【IWGP】IC王座はいつ封印されるべきだったのか?
『10年ひと昔』という言葉があった。悠長な昭和のリズムのようでいて平成以降慌ただしい一年がそれに替わったようでいて、実は未だにこの単位が浮かび出させる何かがあるような気もする。10年前の事を覚えているだろうか?丁度今頃の時期に起こったのが『SMAP謝罪会見』である。光GENJIの全盛期を知る世代にとってそれは理不尽でありつつもやや長すぎた時代の終わりの始まりでもあった。あれから10年である。やや強引ではあるが戦隊シリーズが50年の幕を閉じるのも何かの縁さえ感じる。
それとほぼ同時期に中邑真輔/AJスタイルズ/カール・アンダーソン/ルーク・ギャローズの新日本プロレス離脱→WWE移籍という事件が起こった。私はこの4人を人気米ドラマ『LOST』のオーシャニック6(生存離脱者)に倣い【NJPW4】と呼んだが、彼らはまさにSMAP解散を機に事務所を脱退した4人のパラレルワールドのようにも見えた。【残った人】棚橋弘至が今年の1・4で引退した事もまた強引だがこの出来事の終焉を意味してるようにさえ思えてくる。
その中邑真輔が新日本離脱直前に返上するまで巻いていたのがIWGPーIC王座。。。そう今回のIWGP復活騒動で6年ぶりに日の目をみたあの白いベルトである。それまで武藤さん(グレイティスト18クラブ、復活NWA世界)を引き継いだかの如く【ベルト封印魔】と化した真輔さん(復活NWF、U30)が新日本を円満退社した際に封印しなかった事でその後誰しもが持て余したジャジャ馬王座は10年たってもその不気味な存在感を放っている。ではIC王座とは何だったのか?まずはルーツから遡ってみたい。
今でこそIWGPxx王座という階級や人数に縛られないサブ王座が現れては消えてゆくが、その走りがIC王座だった。しかし新設当時に明確なコンセプトがあった事は意外に知られていないのではないだろうか?そもそもこの王座は海外(という名目のアメリカ)のみで防衛戦を行う、所謂世界進出を意識した王座であった。といえば格好良いのだが要は当時WWEを離脱しFA状態であったMVPに箔をつける為の大臣ポストだったのが実情だったといっても言い過ぎではないだろう。
しかしあっという間にコンセプトは崩壊し田中将斗→後藤選手へ王座移動しなんとなくヘビー級2番手王座のポジションに甘んじるようになる。その王座が中邑真輔に渡るのだが、地方興行での出来事だったとはいえ東スポを始めとするWEBニュース系は当時この結果をスルーした。今では笑い話になるが私も当時この試合結果には全く興味がなく、東京MX『五時に夢中』月曜日の名物企画マツコのやっつけ晩御飯に何故かゲスト出演した後藤選手が『昨日中邑選手にベルトを奪われた』とボソッと話した事で知った程であった。そのぐらいIC王座にも中邑真輔にもまだ魅力がなかったのである。
同世代ライバルと位置づけられながらも常にリードしてきた先輩棚橋弘至がスキャンダルを逆手に取り『チャラ男』を襲名し、更には本来藤波的な渋い丸め込みを好んで使用しいていたフィニッシュホールドを誰がみてもわかるダイビングプレス=ハイフライフローに切り替える事で立場を逆転。それはまるで『君の名は』以降メジャーを引き受けた新海誠の如く、NOAH(丸藤/KENTA)への期待感すらをも吸収する時代の分かれ目でもあった。
その変化は良い意味で行き詰っていた中邑真輔のスタイルをも一変させた。
全く価値のない『10円ベルト』を白にリニューアルするや中邑真輔自身もマイケル・ジャクソンの『キング・オブ・ポップ』になぞった『キング・オブ・ストロングスタイル』へと変貌し大逆転が始まる。棚橋弘至が明らかに三冠・GHC王座戦の行き過ぎを程よく調整した【太陽の王道】を4代目IWGPベルトでの王座戦で展開しV11を果たしてゆく裏で、中邑真輔は棚橋防衛戦からこぼれたチャレンジャーを引き受ける事で永田選手V10時代のアップデート版として独自の新しい価値観でファンを魅了してゆく。
棚橋引退興行の2026・1・4ドーム大会はアントニオ猪木引退興行以来の満員札止めを記録した。それは今にして思えば『棚橋vsオカダ』という平成後期日本マットが生み出した最高ブランドへのご祝儀であったとも思う。
その全てが【IWGP】王座戦でのメインであった事がそれを証明しているが、実はその王座戦全てのセミファイナルが中邑真輔の異次元IC戦(桜庭/飯伏/AJ)であった事も忘れてはいけない。【王道】と【異次元】が同居していたからこそ新日本プロレスは黄金時代へV字回復したのである。
中邑真輔最後のIC王座戦となった10年前1・4でのAJスタイルズ戦はその2年後WWE【レッスルマニア】で4・1に今度は当時黒だったWWE世界王座を賭け王者AJスタイルズに中邑真輔が挑戦するまるでオセロゲームのように再現された。思えば当時はWWEネットワークが日本で解禁され、新日本プロレスワールドも新設される世界配信ウォー始まりの時期でもあった。中邑真輔の新日本対談会見が配信された午後12時、WWEロイヤルランブルでAJスタイルズが3番手にてサプライズ登場したのを二窓で視聴したのも今では懐かしい記憶である。
