『伝説の女優ロッカー:山口百恵』【神話ミューズ編】楽曲解説
1978年、演出家・浅利慶太との対談の中で、山口百恵は「ステージの上で、いろんな歌を語ってみたい」と語っている。また、シャンソン歌手・金子由香利との対談では、森繁久彌の言葉として知られる「歌は語れ、台詞は歌え」という一節を、「たいへんな名言だと思う」と、やや興奮気味に、熱を帯びた口調で語ったという。
「歌は語れ、台詞は歌え」
歌と芝居──かたや一つの作品を磨き極め、かたやあまたの役割を装い演じる。本来は異なる極に位置する二つの表現技術を、あえて相互に入れ替える方法論に表現の核心を見出す。この発想は、表現者としてある種の境地に達した者のみが辿り着く感慨だろう。技術を極めた先でこそ、異質な技術どうしが相克し、そこから、あたかも止揚されていくかのように、より高みの表現技術へと昇華していく。この短い逸話はその経過を雄弁に物語っているのではないだろうか。
彼女は歌手としてデビューした後、ほどなくテレビドラマの世界に身を投じる。そこでは、感情の立ち上げ方、台詞の抑揚、ニュアンス、間、呼吸──歌とは異なる次元の表現技術が要求される。一方で、歌の現場では、声の運動、リズム、音程、ブレス、フレーズの流れ、言葉の置き方が厳しく問われる。
山口百恵は、この両極の現場での、それも最も注目される人気歌手・女優としての芸能活動を、その活動期間全体を通じて、ほとんど途切れたり偏ったりすることなく、均質に継続するという稀有な経験を重ねていた。
歌う現場と演じる現場を、ほぼ同時並行で、日常的に往復していたのである。
つまり彼女は、
歌 → 芝居 → 歌 → 芝居…
という反復自己回帰運動を通じて、二つの異質な芸能技術を、学びと実践の両面から螺旋状に高めていったと考えられるのである。
芸能表現という大きな枠組みでは共通項を持ちながらも、歌と芝居は本質的には別世界の表現技術が要求される。その両極を行き来する反復鍛錬の中で、彼女は無意識のうちに、自らの身体と感覚に最適化された方法論を獲得していった。そして後年、その経験を振り返る中で、「歌は語れ、台詞は歌え」という言葉が、自分自身の実践を言語化した極意だという認識に至ったのではないだろうか。
正直に言えば、わたし自身がこの言葉の意味を朧気ながらも理解できたのは、せいぜい還暦を過ぎてからである。ああ、こういうことが起きていたのだ、と。ところが山口百恵は、この境地に、十代にしてすでに立っていた。もちろん理論としてではなく、感覚としてであったかもしれない。しかし、それにしても、彼女がなし得たことは、もはや「神話的」と言っても過言ではないだろう。
この③【神話ミューズ編】では、①【女優菩薩編】、②【ロック阿修羅編】で辿ってきた二つの極が、対立や分裂としてではなく、螺旋的な統合として立ち上がっていく地点を見ていくことになる。
①②は以下をご覧ください。
そこに立ち現れるのは、もはや歌手も女優も超越した、神話の語り部としての、山口百恵という存在である。
(楽曲タイトルで作詞作曲が表示されていない曲はすべて阿木・宇崎天才コンビによるものです。)
もし、こうしたコンピレーションをスマホで作成する環境がありましたら、ぜひお試しいただきたいと思います。「聴き読み」という新しいリスニングスタイルを愉しめます。
イヤホン推奨
⦿曲順に沿って「聴き読み」すると物語として理解できます。
⦿気になる曲は目次からジャンプできます。
⦿全体は“神話ミューズ編の旅”として読むことができます。
23.夢先案内人
こちらは、1977年4月に、山口百恵の17枚目のシングル盤として発売された楽曲。冒頭から流れるエコーの効いたエレキギターのアルペジオが幻想的な雰囲気を感じさせる楽曲で、全体的に温かで柔らかみのあるサウンドに仕上げられている。
タイトルは ”水先案内人” に倣ったもので、作詞を手掛けた阿木燿子によるオリジナルである。詞の内容は、月夜の夜に愛する二人がゴンドラで水面をすべるように進んでいくという多幸感溢れる夢の中の出来事を描いている。
月夜の海に二人の乗ったゴンドラが
波も立てずに滑ってゆきます
朝の気配が東の空をほんのりと
ワインこぼした色に染めてゆく
そんな そんな夢を見ました
あなたは時々振り向き Wink and kiss
微笑みながら合図に肩をすくめても
ちょっぴり眠い 夜明け前です
まだ朝になりきらない時間帯。
夜の余韻と朝の気配が重なり合う、現実と夢の境界で、少女は彼に導かれる。
それは、夢から覚めきらない朝のマジックアワーを、そのまま音に封じ込めたような一曲である。
三日月模様 空が尖ってゴンドラも
スピード上げて進んでゆきます
朝は半分 ビロード製の幕上げて
水の表面(おもて)を鏡にしてゆく
そんな そんな夢を見ました
あなたは時々振り向き Wink and kiss
ときめく胸にほのかな愛のやさしさが
込み上げてくる 夜明け前です
空が尖るとは、何とも詩的な表現だが、水平線から差し込む朝のひかりが空を切り裂くかのように感じられる様子であろう。そして水面が次第に鏡面と化していき光が乱反射してきらきらと輝き始めたそんな朝の情景をとても詩的に描写したものだろう。
なぜこのフェアリーテールのような詩的世界観の次のシングルで、阿修羅顕現の「イミテイション・ゴールド」が生まれるのだろうか?夢の中の少女は、この直後、現実の舞台で迫真の演技を試されることになる。
実はこのシングルの直後に、阿木・宇崎コンビがすべての楽曲を担当し、かつ、シングル発売曲未収録という、極めて意欲的なコンセプトアルバム『百恵白書』(1977年5月発売)がリリースされるのだ。
これは当時としては考えられない稀有な試みであり、この後、自身の『LAブルー』が続くが、彼女以外の著名なアイドルでは、中森明菜の1988年の『STOCK』までないという。ただ、同アルバムがシングル候補曲だが未発売の“ストック”を集めたものだったことを考慮すると、『百恵白書』(全曲アルバムオリジナル曲)がどれほど異例なことだったかがうかがえる。
