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名作抒情詩二十選【古詩歌浪漫解】

蒲原有明『有明集』  薄田泣菫『二十五絃』  西條八十『西條八十詩集』 初版

日本名作詩歌選
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戦前文語定型詩(新体詩)の名作二十選。中でも薄田泣菫の『望郷の歌』と蒲原有明(訳)の『天津郎女』は浪漫主義を代表する傑作。

新体詩

島崎藤村
『初恋』『小諸なる古城のほとり』『千曲川旅情の歌』

初恋

まだあげめし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅うすくれないの秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋のさかずき
君がなさけに酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ

島崎藤村 『若菜集』

小諸なる古城のほとり

小諸こもろなる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ
緑なす蘩蔞はこべは萌えず 若草もくによしなし
しろがねのふすまの岡辺 日に溶けて淡雪流る

あたヽかき光はあれど 野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて 麦の色わづかに青し
旅人の群はいくつか 畠中の道を急ぎぬ

暮れ行けば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよふ波の 岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰む

島崎藤村『落梅集』

千曲川旅情の歌

昨日またかくてありけり
今日もまたかくてありなむ
この命なにを齷齪あくせく
明日をのみ思ひわづらふ

いくたびか榮枯の夢の 消え殘る谷に下りて
河波のいざよふ見れば 砂まじり水巻き歸る

嗚呼古城なにをか語り 岸の波なにをか答ふ
いにし世を靜かに思へ 百年ももとせもきのふのごとし

千曲川柳霞みて 春淺く水流れたり
たゞひとり岩をめぐりて この岸に愁を繋ぐ

島崎藤村『落梅集』

薄田泣菫
『公孫樹下にたちて』『望郷の歌』『ああ大和にあらましかば』

公孫樹下にたちて



ああ日は彼方、伊太利いたりあ
七つの丘の古跡や、まろき柱に照りはえて。
石床しろき囘廊わたどのの きざはしせばに居ぐらせる
青地襤褸あおぢつづれ乞食かたいらが、月を經て來む降誕祭くりすます
市の施物せもつを夢みつつ ほくそえみする顏や射む。

ああ日は彼方、北海きたうみ
波の穗がしらつまじろに、
ぬすみにあさあまが子の
氷雨もよひの日こそ來れ、
さちは足りぬ、とひたむきに
南へかへる舟よそひ、
れし帆脚や照すらむ。

ここには久米くめの皿山の
いただきごしにさす影を、肩にまとへる銀杏の樹、
向脛むかはぎふとく高らかに、青きみ空にそゝりたる、
見ればよろへる神の子の
陣に立てるに似たりけり。



ここ美作みまさか高原たかはらや、
國のさかひの那義山なぎせんの 谿にこもれる初嵐、
ひと日高みの朝戸出あさとでに、遠く銀杏のかげを見て、
あな誇りかの物めきや、わが手力たぢからは知らじかと、
軍もよひの角笛を、
木木に空門からとに吹きどよめ、
家の子あまた集へ來て、
黒尾峠の懸路かけぢより
風下かざした小野おののならび田に、
穗波なびきてさやぐまで、勢あらく攻めよれば、
あなや大樹おおきのやなぐひの 黄金の矢束やづか鳴だかに、
諸肩もろがたつよく搖ぎつつ、賤しきものの逆らひに、
滅びはつべき吾が世かと、
あざけり笑ふどよもしや、
矢種やだね皆がらかたむけて、
射繼早いつぎばやなるおろし矢に 
射ずくめられし北風は、
またも新手をさきがけに 
雄詰おたけびたかく手突矢の
やじりひかめく圍みうち。

頃は小春の眞晝すぎ、因幡ざかひを立ちいでて、
晴れ渡りたる大空を 南の吉備きびへはしる雲、
白き額をうつぶしに、下なるくにのあらそひの
なじかはさのみ忙しきと、
心うれひに堪へずして、
かえりみがちに急ぐらむ。

黄泉よみほらなる戀人に 生命の水を掬ばむと、
七つの關の路守みちもりに、冠ときぬを奪はれて、
『あらと』の邦におりゆきし
生身なまみ素肌の神の如、
ああ爭ひの七八日ななようか
銀杏は征矢そやを射つくして、
雄々しや空手むなで眞裸まはだかに、
ほまれの創の諸肩を、
さむき入日にいろどりて、
み冬のりょうにまたがりぬ。

