土用の滋養【鎌倉の隠者49】
鎌倉ではこの土用に入って10日ほど、午後から夜半にかけて頻繁に雷を伴う夕立が来ているが、今夜からの八幡宮のぼんぼり祭は大丈夫だろうか。その雨のお陰か土用にも関わらず思ったより涼しい日が多く、街中へ買物に出るのもさほど苦にはならない。
近所のコンビニでは土用の鰻を予約制で販売していて結構評判が良いらしいが、私は来日する外国人観光客達がこぞって世界一美味いと称賛する某チェーン店のフライドチキンの方が好みだ。

四脚盆 江戸時代
この店で次々と打ち出した新作のフライドチキンもみな旨かったが、新作は大抵1ヶ月ほどで打ち切りになるのが残念だ。
季節商品としてでも残してくれれば毎年楽しみに出来るのに、味わえるのが長い人生の中でたった1ヶ月だけとは何とも惜しい。ここで常時販売している定番物の中では、辛味の効いたレッドと呼ばれる種類が夏の土用には最適だ。
暑に抗し激辛味に麻痺の舌 (自詠)
唐辛子の赤味の強い唐揚げを乗せるには古織部の濃緑釉が似合う。
この皿に糠漬け胡瓜を添え手軽な若布茗荷と豆腐の冷し汁の取合わせが、江戸以来の伝統の鰻に代わる我家の土用の至高のご馳走となっている。
暑い盛りに使う器は涼しげな水色や緑などの寒色系が良く、是非にも青磁青白磁やこの織部などの食器を揃えておきたい。
また織部で格のある物を選ぶなら江戸から明治大正頃までの薪窯焼成が良く、昭和以降の工業化した石油ガス電気の窯になると、釉調が安定し過ぎのっぺりと単調になる。
一見古びて薄汚れたように見える物のほうが、まっさらな新品に見える物よりはるかに深みがあり飽きも来ない。現代でも気の利いた陶芸家はみな敢えて不安定な薪窯や穴窯に戻っているようだ。
古びゆく緑涼しき織部碗 (自詠)
勿論ご年配の方々は従来の土用の鰻に冷や酒をお好みだろうが、鎌倉のちょっと良い店だと結構なお値段になるから、暑中に度々行くにはこの隠者如きだと手元不如意となる。
酷暑期を乗りきるための滋養をつけるなら質よりも回数が重要で、その点庶民の味方のコンビニチキンは全国どこでも安価に買えて毎日でも食べられるのだ。
立秋を過ぎても続く長い酷暑期を引籠るために、今年は旧い捕物帳や時代劇のDVDボックスを集め始めた。近作で食指の動く日本映画やドラマがさっぱり出なくなり、もう昔の名作を見直すしかないのだろう。この盆休みに加え今後の残生の酷暑期を凌ぐためには、さらに百時間以上の旧作DVDを集めたい。

時代劇を見ていると良く出てくる二八蕎麦と言うのは、二八の十六文で食べられた江戸後期の庶民に人気のファーストフードで、そして写真の織部の碗がその当時の店や屋台で使われていた蕎麦用碗だ。
この江戸時代の古碗で冷やし蕎麦を掻き込めば、眼前には古き良き時代の夏景色が浮かんで来る。
縁側の風鈴の音の中で蕎麦を啜る江戸っ子に成りきり、いかにも涼趣の通う時代劇や芝居の中の町並みへ転移しよう。捕物帳や時代劇の最も良い所は、ストーリーよりも幕間に映る自然と調和のとれた住まいや人々の衣服だ。
特に女性の着物や髪飾は町娘の普段着でさえ品と情緒があり、今のジーパンにTシャツや暗めのビニールっぽい服が多い現代都会人より遥かに気が利いていて、町全体が美しく華やいで見える。
さらに季節季節の行事風習や祭礼のシーンの、四季の花鳥風月を背景にした演出などには久遠なる美がある。捕物帳の鑑賞はそんな美しい町や美しい人々の暮しを見るのが主で、ストーリーはマンネリでも全然構わない、いやマンネリこそ永遠の美に通ずるとも言えよう。
鎌倉も2〜30年前まではまだ品の良い和服の御婦人方が白日傘で歩く路地や、古風な木造の蕎麦屋や茶店の小路が少しは残っていたのだが………。
今週はおまけで買物がてらに書きとめた句でも御披露しよう。
露草の路地慎ましや琴師範
旅人に石狐の笑ふ木下闇
コンビニのおむすび祭り星涼し
(自詠)
俳句はもともと真面目一筋だった和歌本道に対し、諧謔(お笑い)も有りにした所が革新的でその後の川柳の大流行にまで繫がった。
そんな訳で猛暑の街中ではこの程度の軽い句でも詠めれば十分楽しく、何もせず家で茹っているより余程精神の清涼さも保てるだろう。
酷暑期もせめて涼しい朝夕くらいは散歩や吟行に出ようと思うのだが、買物の必要が無い日はどうしても冷房の部屋に引き篭りがちなのが情け無い。