すべての曲を企画から担当した阿木燿子が、実際に収録された山口百恵の歌唱力の可能性を改めて見つめ直し、これがさらに大人の世界観を強烈に映す「イミテイション・ゴールド」をもたらしたと考えられるのだ。
掲題曲に戻る。ここで川瀬氏の『プレイバック』での具体的な記述を紹介したい。
「サビ終わりのフレーズ『♪夜明け前です』は甘えたり、色っぽかったりと、4回とも違った歌い方をしている。その中でも、特に注目したいのは、繰り返した最後の「♪夜明け前です」の、秘密を明かすように声を潜めて歌っている部分である。簡単に書いてしまったが、普通は、こんな4回も表現方法を変えて歌うということは、すごく難しいことなのである。しかも、最後の繰り返しの後の『♪夜明け前』ではエンディングということで、心理的に歌い上げたくなってしまうところなのだが、あえて、この部分を声を潜めて歌うというのは、なかなかできることではない。しかも、自然な歌い方で全くいやらしさを感じさせないのである。とても17才の少女ができる技ではなく、実に天才的なことなのである。(川瀬泰雄著:『プレイバック』)」
川瀬氏が書き留めている事実は、彼女の螺旋状の成長を象徴する証拠であり、そのまま読み飛ばしてはいけない貴重な情報だと思う。
このシングル盤までに、彼女の主演映画は、『伊豆の踊子』・『潮騒』・『絶唱』・『エデンの海』・『風立ちぬ』・『春琴抄』を公開し、赤いシリーズのドラマでは、『赤い迷路』・『赤い疑惑』・『赤い運命』・『赤い衝撃』の撮影を経験している。主演映画作品を六作品、連続ドラマシリーズを四作品、それぞれ経験してきているのである。
つまりディレクター川瀬氏の驚きは、彼女の反復鍛錬の軌跡が歌唱表現に現れているという証拠を物語るものと考えていいだろう。
あなたは時々振り向き Wink and kiss
ときめく胸にほのかな愛のやさしさが
込み上げてくる 夜明け前です
あなたは時々振り向き Wink and kiss
見つめる二人 生きてることの喜びに
言葉を失くす 夜明け前です
言葉を失くす 夜明け前です
レコーディングディレクターをして「天才」と言わしめる彼女の多様な演技歌唱をぜひ耳で感じ取ってみていただきたい。
24.乙女座 宮(わたし)
この曲は1978年2月発売の21枚目のシングルである。
「この曲を阿木さん・宇崎氏から受け取った時は、前の年にリリースした「夢前案内人」で広がった、百恵の温かさや幸せのイメージの第2弾というような曲だという印象を受けた。(川瀬泰雄著『プレイバック』)」
ほぼ一年後のこの曲が起点となり、「夢前案内人」→『百恵白書(アルバム)』→「イミテイション・ゴールド」と進化していく過程が、再び、「乙女座 宮」→『COSMOS(アルバム)』→「プレイバックPart2」へとステージアップするループが再現されたものと考えられる。
そして、この『COSMOS(アルバム)』にこそ、実は重要な非連続ポイントがある。同アルバムには、この「乙女座 宮」とともに「銀色のジプシー」という超重要曲が収録される。山口百恵のもう一つのクリエイター人格である「横須賀恵」の最初の作詞曲である。(作曲は、浜田省吾)
私 ついていくわ(ほんと)
とうに決めているの(どこへ)
今から旅に出ようと
あなたがもしも誘ってくれたら
軽くまぶた閉じて(すてき)
そっと うなずくのよ(そして)
星座の地図を頼りに二人で
幸福(しあわせ)を探しにゆくの
さぁ 流星に乗って 銀河大陸横断鉄道
そう 夜空にきらめく星の 星の世界ね
ペガサス経由で 牡牛座廻り 蟹座と戯れ
今は獅子座のあなたと一緒に
この曲は、冒頭からきちんと「わたし」と発音する典型的「わたし」曲である。
この曲にはもうひとつ川瀬氏の重要な証言があるので紹介しておきたい。
「サビに入っているコーラス『♪チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、』のアイディアは、ビートルズの名曲「ガール」からヒントをもらっているのである。「ガール」のようなコーラスにしたいということをアレンジャーの萩田氏に伝え、コーラスの和音などを考えてもらった。(中略)彼は、アレンジで悩んだとき、僕の仕事だとロック的な方向へエレキを使ったアレンジにすれば問題ないと思っていた、という。(中略)それだけに、ギターの間奏の時は、アレンジをぼくの自由にさせてくれた。それがだんだんコーラスのアレンジも及んできた。そして、その結果がビートルズである。(川瀬泰雄著:『プレイバック』)」
つまりディレクターの川瀬氏自身により、すでにビートルズ流のアレンジが意識されつつサウンドが制作されていたのである。この後の山口百恵のディスコグラフィー自体を「プレイバック Part2」→「絶体絶命」→「愛の嵐」→「ロックンロールウィドウ」へと、ロックシンガーとしての系譜に大きく舵を切っていく道筋がこのころ既にできていたのだ。
私 すぐに行くわ(ほんき)
いいえ 悔やまないわ(だれと)
信じる事が愛だと教えてくれた
優しいあなたと
ウェディングドレスを着て(しろい)
バラの花をかかえ(まるで)
少女漫画の恋人同士ね
二人の目に星が光る
さぁ 流星に乗って 銀河大陸横断鉄道
そう この世に散らばる星の 星の中から
さらにこの時期の山口百恵は、単にディスコグラフィー上で転換期に立っていただけではなかった。
彼女の内面そのものが、まさに“分岐”を迎えていた時期でもあった。
山羊座に恋して 蠍座ふって 魚座に初恋
今は獅子座のあなたに夢中よ
「乙女座 宮」では、青く広がる宇宙で、きらきらとまたたく星のイメージが次から次へときらびやかに描写される。彼女はこのイメージを、幸せいっぱいの少女として実にみごとに歌い演じていた。
しかし、自伝『蒼い時』でも語られているように、山口百恵は、外側ではプロとして揺るぎない歌手を完璧に演じながら、その仮面の内側では、まだ言葉にならない葛藤と孤独を抱えていたように見える。
