温厚な母がブチギレた|普段怒らない人が怒ると何十倍も怖いという話
私の母は、温厚で、いつも笑顔で、ポジティブ。見た目と走り方は「ペンギン」で、私にとって、とても愛くるしい存在だ。
ちなみに、私もペンギン走り。遺伝である。
母は、普段からあまり怒ることもなく、私も基本的には叱られたことはない。宗教が絡まなければ・・・。
宗教の話になると、人が変わった。小さな私のお尻(しかも生)を孫の手で叩くなんて、普段の母からすると誰も想像できないだろう。普段はとんでもなく「良い人」だったのだ。
朝が苦手な私を急かす時も、一切怒らない。「早よ早よ早よ〜」となんなら歌ってるんじゃないかくらいの、テンション。怒るときの口癖は「ぺ〜い」。ぺ〜いって怒る人、みたことあるだろうか。私は、後にも先にも、母だけである。
そんな母だが、私の記憶の限りでは二度、他人にブチギレたところを見たことがある。
まず一度目は、私が小学校3年生の時。プールが始まる季節に事件は起きた。
「うちの子にシラミはいません!!!!」
電話の向こうの先生に向かって、母が怒鳴っていた。
当時の私は、サラサラのセミロングヘアーが自慢だった。毎朝、ほぼ寝ながらごはんを食べる私の髪の毛に、母が櫛を通し、ハーフツインにしてくれていた。かわいいリボン付きだ。
だが、その事件を機に、小学生時代の私のトレードマークは「ちびまる子ちゃんカット」になる。
プールの授業を前に、髪の毛が長いから切るようにと、先生から連絡があったようだ。しかも、毛ジラミがいるから、ちゃんと治療しろと……。
正直、本当に毛ジラミがいたかどうかは、私にはわかる由もないのだが、母はブチギレ、おかげで私の髪の毛は「まる子」になった。
小学生の頃の写真はどれを見ても、まあ〜綺麗な、おかっぱ。母の執念が感じられる。襟足はバリカンで刈り上げるという徹底ぶり。前髪はもちろん、パッツンだ。
私は、母を怒らせると怖い。ということを学んだ。
そして、二度目のブチギレ。
小学生の頃、隣の家に住む人が、カーテンの隙間から毎日我が家の動向を監視していた。旦那さんはとても穏やかで社交的(に見えたの)だが、奥様は挨拶も返してくれない人だった。
監視していたのは、もちろんその奥様。学校から帰ると、カーテンの隙間から目が合うこともしばしば。かなりホラーだ。
今考えてみると、怪しげな宗教に入っている我が家だったので、監視するのはなんとなく理解できる気もする。
そんな監視生活の中で、すごい剣幕の奥様が乗り込んできたことがあった。しかも、玄関じゃなくて、ベランダから。
怖い顔の奥様は「お宅の客が、うちから植木鉢を盗んだ!!!」と主張していた。
え、この人何、こわ〜。と怯える私。
母は、エプロンで手を拭きながら、奥様と対峙した。いつものように穏やかに話をするんだろうとばかり思っていた私は、度肝を抜かれる。
「うちに泥棒をするようなお客さんは来ません!!!!」
人生二度目の母ブチギレ案件。
家中に怒鳴り声が響いた。
隣の奥様、ぽかーん。
「ちゃんと監視してくださいね」という捨て台詞を残して、そそくさと退散していった。
母は、隣の奥様から何かに付けて文句を言われていたが、いつもは穏やかに謝罪するような人だった。隣の奥様、母のことを完全に舐めていたのだ。
そりゃ〜、びっくりするだろう。普段めちゃくちゃ穏やかなのに、いきなりの怒声。子供でさえびっくりして声が出なかったのだから。
しばらくしたら、隣のご夫婦は引っ越して行った。母に恐れ慄いたのかもしれない。(知らんけど)
普段怒らない人が怒ると、何十倍も怖いということを小学生の時に理解した。
私は黙っていると怖い顔らしいので、母のような必殺技は使えない。母を見習って、外では、なるべく心がけてニコニコするようにしている。ただ、家に帰ると、ほぼ笑わない。ちびまる子ちゃんで例えるなら、野口さん。
母は、家族の前でも朗らかだった。私も、あんな「ペンギン」になりたい。いつまでも、子供達にとって「かわいいかわいい母」でありたいと思う。ただし、私の母は、少し丸っこいペンギンだったので、フォルムはスマートなペンギンを目指したい。
まずは、子供達が戯れてきた時、華麗にスルーするのはやめよう。
小さなことからコツコツと。
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▼ このnoteを綴ったのはこんな女です ▼
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