違和感はノイズではなかった|違和感⑧
みんなは、うんうんと頷いてる。
たぶん、自分だけが引っかかっている。
そういうことが、たまにあります。
まだ若い頃、そういう違和感をあまり信じていませんでした。
自分だけが、どうでもいいところに反応している。
本筋ではないところで、ひとりで躓いている。
そんなふうに思っていました。
だけど最近、ひょんなことから、昔感じた小さな違和感を思い出しました。
今日の出来事
MIMIGURI代表の安斎勇樹さんのVoicyを聴いていて、ハッとしました。
テーマは、「反応」と「応答」の違いでした。
反応とは、深く考えず条件反射のように動くこと。
何かを言われて、むっとする。とっさに謝る。仕事のチャットに即レスするなど。
一方、応答は、自分の意志で考え、対応すること。
相手の言葉を受け止める。何が起きているのか解釈し、応答すること。
その流れで、Responsibilityという単語について触れられました。
Responsibilityのよくある訳は、「責任」です。
でも、この単語をResponse-abilityと分けてみると、「応答できること」として見えてきます。
責任を取るとは、ただ謝ることではない。罰を受けることだけでもない。
それは、目の前の状況に対して、自分の意志と考えを持って応答すること。
ハッとしたのは、この解釈が面白かったからだけではありません。
昔あった小さな違和感を、急に思い出したからです。
学生時代の小さな違和感
「Response の Ability なのに、責任?」
高校生の頃、薄っすら疑問でした。
Responsibility=責任
そう習ったし、そう覚えました。
もちろん、訳として間違っているわけではないのだと思います。
でも、ResponseのAbilityが、なぜ「責任」なのか。
なにかが、ズレていないか。
ただ、その違和感を深く考えることはありませんでした。
そもそも学生なので、責任という日本語自体、よくわかっていません。
わざわざ語源を調べるほどの問題意識はありませんでした。
なにより、英単語は、ただ訳を覚えればいい。
Responsibilityは責任。
Reasonableは合理的。
Accountabilityは説明責任。
それでテストは十分解ける。
そこにいちいち引っかかっても、点数が上がるわけではありません。
むしろ、そんなことを調べていたら勉強の効率が落ちる。
辞書や参考書に正解がある。
そう思っていました。
違和感はノイズではなかった
安斎さんの話を聴いて、Responsibilityの見え方が変わりました。
でも、それ以上に感じたのは、「違和感」に対する姿勢の変化でした。
今の僕にとって、違和感はノイズではありません。
違和感は、問いのシグナルです。
もちろん、毎回の違和感がすべて重要なわけではありません。
勘違い、知識不足、疲れているだけのこともあります。
それでも、「ん???」と感じたとき、それこそが問題解決の鍵だった経験を、何度も重ねてきました。
表面上は合意されたが、歯切れが悪かった気がする。
何かひと言、いつもと違う言葉が使われた。
今のプレゼンで、理解できるはずがない。
そういう小さな引っかかりから、問いが立ち上がることがあります。
たぶん昔の僕は、自分の違和感より、世間の正解を信じていました。
でも今は、世間の正解に対して、自分がどこで引っかかるのかを大切にしています。
違和感は、流していいノイズではない。
そこに、自分が考えるべき問いがあるかもしれないから。
一度問いが生まれたら、責任を持って「応答」したいと思います。