その封じ込められていた心情が、初めて「言葉」として外へ出た瞬間こそが、「銀色のジプシー」の作詞だったのである。
そしてこの機会が「歌手」から「ソングライター」への決定的な進化を促すことになる。
これまでは、
デモが来る → 覚える → 解釈する → 歌う
という “外部入力 → 表現出力” のプロセスを必ず経ていた。
だから「歌い始めるのはデモが届いてから」だったはずだ。
ところが山口百恵はこのとき、外部から与えられるのを待たずに、自分の内部で、歌そのものを芽吹かせていたのだ。
「銀色のジプシー」は、浜田省吾の曲を聴いて自分の詞(ことば)を重ねて生まれた曲である。つまり、デモで聴くのではなく、“彼女の内部で歌われた”最初の「ソングライターとしての歌」だったのである。
山口百恵が「横須賀恵」として生み出し、書いた瞬間から、すでに彼女自身の内部で歌われ始めていた歌――それが「銀色のジプシー」だった。
「乙女座 宮」はシングル曲として、数か月にわたり、日に何度も歌われ続けていた。一方で「銀色のジプシー」は、浜田省吾の曲を何度も聴き返しながら、湧き上がる言葉をひとつずつ組み立てるという、極めて私的な反復作業の中で生まれていた。
重要なのは、この二つの異なる性質の歌が、同じ時期に、彼女の内部で並行して反復されていたという事実である。
だからこそ、この二曲は、他のアルバム曲とは決定的に異なる位置を占めている。
つまり当時の山口百恵は、
表では「乙女座 宮」を幸福な〈わたし〉として演じ歌いながら、
その裏側では、自分自身の言葉で〈あたし〉を歌っていたのである。
この二つの歌が同一アルバムの中で同時に息づくという事実こそ、
『COSMOS』が単なる作品進化の過程ではなく、
山口百恵という存在そのものの断層点だったことを雄弁に物語っている。
さて、「乙女座 宮」の歌詞解説をスキップしたのには理由がある。「銀色のジプシー」は本コンピレーションには含まれていないが、その歌詞の一節を取り上げて比較してみたかったからだ。
「銀色のジプシー」(あたし) 作詞 横須賀恵 作曲 浜田省吾
こわれかけた 銀色の道しるべ mu…
夢だけを 見続けてる
長い旅は 続く
青く白くきらめいてる 星くずは mu…
淋しくて こぼれ落ちた
涙のしずくなのに
藍より深い静かな
暗闇に
ひとすじの灯(ともしび)を
探しあぐね たどりついて
また何も無くて
何処まで 行くのよ 私(あたし)ひとり これ以上
優しい人など 何処にも居ないのに
道の無い道を
銀色のジプシー
こちらは典型的「あたし」曲だ。そしてこの両曲の歌詞を対比してみていただきたい。
アルバム『COSMOS』のB面3曲めでは、山口百恵は「わたし」として、ルンルン気分で彼と二人の銀河鉄道旅行を楽しんでいる幸せなアバンチュール少女を演じているが、そのいっぽうで同じアルバムのA面5曲目では、横須賀恵が「あたし」として、星くずがこぼれ落ち涙になる果てしない荒野で、優しい人などどこにもいないと嘆きながら、銀の道しるべの旅路をひとりあてもなく彷徨う女を演じていたのである。
表の「わたし」は、愛する彼と未来へ向かう少女。
裏の「あたし」は、ひとりで現在を引きずる女。
この二人は、同じ宇宙(そら)を見ていない。
このころは、彼女自身が彷徨える時代だったのではないかと思えてならない。
この二曲の歌を歌唱していた時期の山口百恵は、少女が大人に脱皮する境界時期の揺れ動く繊細な心理状態の中、内側では深遠な矛盾を抱えながらも、表面では、年齢をはるかに超越した表現技術をすでに身に着けていた。
こうしたことから、この時期の山口百恵を、未成熟なミューズとして、さらに昇華していく経過をたどる二段階変態の中間の姿であったと位置付けたいと思うのだ。
25.ミス・ディオール(わたし)
この曲は、上記で紹介した『百恵白書』に収録された。すでに述べた通り、同アルバムは、極めて異例な作品だが、中でもこの曲はその異例さで目を引く。
ミス・ディオールとは、フランスの高級ブランド「Dior(ディオール)」が1947年に発表した、ブランド初の歴史あるフレグランス(香水)の名称で、「愛のように香る」ことを目指したという。「真っ赤なポルシェ」もそうだが、阿木燿子は、歌詞にいきなり高級ブランドを放り込んで、周囲を黙らせる手法を、時折、とる。異例というのは、嗅覚の描写、それもメタモルフォーゼの匂いを想起させる点だ。
ミス・ディオール 香水を変えました
ミス・ディオール あなたにわかるかしら
ミス・ディオール 髪の毛に忍ばせて
ミス・ディオール 肌にもほんの少し
春の宵
何処からか知らず漂う
花の香り その香り
夕暮れに白く 私に薄紅(うすくれない)
ミス・ディオール 今宵は眠れそうにない
当時、山口百恵がつけ始めた香水をモチーフに阿木燿子が書いた詞だという。
編曲は、ピアノとアコーディオンとストリングスだけの極めてシンプルなもの。シンプルだが底知れぬほど奥深い世界へといざなう。
その魅力の源は、「夜へ…」や「悲願花」を想起させるサウンドと歌唱の一体感であり、同時に静かだが音色の輪郭が際立つ存在感である。
そしてもちろん、これらの曲同様に、サウンドがシンプルであるほど、歌い手の表現力が試される。しかしもちろん、彼女の歌唱は、この難題をもののみごとに超越して見せた。
このことについても川瀬氏の印象を引用させていただこう。
「百恵は、歌詞の内容の心理描写に合わせて、実に微妙な強弱をつけ、これまた微妙にタイミングを前後させて歌い、感情を表現している。実は、この曲の百恵の歌で重要な点をいうと、歌そのもののテクニックよりも、女性の内面をいかに表現するかという、歌手としてのまさに大命題を、何と弱冠18才にして、自分のものにしてしまったところがすごいのである。(川瀬泰雄著:『プレイバック』)」
26.美・サイレント(あたし→わたし)