さて余談にはなるが中邑真輔のWWE入りで蘇った歴史がある。NXT時代を経てSmackDownに昇格した中邑真輔はドルフ・ジグラーとのデビュー戦を経て同期(共に団体最年少王者記録保持)のランディ・オートン撃破まで順調なスタートを切ったがまさかの落とし穴が待っていた。ジョン・シーナとの対戦でリバースパワースラムを仕掛けた際にあわやシーナの首を負傷させかねないシーンに当時のビッグボスたるヴィンスが激怒し、以降真輔さんは格下王者ジンダー・マハール相手に不毛な敗戦を繰り返させられた。
これは80年代に『プロレススーパースター列伝』を愛読していたファンなら知らぬ人はいない当時『ブレーキの壊れたダンプカー』と呼ばれたスタン・ハンセンの【首折り伝説】の現代版であった。ハンセンが王者ブルーノ・サンマルティーノの首を折った危険技でWWWFを追放されたという昭和幻想はウエスタン・ラリアートを一躍伝説の必殺技にした。しかしその事実は90年代流智美氏の別冊宝島寄稿で実は未熟なボディスラムと忖度が必要な受け身失敗によるアクシデントだった事があかされた。
実際私もWWEネットワーク加入時代にサンマルティーノドキュメンタリー等による映像でその場面を観る機会を得た。引退したシーナには申し訳ないが、共に【ラストエース】として時代を引き受けた間とはいえリングスキルでは棚橋が圧倒していたのは間違いない。逆に言えばシーナはサンマルティーノ/ホーガンと続くNYエースの系譜三代目だった事を証明している。そして【エース】≒人気商品を壊す行為はいつの時代も疎まれる事の証明でもあった。この件が無ければ中邑真輔は間違いなくWWE世界王座をもっと早期に手にしていたであろうと思われるとなんとも悔やまれる。。。
さて今回も随分脱線し題目詐欺になるところである。ではいよいよ結論に入りたい。IWGPーIC王座はいつ封印されるべきだったのだろうか?もちろん前述の中邑真輔新日本退団時にNWF王座同様封印すべきであった。
しかし私にはその半年後にそれよりも更に刺激的ないかにもジャジャ馬白IC王座の幕引きに最も相応しい機会があったように思える。それは王座決定戦で新王者となったケニー・オメガにしか出来ない仕事でもあったのだが。
NJPW4の離脱が海外メディアで噂された1・5後楽園。ケニー・オメガは当時のIC王者中邑真輔を片翼の天使で完全ピンフォールした。前日KUSHIDAに丸め込みでIWGPジュニア王座を明け渡し、ヘビー転向一戦目のサプライズであった。更には当時バレット倶楽部のリーダーでありこの日のタッグマッチのパートナーであったAJスタイルズにも片翼の天使を決め追放し3代目リーダーを就任した。その後ギャロ&アンも離脱した事でケニーは新たなる仲間ヤングバックスを格上げした。今にして思えばAEW誕生の導火線でもあったのだが。。。
もうお気づきであろう!ケニー&ヤングバックスはこの年に新設されたNEVER6人タッグ王者を奪取するが、同時にケニーはIC王者でヤングバックスはジュニアタッグ王者でもあった。下品は承知である。しかしこの時点でNEVER6人タッグ王座をゴミ箱に捨て、IC王座とジュニアタッグ王座の3本のベルトでIWGPシックスメンタッグ王座を新設する刺激的展開を演出できたのは後にも先にもこの3人しかいなかったと思うのである。
IWGPジュニアタッグの封印には賛否あるかと思う。しかしこの直前までKUSHIDAやレッドラゴンの時代までがこのディビジョンの華であったようにも思う。そもそもこのベルトは全日本のアジアタッグ的価値観のアップデートで創設されたIWGP史では4つ目の王座であった故に、NEVERタッグ王座を新設した方がジュニア選手はヘビーとも絡めてむしろ活性化に繋がったのではないかと思えるが如何であろうか?
2025年の東スポプロレス大賞は微妙な忖度がありつつも近年にない尖った選考になったと思う。常連(独占?)新日本からの受賞が実質タッグ部門のユート・アイスのみだった事が実は辻選手が火をつけた一連騒動のアンサーでもある。要はIWGP王座で今唯一輝いているのがタッグ王座だという事であり、ガラクタになりかけたIWGP女子王座に息吹を与えたSareeの受賞にも大いに納得である。タケシタ選手の敢闘賞は『響けユーフォニアム』的に言えば【ダメ金】ともとれる。但しNEVER王者としてのボルチンとの対戦でのタケシタ選手は堂々の金賞と胸を張って良い。
『ワールドプロレスリング』が視聴できないことで逆に長い文章にお付き合い頂いた事にお詫びと感謝を申し上げたい。次回こそはウルフ・アーロンについて映像を観た上での感想を語りたいと思う。辻選手にはやや辛口な意見となってしまったのだが、タケシタ選手同様期待しているからこその苦言であるのもまた事実である。辻選手が今回議論をブチあげなければある意味この時期は凪だったのかもしれない。賛否はともかくやはりレスラーは常に主張すべきである!その上で辻選手には新しい価値観を魅せて欲しいと願う。