 三

ああ名と戀と歡樂たのしみと、夢のもろきにまがふ世に、
いかに雄々しき實在の 眩きばかりの證明あかしぞや。
夏とことはに絶ゆるなく
青きを枝にかへすとも、
冬とことはに盡くるなく
つねにその葉を震ひ去り、
さては八千歳やちとせ靈木りょうぼくの そびらの創は癒えずして、
戰ひとはに新らしく、はた勇ましく繰りかへる。
銀杏よ、汝常磐樹ときわぎの 神のめぐみの緑葉みどりはを、
霜に誇るにくらべては、いかに自然の健兒ぞや。

われら願はく狗兒いぬころの のしたたりに媚ぶる如、
心よわくも平和やわらぎの 小さき名をば呼ばざらむ。
絶ゆるひまなきたたかひに、馴れし心の驕りこそ、
ながき吾世のながらへの
はえぞ、價値あたいぞ、幸福さいわいぞ。

公孫樹いちょうよ、なれのかげに來て、
何かも知らぬ睦魂むつだま
よろこび胸に溢るるに、
許せよ、幹をかき抱き、
長き千代にもへがたの
刹那せちなの醉にあくがれむ。

薄田泣菫『二十五絃』

望郷の歌

わが故郷ふるさとは、日の光 蟬の小河にうはぬるみ、
在木ありきの枝に色鳥いろどりの ながごえする日ながさを、
物詣ものもうでする都女みやこめの 歩みものうき彼岸會ひがんえや、
桂をとめは河しもに 梁誇やなぼこりする鮎汲みて、
小網さでの雫に淸酒きよみきの 香をか嗅ぐらむ春日なか、
櫂のゆるに漕ぎかへる 山櫻會やまざくらえの若人が、
瑞木みづきのかげの戀語り、壬生みぶ狂言の歌舞伎子かぶきこ
技の手振のざればみに、笑みひろごりて興じ合ふ
かなたへ、君といざかへらまし。

わが故郷は、楠樹の 若葉仄かに香ににほひ、
葉びろ柏は手だゆげに、風にゆらゆる初夏はつなつを、
葉洩りの日かげ散斑ばろうなる ただすもりの下路に、
葵かづらのかむりして、近衞使このえづかいの神まつり、
塗のながえの牛車、ゆるかにすべる御生みあれの日
また水無月の祇園會ぎおんえや、日ぞ照り白む山鉾の
車きしめく廣小路、祭物見の人ごみに、
比枝ひえの法師も、花賣も、打ち交りつつなだれゆく
かなたへ、君といざかへらまし。

わが故郷は、赤楊はんのきの 黄葉きばひるがへる田中路、
稻搗いなきをとめが靜歌しずうたに あめなる牛はかへりゆき、
日は今ついの目移しを 九輪の塔に見はるけて、
靜かにねむる夕まぐれ、稍散り透きし落葉樹おちばぎは、
さながら老いし葬式女ほうりめの、
たゆげに被衣かずき引延ひきはへて、
物歎かしきたたずまひ、樹間こまに仄めく夕月の
夢見ごこちの流眄ながしめや、鐘の響の靑びれに、
札所ふだしょめぐりの旅人は、すずろ家族うからや忍ぶらむ
かなたへ、君といざかへらまし。

わが故郷は、朝凍あさじみの 眞葛が原に楓の葉、
そそ走りゆく霜月や、專修念佛せんじゅねぶちの行者らが
都入りする御講凪おこうなぎ、日はひるさがり、夕越ゆうごえ
路にまよひし旅心地、物わびしらの涙目いやめして、
下京しもぎょうあたり時雨する、うら寂しげの日短かを、
道の者なる若人は、ものの香朽ちし經藏に、
塵居ちりい御影みかげ古渡こわたりの 御經みきょうの文字やめでしれて、
夕くれなゐの明らみに、黄金の岸も慕ふらむ
かなたへ、君といざかへらまし。

