小説・ココイロ談義③
海月に積極的に関わろうとするのは、晴子くらいしかいなかった。いつも1人の海月が不憫なので、友達と一緒に帰ろうと誘ったこともある。しかし「ええわ」とあっさり断られた。
友達には「分かってないね、晴子。海月は一緒に帰るとかいうタイプじゃないって」といわれた。「1人=寂しい」としか考えたことのない晴子には理解できないことだった。
──気が乗らなくても、普通は誘われたら一緒に帰るものなのに。
晴子は悲しさといら立ちを感じていた。しかし、しつこいと嫌われるのは薄々感じていたので、程よい距離を保つしかなかった。晴子なりに頭をひねった結果、どうしても一緒に帰りたいときに偶然を装うなどささやかな努力をしていた。
しかしせっかく海月を捕まえることができたとしても、そこでも晴子は努力しなければいけなかった。
先生の悪口だとか、クラスのウワサ話、昨日見たテレビにお気に入りのインフルエンサーの話など、ほかの子であれば何も考えなくてもダラダラと続く話題が海月には通用しない。油断すると沈黙が流れてしまうので、晴子は話題を探すのにいつも苦労した。
唯一、晴子の恋人・藤木広翔の話をするときだけは会話が続いた──というより、晴子が一方的にしゃべっていた。海月が興味を持っているかは怪しいところだったが、多少のあいづちは打っていた。
この日はラッキーなことに、意外な場所で海月を見つけた。
今は定期考査のため帰宅が早い。明日は英語と数学だから、みんな寄り道せずに真っ直ぐ帰っているはずだった。晴子も足早に帰ろうとしていたところ、海月が駅前の本屋で雑誌を立ち読みしている姿を発見した。すぐに駆け寄り横に並ぶと声をかけた。
「海月!」
「あ──」
突然の人影に少し驚いた様子を見せたが、すぐに晴子と気づいた。海月は映画雑誌を見ていたらしい。
「試験勉強しないの? 立ち読みとか余裕じゃん」
実際、誰が見てもそう思うに違いなかった。
「あたしはいいねん」
「どうして?」
「点数が低くても、親の力で何とかなるから」
「えっ」晴子は驚いた。「それって……」
含みを持たせた表情で、晴子の耳元に顔を近づける。
「学校関係者にちょっとコネがあってさ」
「ええっ」一段と声が高くなる晴子。不正というやつだろうか。一瞬で様々な思いが頭を駆け巡る。不正を許してはいけない、でも私は海月の味方するべき……よね──。
「冗談やん」雑誌に顔を戻していた海月は、横目で晴子を一瞥した。「すぐ信じるんやから」本気なんだか冗談なんだかわからない表情をしている。
「びっくりした……」晴子は恐ろしい話が事実でなかったことに安堵していた。いつもの晴子なら、「そういうのやめて」とムキになるところだったが、今回は何も続かない。その後も、いつもならペラペラと1人独壇場なのに言葉数も少なかった。
おや? と異変に気付いた海月はこっそり晴子の様子をうかがった。適当なファッション雑誌を手に取り、一応パラパラとめくっているが、焦点があっていない。ページの向こう側を見ているかのようだった。声にも覇気がない。海月は試しに自分から話題を振ってみた。
「地理のテスト、ちょっと難しかったな」
「え? ああ……そうだね」
いつもの晴子なら、賛成したついでに「こういうところが難しかったよね」と具体的な例まで出すところだ。海月との会話を続けたくて話を膨らませようとするはず。
─やっぱり変だ。藤木広翔の話もしないし。
海月は少し考えたあと
「神社行こうよ」と何の脈略もなくいった。
「神社?」
海月から晴子を誘うのは珍しいことだった。ついさっきまで「一夜漬けでもなんでもいいから勉強せねば」と思っていたことなどすっかり忘れていた。