1979年3月発売の25枚目のシングル曲である。山口百恵は1959年1月17日生まれだから、満20歳になって初めてリリースされたシングル盤でもある。
そして、わたしはこの曲が、彼女の神話の頂点ともいうべき傑作曲であると考えている。
「サイレント(沈黙)」をテーマに、この歌は、歌詞の一部が××××となっていて言葉そのものが奪われている。この歌詞を見せられた時、山口百恵はどのように思っただろうか。
実際の歌唱では、彼女はこの伏せ字部分でマイクを離し、口パクで何かを言っているというパフォーマンスを行った。これが大きな話題となり、何を言っているのか知りたいファンの声に答えるため、「ザ・ベストテン」という流行歌のランキング番組では字幕スーパーで伏せ字部分の歌詞を見せるという演出が行われた。(百恵自身が過去の歌唱機会で、口パクであてはめた言葉を表示したらしい。本来歌詞は存在しない)
しかし、この楽曲の魅力は実はそこではなく、山口百恵の「美」を最大限に引き出すべく、立ち姿の美しさがこの上なく映える衣装と、楽曲の世界観と共にトータル性をもって完成された振り付けにあったと、わたしは考えている。
冒頭、オートクチュールのような真っ白なタイトスーツに身を包み、正面を向いてすっと立った状態から、顔を隠すようにマイクを両手で持ち、向かって左にゆっくりと向きを変えながら右手でマイクをらせん状にささえ上げつつ、左手でそっと耳を隠す。
このときの山口百恵は、本当に息をのむほどに美しい。しかし、表情はない。女優菩薩の優しさも、ロック阿修羅の迫力も、ない。
ほぼ無表情なのだ。
そして、イントロダクションは、とても洗練された音色のスパニッシュ系クラシックギターが鮮やかにつま弾かれるサウンドである。
これまでの彼女の歌にはなかった、軽やかでありつつ研ぎ澄まされたサウンドで、静かに立ち上がる美しさを演出している。
季節が変わるたびごと 花を抱いて
娘たちは着飾って 街に出るわ
それを目で追うあなたは
私(あたし)のことなど忘れて
横顔の向こうで誘っているのよ
fum- 胸騒ぎ
Be silent be silent be silent be silent
語るように歌う歌詞の描写は、季節を追って若い女性がファッションを変え、花を身に着けて街に出るというもの。華やぐ娘たちの描写が妙にリアルだ。
季節ごとに、街に出る、娘たち、着飾る。こうした言葉は、それをずっと同じ場所から見ている存在を感じさせてしまう。
そして、女性たちに目を奪われて(あなた)が「私」のことを忘れているという。
彼女の、剥き出しではないもののうっすらとした嫉妬心の芽。
一人称は、「あたし」である。つまりここでは、「嫉妬のあたしの法則」が生きている。
そして彼女は、まるで美しさを閉じ込めた人形のようにほとんど無表情のまま、左手だけが、何かを訴えるかのようにすっすっと動く。
あなたの○○○○が欲しいのです
燃えてる××××が好きだから
女の私(わたし)に ここまで言わせて
焦らすのは 焦らすのは
楽しいですか
言葉のない意味深な歌詞の部分、彼女の目は虚空を見つめ、声にならない言葉を発しながら、身をよじらせるようにして踊る。
「燃えてる」何かが好き、とは、血が通うぬくもりを求めているということか。
女の私にここまで言わせて、と言っているが、実は何も言葉になっていない。
このとき、一人称は「わたし」である。演じている。
間奏の部分、彼女は、両手を下に拡げるようにして直立し、身体の軸を中心にしてゆっくりと回転する。この動作は美しい。しかし躍動感はない。次に続く歌詞、つまりショウウィンドウのマネキン人形の予告動作だと思われる。
流行りのドレス着ているマネキン人形
動かない大きな目が泣いてるみたい
ショウウィンドウを鏡に
あなたはいつでも気取って
自分の姿だけ見つめているのよ
fum- 悲しいわ
Be silent be silent be silent be silent
歌詞にある「マネキンの大きな目が泣いている」という部分は主人公の気持ちを人形に投影したものであろう。スタジオパフォーマンスでは、彼女の眼が潤んでいるように見える。「あなた」がショーウィンドウを鏡に、自らの容姿を確認しているその向こうに立つマネキン人形になりきっている。
改めて整理してみてふと気づく。普通に聞けば恋人の歌だが、構造的に読むと“見られる存在=無機物”でも意味が通ることに。そしてずっと同じ場所から見ている存在。
「わたし」は人形なのだ。
何かを言いたい。しかし人形に言葉はない。だから身をよじらせるように何かを訴えているのだろう。
あなたの○○○○が欲しいのです
生きてる××××が見たいから
今度は、明らかに「生きてる」何かを求めている。
いつでも私(わたし)に 言うだけ言わせて
知らん顔 知らん顔
どうしてですか
いつでもわたしに言うだけ言わせて、という歌詞も意味は反転している。実は何も言っていない。言葉になっていないのだ。
けれども、彼女の全身からあふれ出す「生命(いのち)」への想いは、もはや言葉を要しない意識のオーラとなって波のように押し寄せてくる。
ここまで歌詞を追ってくると、もう一つ別の可能性も想像してしまう。「魂が宿る人形」というテーマは普遍的な物語のモチーフだ。
「あなた」を愛してしまった「わたし」は、もしかしたらショウウィンドウのマネキン人形そのものではないか。「あなた」は、ここを通るたびにショウウィンドウに自分の姿を映す。マネキンはその「あなた」に恋をしてしまった…。
大胆な仮説だと思われるかもしれない──しかし歌詞の内容や山口百恵の衣装、振り付け、しぐさ、歌唱、演技、そして一人称から、矛盾なく導かれる答えの一つとして成り立ってしまう。※
「美と沈黙」、「静と動」、「声にならない言葉」。
ほぼ無表情のまま、しかし潤む目だけで何かを訴える彼女の姿、美しい立ち居振る舞いには、ただただ唖然とするばかりである。
タイトルのごとく、この楽曲は山口百恵の美の頂点を極めたといっていい。演技や歌唱を超越し、そういう存在としてそこに「在る」。