薄田泣菫『白羊宮』

ああ大和にしあらましかば

ああ、大和にしあらましかば、いま神無月、
うは葉散り透く神無備かみなびの森の小路を、
あかつき露に髪ぬれて
往ゆきこそかよへ、斑鳩いかるがへ。

平群へぐりのおほ野、高草の 黄金こがねの海とゆらゆる日、
塵居ちりいの窓のうは白み、日ざしのあわに、
いにし代のうず御経みきょう黄金文字こがねもじ
百済緒琴くだらおごとに、いわいに、彩画だみえの壁に
見ぞくる柱がくれのたたずまひ、
常花とこばなかざす藝の宮、斎殿深いみどのふかに、
焚きくゆる香ぞ、さながらの 八塩折やしおおり
美酒うまきみかのまよはしに、
さこそははめ。

新墾路にいばりみち切畑きりばたに、
赤らたちばな葉がくれに、ほのめく日なか、
そことも知らぬ靜歌しづうたうまし音色に、
目移しの、ふとこそ見まし、黄鶲きびたき
あり樹の枝に、矮人ちいさご樂人あそびおめきし
ればみを。尾羽おば身がろさのともすれば、
葉の漂ひとひるがへり、
ませに、に、──これやまた、野の法子兒ほうしご
のものか、夕寺深ゆうでらふかこわぶりの、
讀經や、──今か、靜こころ、
そぞろありきの在り人の
たましいにしも泌み入らめ。

日はがくれて、もろとびら
ゆるにきしめく夢殿の夕庭寒ゆうにわさむに、
そそばしりゆく乾反葉ひそりば
白膠木ぬるでおうち、名こそあれ、葉廣はびろ菩提樹、
道ゆきのさざめき、そらに聞きほくる
石廻廊いしわたどののたたずまひ、振りさけ見れば、
高塔あららぎや、九輪のさびに入日かげ、
花に照り添ふ夕ながめ、
さながら、緇衣しえの裾ながに地に曳きはへし、
そのかみの學生がくじょうめきし浮歩うけあゆみ、──
ああ大和にしあらましかば、
今日神無月、日のゆふべ、
ひじりごころの暫しをも、
知らましを、身に。

薄田泣菫『白羊宮』

蒲原有明
『智慧の相者は我を見て』『瑞香』

智慧の相者は我を見て

智慧の相者そうじゃは我を見て 今日きょうし語らく、
眉目まみぞ こはが悪しく日曇ひなぐもる、
心弱くも人を恋ふ おもひの空の
雲、疾風はやち、襲はぬさきにのがれよと。
ああ遁れよと、たおやげる君がほとりを、
緑牧、草野の原の うねりより
なほ柔かき黒髪の わがねの波を、──
こを如何に 君は聞ききたまふらむ。

眼をし閉づれば打続く いさごのはてを
黄昏たそがれ頸垂うなだれてゆく もののかげ、
飢えてさまよふ獣かと とがめたまはめ、
その影ぞ 君を遁れてゆける身の
乾ける旗に一色ひといろの 物憂き姿、──
よしさらば、におい渦輪うずわあやの嵐に。

蒲原有明『有明集』

瑞香

艶なる夜の黑髮くろがみ
月にきえぎえ映ろひぬ。
節にゆるびて瑞香ずいこう
花の小笛おぶえのたゆげなる。

朧のかげはゆらめきて、
はだに染み入る物の音よ、
匂ひの海を春は、今、
すずろに夢の櫂やうつ。

かがよひ、融くるあめつちの
宴はいともまどやかに、
新妻の、あはれ、新室にいむろと、
ぎめぐらせる月のかさ

風は紋羅もんら浮織うきおり
すじと色とのけじめなく、
おぼめかしめる眞玉手またまで
ささらえをとこ差纏さしまける。

靜かにくるうまし夜は
戀をなだむる巫女ほうりこか、
手草たぐさに取れる追憶おもいで
影をば月に交へつつ。

戀のみぞ知る深き夜の
ねがひは、げにも金泥の
紺紙にきえぬ世のまこと、
あだしごころに、えこそわかたね。

蒲原有明『春鳥集(改訂版)』

石川啄木『みちのくの神無月』

みちのくの神無月

今、みちのくの神無月かみなづき
花のき散らふのみだれ、
かたむきかる日の錆の
幹あからさま透きいれる漆の木原こばら

──夢白ゆめじろの裾長らかに枝づたひ、
幻にひく秋姫がわかれ心に、
朽箜篌くちくごゆる鳴らす
浮鳴うけなりのそそ音に走る空名残そらなごり、──
それとし聞くは、金蝶の
籠ばなれせし千万羽、──
霜の絵映えばえ黄染葉きそみばの日にひらめきて、
秋の舞、散りに散りく葉ずれごと

