正当防衛を認めなかったT事件(91年京都地裁)~「脱会説得のための監禁は違法」⑦
1,過剰防衛にあたるという京都地裁(91年T事件)の不当な認定
⑤と⑥を踏まえて。
1987年12月、監禁され棄教を強要されていた旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)の信者S氏を助け出すため、信者仲間のT氏は団地5階のトイレの窓を破って侵入し、無事にS氏を救出。
監禁現場を訪れたのに信者S氏から事情聴取せず、親の説明だけ聞いて「監禁ではない」と判断した警察は、これでメンツをつぶされました。
本来なら警察は、被害者であるS氏に寄り添い、刑法第220条の逮捕・監禁罪でS氏の親を訴追し、「監禁してでも脱会させるべき」と入れ知恵し手助けした者を教唆(きょうさ、刑法第61条)か幇助(ほうじょ、刑法第62条)の罪に問うべきでした。
ところが、実際にはS氏を救出したT氏が住居侵入、器物破損、暴行などで起訴されたのでした。
1991年1月、この点について京都地裁は、T氏はS氏に対する侵害状態から救出する目的や意図を持って器物破損および住居侵入を行ったのであるから、その行為は急迫不正の侵害に対する防衛行為に当たる、と一応は判示しました。
つまり、監禁され棄教を強要された信者S氏を救出するという教団側T氏の目的や意図は正しく、救出の際に器物破損と住居侵入が生じたが、相手方は侵入を阻止しようと有形力を行使した。T氏にとってそれは急迫不正の侵害(避けようのない有形力の行使)であったので、相手(S氏の親族)の肩を突き飛ばして後方に転倒させたのは防衛行為に当たる、と判断したのです。
ここまでは納得のいく認定です。
ところが、このあと京都地裁は一転して次のような結論を導きます。
なお説得を重ねて任意の拘束解除を図り、あるいは国家機関に救出を求めるなど他の手段・方法があったのに、これらの措置に出なかったことなどの諸事情を総合すれば、被告人の行為は防衛に必要かつ相当な程度を超えたものというべきである。(中略)
したがって正当防衛ではなく、過剰防衛にあたる。
『強制改宗』pp.176-177
2,「なお説得を重ねよ」は非現実的
京都地裁のこの結論は、非現実的でした。なお説得を重ねたらS氏の親族はS氏を解放したでしょうか? するわけがありません。
なぜなら、その時点で親族は警察に「これは親子の話し合いだ」と説明し、警察は監禁されたS氏本人の意思を確認することなく、「監禁ではない」と決めつけ、S氏を救出する任務を放棄していたからです。
警察のお墨付きをもらった親族には、S氏を解放する動機がありません。何としてでも監禁中にS氏を棄教させようと考えたに違いないのです。
実際、S氏の親族の弁護士は、S氏が棄教するまで監禁を続けると脅迫していました。
3,違法行為・脱法行為を何とも思わない牧師、弁護士らの実態を見ない空論
「国家機関に救出を求めよ」も、同様に実態にそぐわない空論です。
第1に、国家機関である肝心の警察が、信者らによる救出要請を拒否していたからです。
第2に、「裁判所に人身保護請求をすべきだった」と京都地裁は言いたかったのかもしれません。
確かに、頻発した拉致・監禁事件において、監禁場所が特定できた場合、信者側が人身保護請求を申請して認められたことはあります。しかし、申請が通った結果、解放された信者は何人いるのでしょうか? 寡聞にして私は、そういう実例を知りません。
多くの場合、監禁した親族のもとに、人身保護請求に基づき裁判所から呼び出し通知が届いても、彼らはそれを無視して監禁場所を変えてしまうのです。
一例を挙げましょう。1992年6月から約2年間、拉致・監禁による脱会強要を受けた小出浩久氏の体験記『“人さらい”からの脱出』(1996年初版、2023年改訂版、光言社)に生々しい証言が載っています。(pp.43-44)
長くなるので、該当箇所の引用は別の機会に行います。
人身保護請求をしても、審査には時間がかかります。その間に、いるはずの場所からS氏がいなくなり、新しい監禁場所がどこか分からない。そうなったらもはや万事休す。
裁判所が身柄解放のため強制執行するには、その前段階としてS氏の状態を確認する必要があります。
S氏を監禁した親族が裁判所からの呼び出しに応じない場合、次は裁判所の係官なり警察官なりが現場に来るわけですが、その時、現場からS氏が消えていたら「国家機関」としてはそれ以上どうすることもできません。
S氏を解放するための公の手続きはそこで終了。
S氏が遠隔地に連れ去られたら、新たな監禁場所を見つけるのはほぼ不可能。「国家機関」は何もしてくれないし、何もできないのです。
その意味で京都地裁は、信者を監禁して脱会を強要する牧師、それと連携する弁護士らの、違法行為・脱法行為を何とも思わない悪辣さに思いが及んでおらず、認識が甘すぎました。
京都地裁の言う通り、裁判所に人身保護請求を出していたら、運良く解放された可能性がゼロだったとは言いませんが、監禁場所を変えられ、居場所が分からなくなる可能性の方がはるかに高かったでしょう。
4,非情な判決。懲役3か月、執行猶予1年
京都地裁が、T氏の正当防衛を認めず、過剰防衛としたのは不当です。そもそも警察が監禁を見抜いてS氏を救出していたら、T氏らが助けに行く必要もありませんでした。
警察がろく調べもせず、監禁ではないと決めつけ、S氏の居場所すら信者仲間に教えなかったため、彼らは自力救出に動いたのです。
そうやって、やっとのことで居場所を突き止め、親御さんたちの説得にあたっていたところ、監禁された当人が「助けてくれ」と叫んでいた。その声を聞いて、そのまま見過ごせるでしょうか。
親御さんたちが説得に応じないので、T氏はやむを得ず妨害を排除してS氏を救出し、その際、偶発的に最低限の有形力を行使しただけです。それを裁判所が「急迫不正の侵害に対する防衛行為」だとしながら、正当防衛と認めなかったのは理解できません。
⑧につづく