曲の最後、右手で立てたマイクを、左手をかぶせるようにして上から押さえる。もはやマイクすら不要という最終所作。そして彼女は再び横を向き、左手でそっと耳を隠す。
再び、無表情のまま、人形の「沈黙」に戻るのである。
※念のために川瀬氏のディレクター回想記を確認すると以下の通りだった。
「『美・サイレント』は、酒井氏の「口パクで、歌わない歌を作りましょう」の一言でスタートした作品である。金塚さんと二人で、どういう風に“歌わせないか”を必死に考え、阿木さんに依頼したのだった。(川瀬泰雄著:『プレイバック』)」
このテーマに天才・阿木燿子が提示した答えがこの作品だったのだ。
「マネキンに魂が宿り、恋をする」というモチーフが、ハリウッドのメジャー娯楽映画として作品化するのは、1987年公開の映画『マネキン』である。
ショーウィンドウ、静止した美、生命への希求──映画の中心構図は、『美・サイレント』が孕む可能性と、驚くほど重なり合う。
つまり──
1979年の段階で、阿木燿子はすでに
「静止した美(沈黙)」
そして
「恋するマネキン(魂の覚醒)」
というテーマを提示していた。
日本の歌謡曲という枠組みの中に、この先鋭的な主題が埋め込まれていたこと自体、もはや驚異と呼ぶほかない。
しかし現実には、「歌わない歌」というアイデアの強度があまりにも強すぎたのだろう。
放送演出の珍しさ、伏せ字部分の口パク、字幕の有無といったセンセーショナルな話題性が前面に出てしまい、本来最も革新的であった“物語テーマ”は、いつの間にか沈黙の内側へ閉じ込められてしまった。
まるで──歌詞のマネキン人形が、気づかれぬまま忘れられていったかのように。
制作意図の出発点は確かに「歌わせない歌」という挑戦だった。しかし、そこからさらに先へ進み、“魂を持ってしまった人形の悲哀”という物語へと昇華させたのは、阿木燿子という詩人の思考の深度だった可能性がある。そしてそれを、振付師と山口百恵自身が、完璧な歌唱と演技によって結晶化させた──そこに、百恵作品世界の恐るべき高度さが垣間見える。
そして、この「人形であること」の切実さは、決して作品の外側に無関係なテーマではない。
山口百恵自身は、自著『蒼い時』の中でこう記している。
「もちろん歌うことが好きで、自分で望んで飛び込んだ世界であることに間違いはないのだが、自分の意志とは関係なく、歌うことを職業化され、たった一曲の歌を一日に何度も、それを二カ月も三カ月も繰り返さなければならないという状態が多くなるにつれて、私は歌うことを拒否するようになっていた。
歌手は人形と同じだという周りの人たちの言葉にいつの間にかうなずき、自分がそうであることが嫌だった。」
歌詞は必ずしも本人の直接的心情告白ではない。にもかかわらず──ここには、すでに「沈黙する人形」の痛切な現実がある。
そして、このテーマは、最後にもう一度、明確な言語として回収されることになる。ここには含めていないが、ラストアルバム『This is my trial』に収録された阿木・宇崎楽曲である。
「あやつり人形館」(あたし)
『美・サイレント』が、華やいだ街のショーウィンドウという舞台の上で「沈黙する人形」を描いたとすれば、『あやつり人形館』は、その反転として──廃墟のように忘れ去られた「無音の時間」の中に「取り残された人形」を描く。
あー あなた早く帰ってきて
あー そして私を動かして
あやつり人形の無念さは
あなたに愛の言葉を伝えられない
私の月日は季節もなく時間もなく
忘れ去られた あやつり人形館
ここでは、もはや伏せ字はない。
言葉にならなかった思いが、そのままの姿で歌詞へと示現する。
『美・サイレント』で誰にも気づかれなかった“魂の声”が、ついに言葉を得るのだ。けれどもここには華やいだ街も季節も時間もない。
そして「あなた」も。
この二曲は、単に異なる時期の作品ではない。
沈黙の人形と、忘れられた人形館──
両者は一本の見えざる線で深く結ばれ、山口百恵という存在の、一度きりの軌跡の内側で反響している。
ちなみに「あやつり人形館」は、「あたし曲」である。
なぜかはもはや語るべきではないかもしれない。
27.しなやかに歌って(わたし)
1979年9月発売27枚目のシングル盤。この曲の発売は、いわゆる「恋人宣言」より少し前だが、川瀬氏によれば、このころすでに三浦友和との交際を知らされていたという。また、以下の証言もある。
「この時期、スタッフの中でも酒井氏が一番シングルに対してのこだわりが強かった。酒井氏が悩みぬいた結果、「しなやか」という言葉が今の百恵には大事なのだと、酒井氏独特の勘とこだわりで考え付いた。」(川瀬泰雄著『プレイバック』)
この曲は、従来、その歌詞が伝えようとする意図が読み取りにくく、弾むような陽気な曲調に対してどこか不安で寂しげな歌詞が添えられた印象であり、その不協和音によるものか販売枚数は27万枚と、山口百恵のシングル曲としては売れ行きも今一つだった。
しかしその歌詞が意味する内容には、リリースされた時期を考慮すると、ある解釈が成り立ち、ああそういうことか、という思いを新たにすることができる。
オープニングのサビは、レコードではコーラスのみで山口百恵のボーカルはないが、スタジオでは本人も歌唱していた。
なおこの曲には、一か所だけ「私」が出てくる。そして彼女は「わたし」を演じている。
しなやかに歌って 淋しい時は
しなやかに歌って この歌を
「しなやか」とは、人の姿態やしぐさ、立ち居振る舞いが、たおやかで優美な様子。また、落ち着いて、しとやかである様子を伝える言葉だ。この時期の山口百恵は、菩薩と阿修羅を、歌と芝居を、何度も往還する鍛錬を続けるうちに、優美でいながらあたりの空気をいい意味で支配するオーラを漂わせ、独特の落ち着いた存在感を醸し出していった。まさに「しなやか」な佇まいを身にまとっていたと言えるだろう。
坂の上から見た街は陽炎(かげろう)
足につけたローラー