今、野がへりの田つくりは、
かなた、下田しもだの杉寺の山のそそり、
かたむける五輪ごりん入日いりひを支へ立つ
古塔ふるあららぎ尖天蓋とがりやね
九万日くまにち老いて朽ち落ちし破れのさまも
そのままに影を投げたる広穂田ひろほだの、
今年凶年こととまがとせ、みのらねば、穂波も浅く、
さながらに草原くさはらめきしあぜを指し、
『みのらで枯れし稲よりは、ねやの戸迄も
来てわめく税吏みつぎとりらが首をこそ
刈るべけれとて鎌げ。』と、
しはがれ声の高らかに、藁帯わらおびしたる
老腰おいごしの二人ここをば過ぎゆきぬ。

見れば、五輪の空高く
ひらめき出でし九つの昼の星かと
目もはるに、輪形わなりに浮ぶ白鴿しらはとの、
天座みくらやうやうかたむくや、
忽ち落つる天降あもり矢の、入日に映えて
しろがね矢、続きにおつる幾筋いくすぢや、
今杉寺の広庭ひろにわに落葉を焚いて、
老比丘おいびく無量寿品むりょうじゅぼんを口ずさむ
代赭たいしゃの色のぬかや射む。

ここ木原路こばらみち、たえまなく秋の舞する
黄染葉の、さや、金摺きんずりの子扇こおうぎ
ひらくと見しは、につづくうしろの丘の
高公孫樹たかいちょう、散りのみだれの手狂てぐるひや、
五片六片十二十片いつひらむひらとはたひら、風のおうりに
浮立うきたちて、あをの空吹くともえ舞ひ、
はららぎりて、めでたさの御神楽みかぐら
木原黄殿こばらきどの夕扉ゆうとびら
神無月かみなづき舞納まいおさめ

はるかに、そそ荘厳しょうごん神色しんじき迫る
五輪塔ごりんとう、その背がくれにかくろひて、
消えのまぎはにこう沈む頭光づこうのさびの
透冠すいかむり紐とくひまもあらばこそ、
天蓋やねにかけたる入相日いりあいび
花めき散らひ物染めし、うすら寒げの
裾長すそなが黄紗おうしゃを高くひきからげ、
天梯あまはしとおに逃げのびのみだれのさまに、
薄明うすあかり、ひそまりかへる漆原うるしはら
霜をるべきひややぎや。

ふとしもおこる人げはひ、近づきまさる
足音にささら鳴りする散葉道ちりはみち
──さは、金蝶きんちょう千万羽せんまんば、石ならなくに
ふみかれ、羽袖はそであはせてくゆらせし
終焉をわりの夢のにじられに、
に立つなげき泣くやらむ。──

かせば、影二つ、旅労たびづかれせし
足重あしおもの、芸人げいびとめきし扮装いでたちや、
提琴ていきんける丈高たけだかの、聲の濁りも
力なく、『今日山越えのひなめぐり、
八里に暮れしむだあるき、つかれしや。』とて
都訛みやこなまりにふりかへる、五つの紋の
古袷ふるあわせ、肩も寒げの三十男みそをとこ

『否。』と答へて女聲をんなごえ
笑みもするらむなまめきに、木隠こがくれ見ゆる
村を指し、『君にし添へば、ひもじさも
忘れて、うたもくりかへし、宿だにあらば、
蝦夷えぞが島そこにもかむ、さは思へ、
ただこのさの宿りのみ覺束おぼつかなし。』と、
容目みめこそ見えね、顔白かおじろの、二十歳はたちか、
いづれ、門毎かどごとに扇をかざす唄少女うたをとめ
桃色褪ももいろあせせの長襷ながだすきつまばさみせし
縞袴しまばかま、今悄悄しおしおと落ちにたれ。

