無力だった統一教会~「脱会説得のための監禁は違法」⑧(完結)
1,1991年当時の“主敵”はキリスト教の牧師たち
⑦の続き。
ここまで1991年1月の京都地裁判決(T事件)について書いてきました。
今回がシリーズの最終回になります。
T事件と京都地裁判決に触れた『強制改宗~引き裂かれた信教の自由』(統一教会編、光言社)が刊行されたのは1993年。この本が“主敵”と見なしたのは、キリスト教各派の牧師たちです。
統一教会側は、牧師たちが「異端をつぶす」「だまされている信者たちを救う」という名目で“拉致・監禁による脱会強要”を指導し、脱会させた信者たちを自派教団に伝道して教勢の拡大を図っている、と見ていました。
これについては多くの証言や証拠があったようで、本書の記述は確信に満ちています。
2,「今後はなくなるだろう」という統一教会の甘い判断
当時、統一教会はT事件(京都地裁は懲役3か月、執行猶予1年の判決を下した)を次のように分析しました。
少し長くなりますが引用しておきます。
事件の背景と今後~親子問題装う監禁改宗に審判
この事件を理解するためには、統一教会に反対するキリスト教会の牧師や改宗活動家が統一教会の信徒を拉致・監禁して改宗してきたこれまでの流れを見る必要がある。
彼ら(統一教会に反対するキリスト教会の牧師や改宗活動家)は、当初は、拉致・監禁して改宗していただけなのだが、やがて改宗して、あわよくば自分の教会の信者にしようと考え出したのである。
そのために
まず統一教会の信徒と父兄の仲を分断して、父兄を自分の側に取り込む。
監禁ではなく説得であるということにするために、拉致・監禁は父兄が行い、同じ部屋に父兄も一緒に住み込む。
その際、窓から飛び下りできないように5階以上の部屋を準備する。
牧師は頼まれて教えるだけという建て前にする。
このような段階に持ち込むために、父兄に統一教会に関する癒しがたい不信感、不安感を植えつけることによって、自分を信用させようとする執拗な工作がなされるのである。
拘束されたS氏の手記によれば、この事件がこの筋書きどおりに仕組まれたものであることが明らかであろう。
すなわち、判決は、拘束の主体が両親であり、家庭内紛争としての側面を有するというが、純然たる家族だけでなく、改宗を仕事とする全く血のつながりもない牧師などが出入りし、監禁を指導しているのがその証拠である。
判決は、両親らによる行為はS氏に対する棄教を目的としてなされ、身体の自由および信教の自由を侵害するものであり、家庭ないし同居の家族間において許される範囲を超える違法なものであると判断している。
これによって親子関係を装い、身体の拘束と棄教の強要をカモフラージュするというやり方は、今後は通用しないことになるものと思われる。
また、警察官がS氏の「監禁されています。一刻も早く解放を願います」という訴えを無視した点は、現場警察官の人権感覚を疑わせるものであろう。
出典:『強制改宗』pp.177-178
「親子関係を装い、身体の拘束と棄教の強要をカモフラージュするというやり方は、今後は通用しない」という1993年6月当時の統一教会の見立ては、外れたとは言いませんが、甘かったことは否定できません。
1993年の拉致・監禁件数は360件で、前年の375件とほとんど同じ。「家族であっても拘束しての棄教要求は違法」という画期的な京都地裁判決が1月に出たにもかかわらず、牧師や脱会請負人にそそのかされ、指導された親たちが行う拉致・監禁は減りませんでした。
94年以降、件数は減少傾向が明瞭になりますが、ハッキリ減ったと言えるのは2000年あたりからです。
凶悪犯罪の拉致・監禁を抑止する上で、京都地裁判決に一定の効果があったことは事実です。しかし、拉致・監禁を直ちにやめさせることはできませんでした。
本来なら、判決のあった1991年に拉致・監禁件数は激減していなければおかしいのです。
3,拉致・監禁が放置された理由①~件数が多すぎてお手上げ状態に
米本和広氏は、『我らの不快な隣人』(情報センター出版局)で91年京都地裁判決の意義を強調した後、「この有罪判決を境に、統一教会本部は拉致監禁事件が起きても、何の対策を取ることもしなくなった」と意味深なことを書きました。(⑥参照)
せっかく「家族であっても拘束しての棄教要求(=強制棄教)は違法」という画期的な判決が出たのに、なぜ統一教会は何の対策も取らなくなったのでしょうか?