地面をけって滑ってく
歌詞の昼間の描写は、躍動感そのもの。あくまでも明るく元気な姿を装っている。
しかし、夜になるとなぜか真逆の寂しい情景が具体的な映像として語られる。
夜は33の回転扉(とびら)
開ければそこには愛が溢れているのに
レコードが廻るだけ あなたはもういない
(中略)
澄んだ青い空の彼方を目指し
栗毛色のポニー
手綱を引けば走ってく
第二節も構造は共通している。昼間の描写はポジティブな躍動感そのもの。
夜は33のページを開き
昨日の続きの本を読んでいるのに
お話は終りなの あなたはもういない
この歌の歌詞では33という回転扉の数字に注目した解釈が多く、LPレコード盤の1分当たり回転数33と1/3にちなんだものというものであり、もちろんその通りなのだが、「レコードが廻るだけ あなたはもういない」とは何を意味するのか、「昨日の続きの本を読んでいるのにお話は終りなの あなたはもういない」とは何を意味するのか、あなたとは誰なのか。この辺りがさらに別の謎になっているのだ。
そしてこの謎は、恋人宣言前後から結婚・引退記者会見に向けて周囲の了解を得るべく、説明行脚を始めた山口百恵に対する周囲のスタッフの気持ちが歌に織り込まれていると考えると謎はスッと解けるのだ。
つまり「レコード」は歌手としての活動の象徴であり、「昨日の続きの本のお話」とは、ドラマや映画における女優としての活動の象徴である。
それが、ともに「あなたはもういない」(引退してしまう)という解釈ができるのだ。(レコードを聴くことはできても、歌う姿を見ることはもうできない。ドラマの続きや映画の次回作での彼女の演技も、もう見ることはできない)
すでに未来が見えてしまっている人たち
しかし公には語れない人たち
それでも作品を作らなければならない人たち
その“抑制された感情”が、この曲の明るさと、そこはかとない寂しさの同居性を醸し出していたのだ。
静かに時は流れてゆくの
夜はいつでも朝に続くはず
「夜はいつでも朝に続くはず」もしかしたらその先にあるかもしれない未来についての淡い期待を込めているのかもしれない。
サブタイトルとして添えてある「ー80年代に向かってー」についても、プロデューサーやスタッフたちが、山口百恵とともに歩いてきた日々が、80年代においてもこれまで同様に続いていくことを願う心情が読み取れるのではないだろうか。
28.謝肉祭
1980年3月にリリースされた山口百恵の29枚目のシングル曲である。
この曲で真っ先に提示したい概念は「ジプシー」だ。
阿木燿子は、自ら作詞を行うことになった横須賀恵(山口百恵)の創作世界に注目していたはずで、「阿木の言葉が自分の言葉になる」という彼女がソングライターとして自ら創作した世界が阿木の詩の世界に逆照射されたのがこの「謝肉祭」だと考えている。
自分が詩を書いている歌手は、もはやあの17歳の少し早熟な少女だった「百恵ちゃん」ではない。
歌手が詩人を刺激し、詩人がさらに高次元の詩で応答するという稀有な創作循環がここで初めて実現したのだろう。
横須賀恵は、自らの作品「銀色のジプシー」で、その世界観の中に自己投影した。これは恐らく阿木にとって、いい意味で強烈な刺激になったはずだ。
いわば、横須賀恵の”魂が産んだジプシー”を、阿木燿子が”彼女を主役に完成させたジプシー”を提示して応えた格好だ。
「銀色のジプシー」が収録された『COSMOS』以降の山口百恵のアルバムに阿木・宇崎が提供する楽曲は、明らかにステージが変わった印象を受ける。
自分と同じクリエイター目線に立つソングライターとして彼女を再認識し、同時に、想像が追いつく前にすでにその先に到達してしまうシンガーを目の当たりにしたことで、阿木はその世界観を、さらなる高みを目指す楽曲群の創作へと進化させていくようになる。端的に言えば、「百恵ちゃんのために」曲を書くという姿勢が、「恵(けい)とともに」新たな世界観を創作するという姿勢への変化である。この変化から生まれてきた楽曲が、第二コンピレーション『輪廻』において紹介させていただいた作品群である。
愛して 愛して 祭りが始まる
愛して 愛して 夜が始まる
のけぞる背中に 喝采の渦
男の視線が突き刺さる
あなたに放った 真赤な薔薇は
今夜の気持ちと 受け取って
炎の中 焼べた叫び 天を焦がすわ
愛して 愛して 祭りは短い
愛して 愛して 夜も短い
未来を積み上げるのではなく、一瞬の恋の炎に人生そのものを投影しすべてを燃焼し尽くすという生き方。生き生きと喜びを謳歌できる時間は限られている。ならばその限られた現在の時間に、精一杯の愛の炎を燃やす。こうした刹那主義的な生き方を象徴的に語っているのだろう。
だから踊る。
ここでの山口百恵は、さながら愛と情念の化身。嫉妬という感情もすべて燃焼し尽くしたのか、一心不乱に踊るジプシーを演じている。
この歌に主語はない。無人称曲である。
この立ち姿も美しく、真っ白のタイトスーツを身に着けてクールに立ち回った「美・サイレント」とは対極で、真っ赤な衣装を身に着けて情念を抑制しつつ無心に踊り、「謝肉祭」の在り方を際立たせていた。
人よりたくさん良い目に遭って
人よりたくさん悲しんだ
ジプシー ジプシー 踊り疲れたらどうなるの
ジプシー ジプシー 風の花で舞うだけね
そして「ジプシー」である。横須賀恵は、初めての作詞作品で、ジプシーの「旅と表現の生き方」に自身を重ねて象徴的に歌ったが、阿木燿子は、ここで、もっと鮮烈で情熱的に踊るジプシーの生きざまをありありと提示したのだろう。それは、すでに引退が決まっている山口百恵に対して歌手として最後の炎を燃やし尽くすまで、観客の視線と喝采を浴び、歌い、踊り続けることを求めるかのように。
29.さよならの向こう側(あたし)
1980年8月にリリースされた山口百恵の31枚目となる、事実上のラストシングル曲である。(32枚目のシングル「一恵」は、芸能活動引退後に発売された。)