き過ぎにして、男また、
琴絃こといとくすさびごと
安宿やすやど吊洋燈つりらんぷにもかぎ・・はあれ、
とまるすべなき法界屋ほうかいやかな。』
いつしか、見れば、木原路こばらみち
散りを急ぎの葉時雨はしぐれの降るもたえて
亥中月いなかづきまつ宵闇よいやみや、
遠き羽音はおとは、公孫樹いちょう立つ丘のうしろ
の沼にかりがね群れて落ちぬらむ、
かなた、五輪ごりんのいただきに、
秋ゆく空の一つみちしるべとぞ、
うるみたる金星青くまたたいて、
今みちのくの神無月かみなづき
石の泣音なくねも聞きぬべきとこそりぬ。

石川啄木『抒情詩集』

室生犀星『小景異情』

小景異情

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや 
うらぶれて異土の乞食かたいとなるとても
帰るところにあるまじや

ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや

室生犀星『抒情小曲集』

三好達治『羈旅十歳』『かへる日もなき』

羈旅十歳

うみの上に朝ぎりたちて
いづこにか雉子きぎすしばなく
みづちかきしもとの丘は
うら枯れしままに霞めり

われ十歳ととせ旅をさまよひ
かかる日の春にまたあふ
そはたえて消息をだに
知りがたきをちかたびとの
おんかげを山川のへに
たづねつつへたる國々

うたかたのうたはなかなか
消もはてねかかるうつつの
夢ならぬ夢のさかひは
漂泊のあいだにつきぬ

明けの鐘 暮れがたの鐘
野に山にあるは小島に
くさ枕ころもかたしき
もとよりもことわりならぬ
かりぶしのあいなだのめも
すがの根のながきとしつき
へてのちはおしなべてくう

かくまでもふかきこころを
あはれよとさとりて老いぬ
しかすがにいまは老いたり
いつまでか夢をたのめや
かくてまたわれ旅にいづ

このこころ秋ふかくして
ひもすがら澗泉かんせんのこゑ
たえやらず木葉もくようとぶに
まのあたり春は霞みて
いづこにか雉子しばなく

三好達治『羈旅十歳』

かへる日もなき

かへる日もなきいにしへを
こはつゆ草の花のいろ
はるかなるものみな青し
海の青はた空の青

三好達治『花筺』

訳詩

上田敏(訳)『落葉』『山のあなた』『春の朝』

落葉 ポオル・ヱ゛ルレエヌポール・ヴェルレーヌ

秋の日の
ヰ゛ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
こゝかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。

上田敏『海潮音』

山のあなた カアル・ブッセ

山のあなたの空遠く
さいわい」住むと人のいふ。
ああ、われひとゝめゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ。

上田敏『海潮音』

春の朝 ロバアト・ブラウニング

時は春、
日はあした
あしたは七時、
片岡に露みちて、
揚雲雀あげひばりなのりいで、
蝸牛かたつむり枝にひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

上田敏『海潮音』

蒲原有明(訳)『天津郎女』

天津郎女 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ

神の召されし郎女いらつめ天津御園あまつみその
境ひたる黄金こがねの垣に寄り添へり。
眼色まみのにほひは夕暮になごみわたれる
渡津海わたつみの淵よりもなほ深まさり、
その手に取りてまさぐるはつの百合花ゆりばな
甕星みかぼしの七つぞ髪にかがやける。

豊かにかつぐ衣には紐も結ばず、
刺繡ぬいとり花飾はなかざりさへ退けて、
ひとり聖母が賜物の白薔薇しろそうびのみ
奉仕みつかえ徽章しるしびつ、つつましく。
さてその髪は弱肩よわがたにすべりかかりて、
麥秋むぎあき足穂たりほの色と黄ばみたり。

姫は思ふやう、大神おおがみ楽部がくぶかず
備はりて僅かに一日ひとひを過しつと。
うべ落居おちいぬる眼差まなざしのそこはかとなく
驚きのけはひえ去らであるならむ。
さもあらばあれ、後にせし浮世の人に、
その一日まさに十年ととせや、かぞふれば。

(其處そこの一人に、げに誠、年の十年ぞ。 
……さるからに、このくまわにて、今しもよ、
君が我身に寄り添ふと見しはうつつか、
垂髪たれがみはわがおもかくし落ちかかる……
あだなる夢よ、落ちくるは秋の木々の葉。
一年ひととせは歩み早めて急ぎ行く。)

召されし姫が佇むはいつ御神みかみ
りたまふ女墻ひめがきもと、其處よりぞ
大空界だいくうかいの始まれる至極しごく奥所おくが
そが上に神は宮居みやいを築きます。
いと高ければ青雲のそきへのおち
日輪にちりんの影をはつかに見おろしぬ。

