世界がわからなくなった日、僕は本を読みはじめた
「たくさん本読むよね?」
そう言われることが、増えてきました。
でも、昔から読書家だったかというと、そんなことはありません。
僕は一度、世界がわからなくなりました。
何が正しいのか。
なぜ自分はうまくいかないのか。
社会とは、そもそもこういうものなのか。
全部わからなくなって、本を読み始めました。
世界がわからなくなった日
30歳になった頃、初めての転職先でうまくいかず、休職することになりました。
それまでの僕は、どこかで「自分はやれる」と思っていました。
勉強も、部活も、仕事も、頑張れば何とかなった。
わからないことがあっても、考えれば前に進めた。
苦しいことがあっても、踏ん張れば乗り越えられた。
でも、そのときは違いました。
何が正しいのか。
自分のどこが悪かったのか。
上司が合わなかっただけなのか。
社会とは、そもそもこういうものなのか。
なぜ、こんなにも噛み合わないのか。
ある朝、目が覚めると、胸が痛むような気がしました。
明確な痛みではありません。
やろうと思えば、ふつうに起き上がることもできました。
けど僕は布団に寝たまま、妻に言いました。
「胸が痛い気がする」
妻は、僕の気持ちがわかっているようでした。
「そっか。じゃあ、お仕事は休んだ方がいいね」
それから僕は、投薬で頭がぼーっとする中、近所の海沿いを散歩して過ごしました。
妻や父、義母の優しさにも触れながら、少しずつ、自分はまだここにいていいと思えるようになっていきました。
そして、気がつくと本を読んでいました。
自分の理解や疑問をページに直接書きなぐり、これは違うと思った本はすぐに捨てました。
その理由は、自分でもよくわかっていませんでした。
でも今思うと、とにかく世界の仕組みを知りたかったのだと思います。
お金とは何か。
経済とは何か。
経営とは何か。
戦略とは何か。
人間とは何か。
働くとは何か。
仕事で受けた傷の意味を確かめるため。
世界との距離を測り直すため。
他人の評価に飲まれない、自律した人間になるため。
すべてを知りたいと思っていました。
マンガとエッセイで育った子ども
小学生の頃、父と「マンガ図書館」と呼んでいた、なぜか大量のマンガを借りられる図書館に、毎週のように通っていました。
少年マンガだけでなく、父が借りた『スラムダンク』や『龍狼伝』、姉の『きみはペット』や『愛してるぜベイベ』。
マンガなら、どんな話も楽しめました。
しかし、中学生になると、県外に引っ越して「マンガ図書館」がなくなりました。
そこで、ブックオフの安い文庫本コーナーで、表紙がすこしマンガっぽい一冊を手に取りました。
原田宗典のエッセイ『はたらく青年』でした。
青年の原田くんは、自己愛が強く、余裕がなく、スケベで、でも他人のことも大切にできる。
要するに、「可愛いやつ」でした。
僕は、原田宗典を買い漁り、毎晩のように読みふけりました。
ダサさや弱さを隠さない、少し年上の原田くんに、自分を投影していたのだと思います。
本を読んでも、現実は変わらなかった
半年の休職期間を挟んで、縁あって経営コンサルティングの会社に入りました。
けれど、そこでも僕はすぐには「仕事ができる人」にはなれませんでした。
本を読んだことで、世の中の理解は少し進んだと思います。
でも、理解したことと、目の前の仕事ができることは、まったく別でした。
上司からの指摘を、どう受け止めればいいのか。
クライアントに出す資料を、どう直せばいいのか。
自分には、何が足りないのか。
本の中に、その答えはありませんでした。
上司との議論で、対等以上に渡り合いたい。
クライアントに、自分の言葉で語りたい。
一人前になりたい。
そのためなら、書籍代などいくらでも払う。
本気でそう思っていました。
書店のビジネス書コーナーを睨みつけながら、怒りとも絶望ともつかない、ぐるぐるした気持ちを抱えていました。
徐々に仕事ができるようになってからも、わからないことは増え続けました。
なぜ、正しいことを言っても、人は動かないのか。
なぜ、同じ言葉でも、人によって意味が変わるのか。
なぜ、人と人はわかりあえないのか。
読む本は、戦略から組織論、哲学、人類学、詩、文学などに広がりました。
世界がわからないままで
本は、僕の人生を一気に変えてはくれませんでした。
今も、わからないことだらけです。
世界の複雑さに、無力感は高まります。
それでも、自分のことを、少しずつ知るようになりました。
あのとき何に傷ついたのか。
何を失ったと思ったのか。
それでも、何を大切にしたかったのか。
世界を知るために始めた読書は、いつの間にか、自分と向き合うためのものに変わっていました。
世界は、まだわかりません。
わからないまま、読んで、生きていこうと思います。