この曲だけは、歌い上げるスロー・バラッド曲であるにもかかわらず、一人称は一貫して「あたし」である。つまりこの歌は演技ではなく、素のご本人のまま感謝とお別れの気持ちを表現しているのだということが伝わってくる。
この楽曲の解説では歌詞の順序をあえて転倒させることをご了承いただきたい。なぜかは、読み進めるうちにおわかりいただけるものと思う。
眠れないほどに思い惑う日々
熱い言葉で支えてくれたのは
あなたでした
時として一人 挫(くじ)けそうになる
心に夢を与えてくれたのもあなたでした
Last song for you, Last song for you
涙をかくし お別れです
Last song for you, Last song for you
いつものように さり気なく
あなたの呼びかけ
あなたの喝采
あなたの優しさ
あなたのすべてを
きっと私 忘れません
うしろ姿 見ないでゆきます
この後半の歌詞では、彼女が、感謝と別れを誰に告げているかは明白だ。もちろんこれまで彼女の芸能生活を支えてきてくれたファンに向けたメッセージである。
次の歌が売れなかったらどうなるのだろう?次のドラマの視聴率が、映画の興行収入がもし振るわなかったら、と。もちろん作品の責任がすべて歌い手や主演俳優にあるわけではない。しかし、歌い手や主演という作品の看板になるご本人のプレッシャーたるや、わたしたち一般人には想像を絶するものがあるだろう。
眠れないほどに思い惑う日々。この悩ましい不安な状態を、いつだって消し去ってくれ、次に進む勇気をくれたのはファンの応援であり、手紙であり、声援であり、笑顔であり、拍手喝采だった。
ではいったい、前半は誰に向けた感謝と別れの言葉なのだろう。
この謎は、そもそも謎と認識されてきたかどうかも含め、今まで曖昧にされてきたのではないだろうか。山口百恵の、恐らく最も多くの人々に愛され、歌い手が引退したにもかかわらず、様々な歌手がカバーで歌い、トリビュートで歌い継いでいる歌。そして45年以上も経た今なお、彼女のベストソングであり続けている名曲にもかかわらず、この点はあやふやなままなのである。
今回、この曖昧にされてきた謎を丁寧に解き明かしてみたい。ようやく本題である、前半の歌詞の読み解きに進めよう。
何億光年 輝く星にも
寿命があると教えてくれたのは
あなたでした
季節ごとに咲く一輪の花に
無限の命
知らせてくれたのも
あなたでした
Last song for you, Last song for you
約束なしのお別れです
Last song for you, Last song for you
今度はいつといえません
あなたの燃える手
あなたの口づけ
あなたのぬくもり
あなたのすべてを
きっと私 忘れません
うしろ姿 見ないで下さい
ここで感謝と別れを告げている相手は、
情報を整理していくと、
広大な宇宙の寿命から、道端の草花の永遠性まで、教えてくれた。
手を取り、抱きしめ、キスをしてくれた
温かい気持ちにさせてくれた
──この条件だけを見ると、
「恋人」「夫」「人生の伴侶」が浮かぶ。ここで多くの人は、この先に夫となる三浦友和に意識が向いてしまう。
しかし、それは時間軸を見誤っている。
阿木燿子は、ここで「これから人生をともにする相手」を語ってはいない。さよならの別れを告げる相手を語っているのである。改めてタイトルをかみしめてみる。
「さよならの向こう側」。
「向こう側」という言葉は、同時に「こちら側」の存在を意識させる。そして、歌い手の意識はすでにこちら側にある。心は決めている。ということは、向こう側に残したまま、別れを告げる存在がある、その境界に「さよなら」があるという理解になるだろう。
つまりこの歌は、誰と未来を共にするか(結婚するか)、ではなく、誰と別れなければならないかを描いている。
この反転こそが、阿木燿子の作詞世界の真骨頂なのだ。
そう、山口百恵が芸能生活を引退することで、別れなければならない相手とは…。
ファン以外に重要な相手を忘れてはいないか。いや、忘れているわけではない、視界に入らない存在だから見えていないのだ。
何故見えないのか。それは、ひとり一人は名前もある具体的な相手であるにもかかわらず、架空の、象徴的な存在だからだ。
ここまで情報の解像度を上げれば伝わったのではないだろうか。
それは…歌の中で出会った恋人たち。ドラマや映画の世界で愛し、愛された相手役の登場人物の男性たちの〈総体〉なのだ。
重要なので、強調する。抽象ではない、概念でもない、実在の一人の男性でもない。
「役として存在した、無数の〈あなた〉」なのだ。
だから、宇宙の話もできる。草花の話もできる。抱擁もキスも成立する。
なぜならそれらはすべて、歌や芝居の中で、実際に彼女が体験してきたことなのだ。
だから、裏返せば彼女の芸能人生そのものと読み替えることもできる。
しかし阿木燿子は、「人物」を「役割」ではなく「関係性の束」として描くという離れ業をやってのけた。
それが“阿木マジック”の正体なのだ。
これが、唯一、山口百恵が引退するにあたり、ファンと対をなす、別れを告げるべき相手なのだ。
「ファン」も、改めて考えれば、一人ひとり名前も顔もある。しかし別れを告げるのは「ファン」という総体だ。これに対応するのが、ひとり一人名前も顔もある、相手役としての総体の〈あなた〉ということになる。
もちろん山口百恵はそのことを十分理解し、素のご自身の「あたし」の気持ちで別れを告げているのだ。
ファンに向けては、
涙をかくし お別れです
いつものように さり気なく
これまであたしの歌や芝居を応援し続けてくれてありがとう。さようなら。
〈無数のあなた〉に向けては、
約束なしのお別れです
今度はいつといえません
これまであたしの歌や芝居をともに支え続けてくれてありがとう。さようなら。
Last songをさよならのかわりに置いて行きます。
Thank you for your kindness
Thank you for your tenderness
