【伝わるプレゼンの探求】 なぜ、「いつも通りです」が意外と効くのか— プレゼンの前に「判断基準」を置いている|インセプション型プレゼン
この話は、ここから続いています。
【この記事でわかること】
・なぜ、毎回同じ話をしている人のプレゼンは、少し通りやすく見えるのか
・なぜ、案そのものより先に“判断基準”を置いた方が、話が噛み合いやすくなるのか
・なぜ、説明ではなく“前提”を共有した方が、後半の具体案が見てもらいやすくなるのか
プレゼンは、
案を出す前の「0秒目」で、
半分くらい決まっていることがあります。

例えば、プレゼンの前に、
毎回同じような話をしている人がいます。
「うちは、見た目の好き嫌いではなく、誰向けかを重視しています」
「デザインは、形そのものより、どんな状態をつくるかで見ています」
「高級感より、“ちゃんと使い続けられるか”を優先しています」
「スペックの高さより、毎日の手馴染みを見ています」
初回だけ少し丁寧に説明し、
2回目以降は、軽く流す。
続けているうちに、
「ここは変わっていません」
「いつも通りです」
くらいで済むこともあります。
普通なら、
それだけだと弱く見えます。
説明が足りないようにも見えるし、
手抜きにも見える。
でも、
こういう短い一言は、
意味がないようでいて、
実はかなり効いています。
なぜなら、
プレゼンは、案そのものを見せる前に、
“何を基準に見るか”を先に整えた方が伝わりやすいからです。
たとえば、
「高級感があるか」
「売れそうか」
「派手か」
「なんとなく好きか」
という基準で見ていた人に、
「誰向けか」
「どんな状態をつくるか」
「なぜ、その形になっているか」
という物差しを先に置いておく。
すると、
同じ案を見ても、
見る場所が少し変わります。
物差しを先に置いておくと、
相手は無意識にその物差しを手に取ります。
そして、
こちらに言われたからではなく、
自分でその基準に沿って案を見始める。

だから、
後半の具体案も、
押し込まれる感じが少なくなります。
これは、説得ではありません。
「この案が正しいです」と押しているわけでも、
「こう思ってください」と誘導しているわけでもない。
ただ、
“どの物差しで見るか”を、
静かに共有しているだけです。
プレゼンで話が噛み合わないとき、
案そのものが悪いのではなく、
見ている基準がズレていることがあります。
相手は「売れそうか」で見ていて、
こちらは「ブランドとして成立するか」で見ている。
相手は「見た目の派手さ」で見ていて、
こちらは「使う人の状態変化」で見ている。
この状態で、
どれだけ案を説明しても、
話は噛み合いません。
だから、
先に「自分はどういう基準で見ているか」を置いておく。
しかも、
毎回くどくど説明しない。
最初だけ少し説明して、
あとは「いつも通りです」と軽く流す。
すると、
相手の中で、
「この人は、こういう基準で見ている人なんだな」
という前提が、
少しずつ積み上がっていきます。
すると、
「この人は、毎回この基準で話す人なんだな」
「今回は何を重視しているか、なんとなく分かるな」
という安心感も生まれます。
毎回言っていることが同じだと、
新鮮さはないかもしれません。
でも、
基準がブレない人は、
相手にとって予測しやすい。
その予測しやすさが、
少しずつ信頼になっていきます。

その状態ができると、
プレゼン後半の具体案も、
その基準で自然に見てもらいやすくなります。
案を説明する前に、
評価する側の頭の中を整えている。
そう考えると、
プレゼン冒頭の「いつも通りです」は、
単なる前置きではなく、
かなり重要な時間になります。
【まとめ】
【まとめ】
・プレゼンが噛み合わない原因は、案そのものではなく“見ている基準”のズレであることがある
・案を見せる前に判断基準を共有すると、後半の具体案が見てもらいやすくなる
・「いつも通りです」と軽く置き続けることで、相手の中に基準が定着し、少しずつ信頼になっていく