その女墻はあまの原、伊吹の海を
架橋のわたすが如くうち跨ぎ、
橋のもとにはひるうしお流れて
ほのおまた闇のさざ波たち寄する
虚空のはてのその涯を、つちのこの
蚊の蟲のさわめきめぐる姿かと。

姫が眺むるこのあたり、戀人こいびとどちは
つきせざる愛の賛辭よごとにつつまれて、
二人今しも相見つつ絶えずよばへり、
村肝むらぎもの心にかけし人の名を。
かくて愛であふ魂は神の御許みもとさし
かすかかなる火群ほむらなしてぞ昇りゆく。

この舞ひはやす神祝かむほぎをなほ餘所よそにして
姫はただ身をうちかがぎわびつ。
標結しめゆふ垣はもたれ胸乳むなぢされ
いつとなくそのぬくみをばつたふらむ、
かの百合花のまどろみてありやとばかり
こまぬけるかいななよ頸垂うなだるる。

此處ここ天上の要なる隈より見れば
「時」の脈またき宇宙を貫きて
しきりに高くひよめきぬ。姫はいよいよ
こころき、八重棚雲やえたなぐもの底ひめ、
みちひらけとを張りて、さてうちいづる
ことの葉は星のにある歌のごと。

日はうすづきぬ。しじかめる月讀つきよみは、今、
いとさき鳥毛とりげにも似て、深淵ふかぶち
彼方はるかにふるへつつ、あたりのけはひ
しめやぎて見ゆる折しもうちいづる
その聲音こわねこそいみじけれ、こえあわして
諸共もろともに星と星とのうたふごと。

(あな嬉しもよ、今まさに鳥は囀づる、
その歌に戀しき君が聲のあや
籠りたらずや。またここに鐘は鳴り出づ、
その鐘のりてただよふ眞晝時まひるどき
わがかたえにとり来ます君が跫音あのと
階段きざはしに響かひし日のしのばるる。)

姫は云ひける、
汝脊なせの君、はや来たまひね、
来たまはむ君にしあれば。はしもよ、
ここあめにして祈らずや、つちなる君も、
御主おおんしゅよ、しゅよそこにして祈らずや、
二つ相合ふ祈禱いのりこそまことの力
しかあらば恐るることは露あらじ。

「君がかしら輪後光わごこう耀かがやめぐ
すがしくも白衣びゃくえよそおひたまはむ日、
はまた君と携へて、御手洗みたらしどころ、
光明の深き泉に赴かむ、
川の流れに二人してくだらむがごと、
大神の眼前まのあたりにて禊せむ。

二人は忌々ゆゆしく、いつかしく、神寂かむさびにたる
神殿の廣前ひろまえにありて禮拝おろがまむ。
ぎし祈禱いのりの昇り来て此處に届けば、
燈明みあかしは それにこたへて揺れ止まず。
そが中に見る、二人が祈禱いのり
ささやけき雲かとばかり融け合へる。

「二人はかくて影向えいごう注連木しめぎめ行き、
樹下このもとの蔭に立寄り憩ひてむ。
その隠れたるしげみにはいつ御鳩みはと
時ありて現れゐますこともあり、
やむごともなき御羽おんはねの触るる木の葉は
音高おとだかきよ御名みなをば言擧ことあげす。

「さてもはまたの君に教へまつらむ、
心安く自ら此處に憩ひつつ
歌はむ歌を。君はそを口籠くごもりながら、
たどたどと、いと不束ふつつかにうちまねび、
一節毎ひとふしごとに奥ふかきこころをたどり、
めづらしき物事をさへ悟りなむ。

(あはれ、二人は、二人はと、わが君は云ふ。
げにまこと、そのかみの日に一度ひとたび
一つにてありき、君と我。しかはあれども
魂合たまあへる、ただそれのみの愛により、
天津御神あまつみかみはわがたまを召したまはむや、
きせざるえにしを君に結べよと。)

姫は云ひつぐ、
「二人して聖母マリヤの
居籠いこもらす森に分け入りもうでなむ。
いつきかしづく侍女まかたち五人いつたりの名は、
いみじくも、これぞ五つのジンフオニイ、
セシリイ、ゲルトリユウド、マグダレン、
マアガレツトとロザリイス。

