統一教会信者を拉致・監禁してクリスチャンにする行為を「伝道」だと言う十二使徒教会(日本基督教団)牧師の戦慄の証言!
Ⅰ、十二使徒教会は、統一教会信者を監禁して脱会させ、伝道していた
(1)十二使徒教会牧師の、罪悪感のカケラもない戦慄すべき証言
少し古いですが、Xでとんでもない動画を見ました。たまたま検索でヒットしたもので、ハンドルネーム「TKMT / 信仰のない統一教会2世」さんの投稿。
この辺もどうでしょう。牧師が、「監禁する」としっかり言っています。pic.twitter.com/Obav6PKlaE
— TKMT / 信仰のない統一教会2世 (@4uz3ch4OgUly8Wg) April 23, 2025
オリジナル動画はYouTubeの「統一教会PickUpチャンネル」で公開されています。
同サイト運営者がどこから発掘したかは不明で、最初に公開した人が別にいるのか、同サイトが初出なのか、詳しいことは私には分かりません。以下は動画リンクと一部画像の引用です。
https://www.youtube.com/watch?v=mp0xxc1PnNQ

(2)「だまして連れ出す」「マンションに鍵をかけて閉じ込める」「監禁しながらの伝道」。これがクリスチャンのやること?
字幕に誤字があるので、自分なりにテキストにしてみました。
十二使徒教会というところで19歳の時に聖霊バプテスマを受けてクリスチャンになったんですけど、当時、130人くらいは毎週来てたんですが、その中に元統一原理の信者さんだった人たちが、すごく多かったんです。
というのも、その教会はですね、当時ルディ・カイテン牧師という主任牧師の下で脱会運動を一生懸命やってたんです。統一原理に関わっている人たちを救い出す。
どうやったかというと、彼らは説得しようとしても逃げるんですね。それでこれ家族の協力がないとできないんですが、今の時代これやったら法律に引っ掛かるようなやり方なんですが、当時は大胆にやっていました。
それは家を出て、連絡を親と取れなくなって、だいたい大学生が多いんですけれども、その統一原理にはまってしまった人たちをですね、何とか連れ出して、騙しながらでも連れ出して、部屋に監禁するんです。
そのために事前にマンションとかアパートを契約しといて、そこに入れるんですね。で、鍵かけて閉じ込めちゃうんです。そして当然、食事も持ってくるし、牧師も来るし、生徒たち次々順番でやってきて、説得するわけです。
でも彼らはそう簡単に折れない。だから、時にはそれも何週間も何か月かけてでもですね、彼らと接しながら、まあ監禁しながらの伝道、今の時代なら本当に問題のある、逆に打たれる(「批判される」という意味か=引用者注)と思いますけど、そういうやり方でですね、中には救われる人たちがどんどん出てきて、振り返ると彼らの話では、だいたい100人以上、その教会、統一原理から解放されて、その宗教やめてるんですね。
統一教会PickUpチャンネル
「【人権侵害】統一教会信者100人以上が拉致監禁!教会で何が起きていたのか?」より
(3)監禁する行為は、刑法220条の逮捕・監禁罪に相当
この牧師さんが語っているのは、まさに「拉致・監禁による脱会の強要(拉致監禁・強制棄教)」そのもの。
ところが、この人は「今の時代これやったら法律に引っ掛かるようなやり方」と言って、昔は許されていたような口ぶりです。何という卑劣漢でしょうか。恥を知りなさい!
「今」がいつを指すのかはっきりしませんが、「当時は大胆にやっていました」とあることから、その「当時」とは、おそらく1990年代が中心で、1980年代や2000年代も含まれていると思われます。
なぜかというと……発言中のルディ・カイテン牧師は、オランダ系アメリカ人のルドルフ・カイテン宣教師です。このカイテン牧師とともに「日本基督教団十二使徒教会」(札幌市)を設立した芹田剛(せりた・つよし)牧師が、自身のプロフィールに、
「1991〜2000年 『統一教会を憂慮する会、親の会』で異端問題における救霊、救出に取り組む」
グレースキリスト教会の「今週の説教・牧師紹介・芹田剛牧師略歴」より
と書いているからです。
では、上記発言にある統一教会を脱会させてクリスチャンに改宗させる行為は、1990年代、もっと広くとって1980年代~2000年代と見て、その当時許される行為だったのでしょうか?