第1の理由は、⑥で述べたように、想定外の勢いで頻発する拉致・監禁事件に振り回され、事実上、お手上げ状態になったことがあります。
脱会した元信者が増えるにつれて、「青春を返せ」裁判など民事裁判を次々に起こされ、その対応にも追われることになりました。
4,拉致・監禁が放置された理由②~反対勢力とガチンコで戦う勇気がなかった
第2の理由は、統一教会側に、拉致・監禁を行う勢力と真正面から、そして徹底的に戦う勇気がなかったこと。
戦う勇気がなければアイデアも出てきません。アイデアがなければ、何も実行できません。
拉致・監禁を教唆(きょうさ/そそのかすこと)、幇助(ほうじょ/手助けすること)し、指導する牧師たちの多くは特定されていました。『強制改宗』には、見開き2ページにわたって彼らの氏名と所属教団名が記されています。
教団側にできることとしては、
反対牧師たちに公開討論を要求する
反対牧師たちの地元で抗議集会を開き、彼らが拉致・監禁に関与している疑惑を告発する
繰り返しシンポジウムを開き、その内容は逐一活字にして公表。「拉致・監禁による脱会強要」の実態と手口を広く国民に周知。シンポジウムには、趣旨に賛同する他宗教の人や海外の専門家にも参加してもらい、その都度マスコミを呼ぶ
『強制改宗』のような書籍(私家版ではないもの)を途切れなく刊行し、常に一般書店で人の目に留まるようにする
監禁から逃れた信者の体験記を刊行し、一般書店に並べる
監禁から逃れた信者の刑事・民事両面での提訴を支援する
91年京都地裁判決(たとえ家族によるものでも、拘束および棄教要求は違法)に基づき、警察当局に取り締まり強化を要請
警察当局への要請にあたっては、全国で署名活動や街頭遊説を行う。特に反対牧師の拠点がある地方議会では陳情や請願を行う
……
このように、やれることはたくさんありました。
書籍の刊行ということでは、例えば「拉致監禁・強制改宗被害者の会」のウェブサイトで『拉致監禁・百二十日間~監禁による強制改宗の犯罪性を訴える』という冊子が紹介されています。
刊行されたのは1996年1月です。
しかし、この冊子は初めから書店市場で販売されず、いわば教団信者向けでした(国会図書館にも記録無し)。これでは抑止力になりません。
1990年代に書店市場で流通した一般向けの関連書は、『強制改宗』のほかに、
鳥海豊著『監禁二五〇日 証言「脱会屋」の全て~信仰を貫いて生還したある統一教会員の記録』(光言社、94年5月)
増田善彦著『「マインド・コントロール理論」その虚構の正体~知られざる宗教破壊運動の構図』(光言社、96年6月)
『「霊感商法」の真相』(世界日報社、96年8月、拉致監禁問題の分析あり)
小出浩久著『人さらいからの脱出~違法監禁に2年間耐えぬいた医師の証言』(光言社、96年11月)
魚谷俊輔著『統一教会の検証』(光言社、99年9月)
がある程度です。
※『人さらいからの脱出』は2023年に改訂版が刊行されましたが、他の本は、どれも良書なのに品切れ。増刷も復刻もなされないのは本当に不思議です。
『「マインド・コントロール理論」その虚構の正体』と『統一教会の検証』の2点は、以下の魚谷俊輔氏のブログで一応公開されていますが、、、
せっかく教団系の出版社、新聞社があるのに、拉致・監禁が頻発した90年代を通じてたった6冊しか一般向けの本を出していない。拉致監禁を撲滅したいと思わなかったのか、と言いたくなります。
牧師との公開討論についても、「牧師が末端信者を相手に密室で教理の“間違い”を説くのは卑怯。教理が間違いだというなら公開の場で論争しよう」と一大キャンペーンを張ればよかったのです。
