえ一つも無く、後を継げそうな人も全くいない。
ロマン派音楽や現代音楽を通過した後に古典回帰した遍歴が良き経験となり、また演奏能力以上に作曲編曲の能力やイメージの展開力の差も大きい。
紹介した曲の他にも、中世の竪琴の曲をグランドハープ用に編曲し直したり、バッハのチェンバロ曲をハープにアレンジしたりで、まさに孤絶至聖の音楽を創り上げてしまった。
さらに私が思う他者との違いは、神々の楽園その物を心から希求しているかどうかが決定的なのだと思う。
詩や絵でも極稀にミューズの天啓としか言いようの無い物がある。
20世紀以降の諸芸術が宗教や自然美などの言わば真善美からどんどん遠去かって行った中で、この老巨匠は孤高に神々の高みを目指したのだろう。
彼女の60歳頃からの演奏はその全てに神々の恩寵を感じられよう。
器楽で「バラード」を確立したのはショパンだが、詩歌ではワーズワースとコールリッジの「抒情民謡集(リリカル・バラッズ)」がそのロマン派的世界観を確立し、キーツやバイロンたちがそれに続いた。
そして、彼らの詩作や民間伝承を美しい装幀の本に集めたのがアンドリュー・ラングだ。ラングのフェアリーブックスは英国の古書の中でも特に人気の高いシリーズだろう。
神話や妖精ファンタジーの世界の集大成として、美麗な装丁のこのシリーズのファーストエディションをコンプリートするのは世の猟書家の夢だ。

写真はそのフェアリーブックスの中のブルーポエトリーブック。妖精物語や童話を題材とするフェアリーブックスシリーズの中で、ロマン主義時代の詩人が残した傑作を集めたものだ。
この夏の夜の夢に誘うような表紙絵は、本を開かず飾っておくだけでも楽しい。
ルネッサンス以降のヨーロッパでは中世キリスト教の抑圧の反動で、ギリシャローマの神々やその末裔とみなされた妖精達への憧れが強まっていた。
ラングのフェアリーブックスは各地に残るそれらの神話や妖精譚を集め、美しいイラストと三方金塗の豪華装幀で大人気となったのだ。
ジュディ・ローマンのハープ演奏をBGMにこうした美しい本を捲っていると、厳しい暑さの中でも心の静穏(アタラクシア)を保つことができる。
浪漫溢れる19世紀ヨーロッパの文化に想いを馳せながら、この夜の茶は誘眠作用のあるアイスカモミールティーをイタリアンアンティークのグリーングラスで楽しもう。
