国語の選択問題は「ねづっち解法」になるなー共通点探しでは解けない理由
国語を解くとき、ねづっちになってはいけません。
あなたは「ねづっち」をご存知でしょうか。
当意即妙の謎かけを得意とする芸人で、
◯◯とかけて◯◯ととく
そのこころは?
という形式のネタで知られています。
お題を出されてからネタを考え、できあがると
「ととのいました!」
と言って披露する。
聞いていると、「なんでそんなことができるんだろう」と感心してしまいます。
作り方を知りたい人は以下の記事をご覧ください。
しかし、国語の問題を解くときに、この思考で解いてしまっている生徒が意外と多いのです。
選択問題で起きている「ねづっち現象」
典型的なのは、間違えた理由を説明させたときです。
なぜその選択肢を選んだのか聞くと、生徒はこう答えます。
「本文と選択肢のここが共通点だと思ったからです」
つまり、本文と選択肢の共通点を探している。
これはまさに謎かけです。
人間というのは、二つのものを並べられると、どんなものでも共通点を見つけてしまう生き物です。
本文と選択肢を見比べて、「ととのいました!」と心の中で叫んでしまう。
具体例で見てみましょう
抽象論ばかりでは伝わらないので、一例を挙げます。
本文
少年は母の言葉に反発しながらも、その真意を理解していた。
選択肢
ア 少年は母の言葉に強く反発し、何も理解していなかった。
イ 少年は母の言葉をすぐには受け入れられなかったが、その意味はわかっていた。
ウ 少年は母の言葉に素直に従っていた。
「反発」という共通点だけを見て、アを選んでしまう生徒がいます。
ねづっち解法でいくと、「反発でととのいました!」となるわけです。
しかし、正解はイ。
本文をきちんと読めば、「反発しながらも理解していた」という構文が見える。
ところが「共通点」だけを目で追うと、この構造がまるごと抜け落ちます。
キーワードの一致は、正解の保証ではありません。
これは以前「同じ言葉ホイホイ」という罠として述べました。
選択肢から読むと、必ず「共通点探し」になる
なぜこうなるのでしょう。
よくある解き方はこうです。
選択肢を順番に見る
本文との共通点を探す
つまり、選択肢 → 本文という思考の順番になっている。
逆算型で考えているので、謎かけとしては面白い。
しかし、国語の問題の解法としては、基本的に間違いです。
記述問題になると急に書けなくなる理由
このタイプの生徒を見抜く方法があります。
記述問題を解かせてみるのです。
すると、急に手が止まります。
理由は単純です。
普段やっているのが、選択肢から逆算する解き方だからです。
選択肢がある → ととのう
選択肢がない → 書けない
という状態になっているのです。
よくこう言う生徒がいます。
「選択問題なら解けるのに、記述になると書けない」
しかし実際には、選択問題も正しく解けていないことが多いのです。
ただ「ととのえている」だけ。
正解と偶然ニアピンしているだけ、とも言えます。
国語は「一方通行」で解く
もちろん、逆算が有効な問題もあります。
だから厄介なのです。
逆算がハマる経験があるからこそ、その方法をすべての問題に過剰適応してしまう。
国語の基本は、こうです。
問いを読む → 本文から根拠を探す → 自分の答えを作る → 選択肢と照合する
一方通行です。
選択肢は、自分で作った答えを照らし合わせるためにある。
答えを作ってもらうためにあるのではありません。
もし、「似た選択肢が複数ある」とか「自分の答えではまだ選びきれない」と感じたら、そのときだけ本文に戻ればよいのです。
ねづっちではなく、問題作成者になれ
では、ねづっちにならないのなら、何になればいいのでしょうか。
私は生徒にこう言います。
「問題作成者になりなさい」
問題を作る人は、どこを根拠にさせたいか、どんな誤答を作るかを考えて作っています。
つまり、出題者の視点で読むと、選択肢の構造が見えてくる。
「ととのう」ではなく、「読めて解ける」状態になるのです。
では最後に。
「ととのいました」
「国語のテスト」とかけて、「汚れた白いシャツ」ととく。
そのこころは、
どちらも選択(洗濯)します。
おあとがよろしいようで。
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