世界は日本をどう見ているかNo15
自虐史観からの脱却~その15
インド
グラバイ・デサイ 法学博士
「このたびの日本の敗戦は誠に痛ましく、心から同情申し上げる。
しかし一旦の勝負の如きは、必ずしも失望するに当たらない。
特に優秀な貴国国民においておやである。
私は日本が10年以内にアジアの大国として再び復興繁栄する日が来ることを確信する。
インドはほどなく独立する。
その契機を与えてくれたのは日本である。
インドの独立は日本のおかげで30年早まった。
これはインドだけではない。
インドネシア、ベトナムをはじめ、東南アジア諸国民は全て共通である。
インドの国民は深くこれを銘記している。
インド国民は、日本の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。
他の東亜諸民族も同様である。」
インドは、アジア諸国のなかで長い間、イギリスの植民地として塗炭の苦しみを味わいました。
他方、明治以降の日本が清やロシアという大国に打ち勝ち、ついに大東亜戦争でアメリカと雌雄を決することになった姿は、彼らに打ち震えるほどの感動を与えました。
なぜなら、日本人は欧米の植民地支配に倣ったのではなく、その窮状に喘ぐアジア・アフリカ諸国民の声を代表して、堂々と国際社会で人種撤廃を唱えるに至ったからです。
それはアジア・アフリカ諸国の人々の声を代弁するものでした。
そして彼らは、将来それが欧米の利害と対峙することになり、戦争の危機になるかもしれないことを分かっていました。
だから、インドをはじめとしたアジア諸国の人々は、日本の勇気を糧として、自らの独立のために立ち上がったのです。
しかし多勢に無勢の戦い、しかも持たざる国と持てる国との戦いでもありました。
最終的に日本は追い詰められ、敗戦に至りました。
冒頭の言葉は、日本敗戦の報に接した時のインド人の気持ちを代弁するものでした。
しかし、グラバイ・デサイ氏は日本の底力を信じていました。
日本人の優秀さを見抜いていました。
だからこそ
日本は10年以内にアジアの大国として
再び復興繁栄する日が来る
と言ったのです。
彼の言ったとおり、戦後日本は1951年にサンフランシスコ講和会議で独立を取り戻したあとは、世界が驚くほどの驚異的な経済発展を遂げ、1964年にはアジアで初めてとなるオリンピック開催まで成し遂げました。
その時日本を訪れた人々は、世界初となる高速鉄道が走る姿に、整備された高速道路や清潔な街並みに、そして各種競技で大活躍する日本人に言葉を失いました。
これがわずか10年あまり前に
国中を灰塵に帰された日本なのか
絶望の淵に立たされた日本人なのか
と・・・
世界中が日本のとてつもない底力に驚愕したことでしょう。
我々の先人たちは、グラバイ氏の言ったとおり
一旦の勝負の如きは失望するに当たらない
の思いを胸に、幾多の悲しみや苦しみを乗り越えて国家の総力を挙げて国力回復に努めました。
その姿は、大東亜戦争に立ち上がった時の日本を想起させました。
再び日本はアジア・アフリカ諸国の人々に力を与えたのです。
独立運動は各国で起こり、ほとんどの国が国際社会に新たな国家として名を連ねることとなりました。
日本を見習って。
戦前はわずか60か国あまりしかなかった国際連盟の加盟国が、戦後新たにできた国際連合では193か国(2011年現在で)までに膨れ上がりました。
そしてその新たな加盟国のほとんどがアジア・アフリカ諸国でした。
日本が先の大戦で人種差別の撤廃を標榜して立ち上がったことが、戦後その本当の成果を見せたのでした。
そしてそのDNAは脈々と日本人の体に宿っています。
阪神淡路大震災の時も、そして東日本大震災の時も、そして能登大地震の時も、世界中の人々は自国では考えられない物静かに耐える日本人の素晴らしい国民性や、驚異的な復興のスピードに驚愕しました。
日本がある限り、そして日本人がいる限り、世界は敬意をもってその動向を見つめていくことでしょう。

この光景がまさか令和の時代に再び見られるとは・・・