Thank you for your smile
Thank you for your love
Thank you for your everything
さよならのかわりに
さよならのかわりに
30.This is my trial 作詞・作曲 谷村新司(わたしでもあり、あたしでもある)
このコンピレーションの最後の曲である。今回の楽曲解説の旅では、山口百恵の一人称に徹底的にこだわり、その意味するところを探求してきた。
この曲は、山口百恵自身はラストコンサートのオープニング曲に選んだ。自身の引退への意思を示す曲だから、最初に歌うべきと考えたのだろう。しかし、このコンピレーションでは最後にアンコールのような形で置かせていただいた。それは一人称探求の旅の終着点に相応しいと考えたからである。
その理由は、この先をお読みいただければ、おわかりいただけるのではないだろうか。
ロック調のバラッドで、一人称は「あたし」にも「わたし」にもなる。コンピレーションのために聴き直した当初は、演じるのか素でいくかを意識せず、気持ちのままに歌っているのだと解釈していた。これまでのきちんとした歌い分けを踏まえるとこの歌の一人称の「揺れ」に説明がつかなかったからだ。
つまりこの歌は、演技でもあり、同時に素でもあるということなのだろう、と。
そういう意味でも【神話ミューズ編】のラスト・ソングに相応しいと考えたのだ。
けれどもわたしは、改めて聴き直してみて、それまでの考えを変えることにした。
以下の三つのブロックを丁寧に聴くと、一つひとつに込められている思いが違う。
最初のブロックは、静かな決意を、
二つ目のブロックは、晴れやかな表情を、
三つ目のブロックは、未来への強い意志を感じさせる歌い方なのだ。
そしてそれぞれの一人称は…。
微妙なニュアンスの違いなので、以下の歌詞の引用に従って、「わたし」なのか「あたし」なのか彼女の一人称を、ぜひ、耳を澄まして丁寧に聴きとってみていただけるだろうか。
This is my trial 濡れた歩道を
It’s lonesome trial ただひたすらに
ひきかえせない ふりむきもしない
そう私①は今まぎれもなく
自分で歩きはじめる
This is my trial 私②のゴールは
数え切れない人達の胸じゃない
私①は、遠慮がちだが「わたし」と言っている。
私②は、微妙だが、どちらかといえば「わたし」に聞こえる。
This is my trial 仮面を捨てて
It’s lonesome trial 素顔で雨に向えば
ほほを伝わる あつい涙よ
そう私③は今まぎれもなく
自分で歩きはじめる
This is my trial 私④のゴールは
数え切れない人達の胸じゃない
私③④は、「あたし」と言っている。
This is my trial 濡れた歩道を
It’s lonesome trial ただひたすらに
ひきかえせない ふりむきもしない
そう私⑤は今まぎれもなく
歩き歩きはじめる
This is my trial 私⑥のゴールは
数え切れない人達の胸じゃない
This is my trial 私⑦のゴールは
数え切れない人達の胸じゃない
私⑤~⑦は、いずれも、はっきり「わたし」と言っている。
いかがだろうか。実は真ん中のブロックだけ、かなり明瞭に「あたし」と発音しているのである。なぜだろうか。そして、仮に潜在意識下だったとしても、彼女の真意が一人称の発音に現れているのではないかと、わたしは感じた。
そう。実は、真ん中のブロックで、「私」は「仮面を捨てて」いるのである。「素顔」で雨に向かい、号泣しているのだ。
このことに改めて気づいたとき、わたしは背筋に戦慄が走った。
意識的かどうかはわからないが、仮面を捨てて素顔になったとき、本来の一人称の「あたし」が自然と立ち現れたのではないかと。
ちなみにLive Ver.(ラストコンサート)ではどうなっているか。
こちらも聴いてみていただきたい。こちらは、明確にすべて「あたし」である。
つまり、ラストコンサートのこの歌では、すべて演技ではなく素の彼女として歌っていることがお分かりいただけるのではないだろうか。
山口百恵とは──
歌詞に置かれた一人称を媒介として、演じる自己の〈意識の深度〉を無意識のうちに調律し、その内奥から生起する倍音の魅力を、主観そのものの多層化──すなわち「倍観」の表現力として結晶させた、唯一無二の表現者であった。
【結語】
この曲にて、全30曲に及んだ山口百恵の楽曲解説の旅を終える。
この旅の動機は、彼女が歌詞の中で用いた一人称を手掛かりに、作詞家とのノンバーバル(非言語)なコミュニケーションの中で、歌詞に登場するキャラクターをどのように認識し、どのように演じていったのかを探ることにあった。
それと並行して、彼女が二つの極みを往還しながら、その表現技術をいかに磨き、進化させていったのかを見届ける旅でもあった。
彼女は確かに、歌を「語って」いた。
その中の登場人物を、あるときは演じ、あるときはなりきり、またあるときは、陰に退いて寄り添うようにしながら「語っていた」のである。
自分と役の「重なり具合」を、その輪郭へのフォーカスごと、無意識のうちに自在に変えていく――。
こんな離れ業を、彼女は十代で行っていた。
それぞれ5分足らずの、極上のミュージックドラマが30作品揃った。
逆説的に聞こえるかもしれないが、タイパが重視される令和の時代にあってこそ、これほどタイムリーで、なおかつ貴重な昭和の作品群はない。
語り部は、「神話のミューズ」山口百恵である。
山口百恵は芸能生活を引退して45年になる。
しかし、短い期間に、これほど多くの〈心に届く〉作品群を残した。
それらは、いまなお色褪せることのない、永遠の価値を持っていると、私は思う。
もしよろしければ、第一・第二コンピレーションもご覧ください。
👉 「なるほど」と思う部分が、もし一つでもありましたら、ぜひ♡(スキ)で応援していただけると幸いです。