「まろくかこみてずまへる侍女まかたちづれは、
つかがみひたいに花のかずらして、
金絲きんしまじめし白き衣の
和布にぎたえほのおのごとく輝やける。
彼處かしこしにて、今此處ここうまつれば、
そのため産衣姿うぶぎすがたと似つかはし。

「わがの君の、たまさかに、ぢてもださば
さらばよし、うち寄せきこえあげむ、
人目耻ひとめはぢ、性根しょうね弱りしこともなく
ありにし二人がこいかたらひを。
高き御祖みおやの神はわが誇りをでて、
なほもまた語りつがしめたまはむか。

御自おんみずからぞ、手に手組む二人をさそひ、
しゅの神の御前みまえに引かせたまふらむ。
たまのすべてはひざまづき、許多ここだかしら
列並つらなみて輪後光わごこうながらぬかづけり。
天使てんし二人をうちむかへ、あめ詔琴のりごと
はたほか玉琴たまごと鳴らし歌ふべし。

其處そこにして御主おんあるじキリストがみに、
この一事いちじ二人がためまむ。
祈願きがんと云ふはつちの世にありて一度ひとたび
たまゆらに愛とむつびて住みにしか、
今は目離めかれず、永劫とことわちぎりをこめて、
の君と諸共もろともにあらむこころのみと。」

姫はり、うちきつ、
その言の葉は痛ましといふ程もなくあはれにて、
「わがまさむ時なり」と、云ひさすきざ
光明こうみょうはただここもとにし渡り、
天使一列てんしひとつら滿あふれ、飛びかけり来ぬ。
姫がは祈りぬ、かくて微笑みぬ。

(そのえまひをばわれは見つ。)さあれ何時いつしか、
御使みつかい行方ゆくえれてきがたし。
すべなければ、黄金色こがねいろ標結しめゆふ垣に
わが姫はえしかいなを投げかけぬ。
さて双手もろてもてその顔をうちおおひつつ、
ねなきけり。(その涙をばわれはく。)

蒲原有明『汎天苑第五號』

歌詞

土井晩翠『荒城の月』

荒城の月 土井晩翠 (作曲:瀧廉太郎)

高樓こうろうの花の宴、
めぐるさかずき影さして、
千代の松がわけ出でし
むかしの光いまいづこ。

陣營じんえいの霜の色、
鳴き行く雁のかず見せて、
植うるつるぎに照りそひし
むかしの光いまいづこ。

いま荒城のよはの月、
かわらぬ光たがためぞ、
垣にのこるはただかづら、
松に歌ふはただあらし。

天上影はかわらねど、
榮枯えいこは移る世の姿、
うつさんとてか今もなほ、
あゝああ荒城の夜半の月。

土井晩翠『自選詩抄』

三木露風『赤蜻蛉』

赤蜻蛉 三木露風 (作曲:山田耕筰)

夕燒ゆうやけ小燒こやけのあかとんぼ、
はれて見たのはいつの日か。

山の畑の桑の
小籠こかごに摘んだは まぼろしか。

十五でねえやは嫁にゆき
お里のたよりも絶えはてた。

夕やけ小やけの赤とんぼ
まつまっるよ 竿さおの先。

三木露風『眞珠島』

竹久夢二『宵待草』

宵待草 竹久夢二 (作曲:多忠亮)

まてどくらせどこぬひとを
宵待草よいまちぐさのやるせなさ

こよひは月もでぬさうな。

竹久夢二『どんたく』

吉井勇『ゴンドラの唄』

ゴンドラの唄 吉井勇 (作曲:中山晋平)

いのち短し、こいせよ、少女おとめ
あかくちびるせぬに、
熱き血液ちしおえぬ間に、
明日あすの月日のないものを。

いのち短し、戀せよ、少女おとめ
いざ手を取とりての舟に、
いざ燃ゆるを君が頬に、
ここには誰も來ぬものを。

いのち短し、戀せよ、少女おとめ
波にたゞよひただよい波のに、
君が柔手やわてを我が肩に、
ここには人目ひとめないものを。

いのち短し、戀せよ、少女おとめ
黒髮くろがみの色褪せぬ間に、
心のほの消えぬ間に、
今日はふたぬものを。

吉井勇『新日本第五卷第四號』

日本名作詩歌選
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