否です。許されるはずがありません。刑法220条の逮捕・監禁罪はもっと昔からありました。
逮捕・監禁罪は、部屋に監禁されなくても、身体の自由(人身の自由)が奪われた時点で成立します。
ウィキペディアの法律解説は比較的信憑性が高いので、「家族が説得する場合は許されるはず」などと勝手な解釈をしているに人は、ウィキの「逮捕・監禁罪」を熟読すべきです。
監禁とは、人を一定の限られた場所から脱出することを不可能に、或いは著しく困難にすることによって、場所的移動の自由を制限することを言う。部屋に閉じ込めるなどがその例であり、その中で限られた移動の自由が存在しても、そこから外に移動できない場合には、なお監禁罪の成立を肯定することができる。
(中略)
ここで、監禁は、閉所に拘束せずとも、移動や脱出を不可能又は著しく困難にすれば、例えば(関係を持とうという意図のもと)被害者をバイクの後ろに乗せて走るだけでも成立し……
ウィキペディア「逮捕・監禁罪」より
Ⅱ、日本国憲法の数々の条文を踏みにじる蛮行
(1)第19条「思想及び良心の自由」、第20条「信教の自由」、第31条「身体の自由」などに違反
人をだまして連れ出し、監禁し、その状態で(外部との連絡を遮断して)脱会の説得を行うことは、明らかに憲法の規定に違反する行為です。
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。
第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。
上記の条文を含む日本国憲法が施行されたのは1947年。「1990年代は憲法の効力が停止されていた」なんてことがあるでしょうか? このような行為が昔は許されていたかのように言うとは、人間としての良心が完全に麻痺しているとしか思えません。
やったことは悪魔の所業ではありませんか。それで伝道が進んで信者が増えたと自慢するとは、呆れた牧師がいたものです。
「拉致・監禁は、たとえ家族が実行したとしても違法であり、キリスト教牧師と脱会請負人の教唆・幇助(ほうじょ)は共同不法行為となる」
この民事判決が、2014年11月の東京高裁判決を経て最高裁で確定したのは2015年9月です(12年5か月も監禁された後藤徹氏裁判)。
察するに、この民事判決が出たため、十二使徒教会の牧師さんは「今の時代これやったら法律に引っ掛かるようなやり方」と言ったのかもしれません。
しかし、こんな酷いやり方は普遍的にアウトなことは、常識があれば誰でも分かることです。昔は良かったと思っているこの牧師のもとを神が訪ねてくることはないでしょう。
(2)民事不介入を盾に、「家族による話し合い」と偽って警察の動きを封じ込めた
残念ながら後藤判決以前、キリスト教関係者、脱会請負人、反統一教会の弁護士らは、拉致・監禁を「保護・説得」と偽り、「家族による話し合いだから警察が介入するのはおかしい」と強力に主張したため、警察は彼らの言い分を半ば容認してしまいました。
監禁現場をきちんと調査していれば、それが話し合いなどではなく、本人の意に反した脱会の強要だと分かったはずです。しかし警察はそこまで調査しませんでした。
刑法220条が正しく運用されていなかったのです。しかし、運用が正しく行われていなかっただけで、刑法220条は1990年代も立派に存在していました。
だまして連れ出し、アパートやマンションの一室に監禁する。何週間も何か月も。しかも、家族による話し合いなるものは真っ赤なウソ。実際に説得(実際には棄教の強要)するのはキリスト教の牧師や脱会請負人ではありませんか。彼らはいつ信者の家族になったのか?
Ⅲ、暴力団や極左過激派の若者には目もくれず、統一教会信者だけ監禁するのはなぜか?
(1)暴力団員や極左過激派メンバーを「保護・説得」して「救出」した例は、ほぼない
牧師らは、統一教会の信者を単に「保護・説得」するだけでなく、信者が脱会した後、言葉巧みに伝道していました。
彼らにとって、統一教会信者の「保護・説得」は、そのまま伝道につながったわけで、「邪悪な集団から救い出す」というのは子供だましの名目にすぎません。
その証拠に、最大の邪悪な集団である暴力団からわが子を救い出すため、牧師らが協力して、若い暴力団員「だまして連れ出し、監禁して暴力団をやめるよう説得した」という話は聞いたことがありません。
あるとしても極めてレア。ほぼないと言っていいでしょう。
なぜ牧師の皆さんは、子供が暴力団に身を投じて嘆き悲しんでいる親御さんのために、秘密のマンションやアパートに監禁して足抜けさせようと一肌も二肌も脱ぐ、ということをしないのでしょうか?
