自分を見失う負のループ
どうもこんにちは。たまちゃんです。
まだ例の本(スマホ時代の哲学)に引きずられています。
以前の記事であげた問いが、まだ根深く残っているんですよ。
↓コレ
「ママの<孤独>を解消する」新規事業として、寂しさを解消するためのソリューションを提案したいと思っています。でもさ。それって、もしかして。ママたちがネガティブ・ケイパビリティを得る機会を失わせる原因になり得るのではないでしょうか。
結論はないんですが、いったんは「スマホと孤独の共存を提案する」方向性にしたいと考えてます。やはり審査直前にモヤったままなのも嫌なので…noteの場を借りて、上記問いの答えについて脳内たれ流しをします。(誰得、いや、私得。そしてやはりネガティブを保持するケイパビリティがない。)
孤立と孤独と寂しさ
その前に、前回しっかりと言及してなかったので改めて整理してみました。
グラレコチャレンジ!↓

<孤立>と<孤独>と<寂しさ>の関係性
左半分は、<孤立>と<孤独>と<寂しさ>の定義と関係性です。
<孤立>は一般的なイメージ通りですよね。
一方で、哲学界隈での<孤独>とは、自分自身と対話し、向き合えている状態のことらしい。で、<孤独>になるには<孤立>が必要な条件。
そして、<孤独>=自己対話と区別しているのが<寂しさ>でした。
(わたしが解決したいのは<寂しさ>の方だった)
ちなみに、寂しさって他の人と一緒にいるときにもっとも強く現われるらしいですよ。これ、パートナーじゃんね。←
<孤独>=自己対話、を失う方法
右半分は、<孤独>を失う負のループです。
SNSや通知が常時くるスマホによって、<孤立>した環境が作れなくなる。すると、何かに没頭することがなくなり注意散漫になる。すると、退屈感・虚無感や寂しさに襲われて、そこから逃げ出したくなり、またスマホをいじる。
ループ化はわたしの勝手な解釈ですが、たぶん著者の言いたいこととは一致してる。(と思いたい)
「いやいや、そもそもね、孤独=自己対話を失うことの何が悪いんじゃい!」って思いますよね。
ご安心ください。
谷川さん、ちゃんと言及してくれてました。
没頭しないことで感情・感覚が鈍くなっちゃうんですって。自分にも、他人にも。他人とつながっているようで、他のことに気が散ってしまい、つながってない。目の前の人に共感しにくくなる。自分と対話しているようで、他のことに気が散ってしまい、自分の感覚が分からなくなる。
これやばいって。(語彙力)
・・・つづきます!
(ネガティブ・ケイパビリティ)