牧師と信者の論争なんて、公開の場でやったとしても無意味です。牧師と信者では立場が違い、大学教授が専門のテーマで高校生や大学生と論争するようなもの。大学教授(牧師)が勝つに決まっています。
まして統一教会や仲間との連絡が遮断された密室では、牧師と信者がどんな論争をしたところで、論争の体をなしません。力関係が対等でなく、信者が何を言っても、牧師はその専門的な知識を駆使して信者を言い負かすことができるからです。
監禁状態に置かれた無力な信者を脱会させたからといって、勝ち誇ったように「統一教会の原理は間違いだ」「原理が間違いだから説明すればみんなやめる」などと言い募るのは笑止千万です。
そんなに自信があるなら、対等な条件(同レベルの学識を持つ者同士が同人数で討論)の下で、「原理の間違い」とやらを立証してみろと、教団側から挑発すればよかった。
キリスト教牧師と統一教会の専門家がオープンな場で討論してこそフェアだと言えます。
公開討論が実現しても、水掛け論や非難合戦になるかもしれませんが、先方が出てこなければ「公開討論に応じないのは卑怯だ」とアピールできます。
実現したらしたで、「牧師のような専門家が素人の信者相手に、密室で教理の“間違い”を説くのは卑劣」と批判できますし、「拉致・監禁による脱会強要」の凶悪さと違法性を広く周知する場としても活用できたはずです。
5,拉致・監禁が放置された理由③~助けに行くと有罪になる恐れ
残念ながら京都地裁判決で信者T氏が有罪になり、教団としては、監禁場所を突き止めても物理的に救出することができなくなりました。
無理を承知で助け出そうとすれば、必然的に小競り合いが起き、住居侵入や器物破損は避けられそうにありません。
ちょっとした有形力の行使でも、暴行で訴えられる恐れがあります。
救出の際に起きるであろう小競り合いを裁判所が正当防衛と認めないのであれば、教団として物理的な救出活動を行うことはできないのです。下手をすれば、助けに行った信者に前科が付きますから。
それでもいいから救出に動けと教団が指示した場合、宗教法人統一教会が刑事事件の首謀者として訴えられる恐れがあり、これでは反統一教会陣営の思うツボです。
*
統一教会が何の対策も取らなくなった背景には、私なりの推測では、以上の3つの理由がありました。ただ、③の問題はあるにせよ、指導者に戦う気概さえあれば、もっとできることはあったはずです。
統一教会が本格的な対策に動き出すのは2008年か09年ごろです。米本和広氏が『我らの不快な隣人』のどこかで書いていましたが、09年に文教祖の子息・文国進氏が「拉致・監禁をする勢力と戦え」と指示を出したそうです。
12年5か月の監禁から08年2月に生還した後藤徹氏の存在が大きかったと思われます。
6,「認知戦」に敗れた統一教会
統一教会は、頻発する拉致・監禁事件に対して無力でした。有利な判決が出ても、それをうまく活用できませんでした。
しかし、同教団が無力だったのは、この問題だけではありません。「違法な霊感商法」批判、「違法な正体隠し勧誘」批判、「違法な高額献金」批判、「マインド・コントロール」批判などに対しても、適切な反論ができませんでした。
いえ、反論はしてきたのです。してきましたが、全部中途半端でした。全国弁連やマスコミを論破し、彼らを黙らせるところまで徹底できませんでした。
自分たちの言い分を、広く国民の間に浸透させることもできませんでした。今風の言い方をすれば、統一教会は「認知戦」に敗れたのです。
その状態で巡ってきたのが2022年夏の事件です。全国弁連と組んだ国家権力によって弾圧され、あっという間に土俵際に追い詰められてしまいました。悲しいかな、それが今の状況です。
完結