あるいは、中核派や革マル派などの極左過激派に入った若者は、1970年代~90年代、結構いました。今でも少数ながらいます。
早稲田大学の学園祭が革マル派によって運営されていたのは有名な話です。これが正常化されたのは確か90年代後半のこと。リーダーシップをとったのは、今は亡き奥島孝康総長でした。
さて、牧師の皆さんは、わが子が極左過激派に入って悩み苦しんでいる親御さんのために、その大学生を拉致し、何週間も何か月も監禁して脱会説得するということをやったのでしょうか?
これまた、全く聞いたことのない話です。
では、なぜ統一教会の信者(数は少ないが、エホバの証人も)だけ狙われたのか? 考えられる答えは、とりあえず2つ。
(2)キリスト教概念を学んだ統一教会信者は、自派教団の信者にしやすい
1つには、聖書もそれなりに読み、キリスト教概念(唯一神、原罪、救い、救い主イエスなど)に慣れ親しんだ統一教会信者は、脱会させた後は自派教団へと誘導し、たやすく伝道できるからです。
拉致・監禁、脱会強要という手段は悪でも、結果として自派教団の信者にできれば、それはその人を救ったことになる。教勢の拡大にもなる。だから神の御心にかなう、というわけです。
しかしこれは、近代ヨーロッパのキリスト教国がアジア、アフリカ、南米などを一方的に侵略しながら、現地の人たちにキリスト教を伝え、救ってやった。だからいいことだと考えたのと同じ発想ではないでしょうか。
(3)我が子が暴力団に入ったら、黙って縁を切るのが普通。報復の暴力が怖いから
2つには、暴力団や極左過激派に入った子どもを「だまして連れ出し、監禁して脱会を強要」すれば、100%間違いなく、彼らから暴力による報復を受けます。
だから、通常、子どもが暴力団員になった親御さんは、黙って親子の縁を切るのです。そうしないと親御さんは親類縁者からも地域社会からも孤立してしまうからです。
なまじ足抜けさせようと働きかけたりしたら、暴力団から何をされるか分からない。親類縁者が危害を加えられる恐れもある。「わが子を監禁して足抜けを説得」なんて考えも及ばないのです。
ところが、統一教会は宗教団体です。信者を拉致しようが監禁しようが、牧師や脱会請負人が教唆・幇助(ほうじょ)していようが、教団側は倫理・道徳に反する行為は一切できません。
そのことをよく分かっている牧師たちは、口では「(暴力団やオウム真理教同様の)反社会的集団だ、カルトだ」と言っていても、非暴力を旨とする宗教団体が報復などするわけがないと高をくくり、白昼堂々と刑法犯罪に匹敵する悪行をやってきたわけです。
そう考えると、彼ら牧師たちがいかに卑劣で、悪知恵が働き、悪辣かよく分かるでしょう。
(4)「信教の自由」の侵害に加え、「宗教選択の自由」まで奪ったキリスト教牧師たち
だまして連れ出して監禁し、その状態で脱会を強要するのは「信教の自由」の侵害ですが、その上、信じるものを失った元信者を、心に空洞ができたスキに乗じて自派教団に誘導するのは、「宗教選択の自由」を奪う行為です。
そもそも脱会させられた元信者は、監禁中に一方的に注入された教団批判や教祖批判が本当に正しいのかを、改めて教団側に確認したり、信者の知人・友人に相談したり、自分で自由にいろいろな本を読んで調べることができなかった人たちです。
脱会を決めたら、後は牧師の誘導に従うのがいちばん楽という結果になるのは自明です。
このように、彼らは何重にも許されない行為をやってきました。まさに反社会的と言うにふさわしいと私は思います。
もちろん、犯罪行為と人権侵害を見て見ぬ振りをし、何食わぬ顔で民事裁判や教団との交渉の代理人を務めてきた全国弁連(全国霊感商法対策弁護士連絡会。霊感弁連)の弁護士たちも、反社会的と非難されるべきなのは言うまでもありません。
動画の十二使徒教会の牧師は、「今の時代これやったら法律に引っ掛かるようなやり方」と言って、昔は法的に問題がなかったと示唆しました。
これが誤った認識であることは、別の角度からも立証が可能です。既に1991年の段階で、「監禁による脱会の強要は違法である」との民事判決が出ているのです。
次回は、この判決を紹介しましょう。
次の投稿へつづく
