一時保護には国費が流れるだが、その妥当性を国は本当に検証できているのか
児童相談所の一時保護は、自治体が独自に行い、自治体だけが費用を負担している制度ではありません。
一時保護をすると、こども家庭庁の国庫負担制度に基づいて、国費が流れる仕組みになっています。ここを曖昧にしたまま議論すると、制度の本質は見えません。
その根拠となるのが、こども家庭庁長官通知「児童福祉法による児童入所施設措置費等国庫負担金について」です。この通知は、こども家庭庁の所掌に属する補助金等交付規則に基づき、児童入所施設措置費等国庫負担金の交付について定めるものです。そしてその中には、一時保護に関する費用も明確に組み込まれています。通知では、一時保護施設を運営するための人件費や事務費、一時保護された子どもに直接必要な経費が「措置費等」に含まれるとされ、一時保護施設の措置費等は国と地方が2分の1ずつ負担する仕組みが示されています。
つまり、一時保護が始まれば、国庫からも費用が出る。
しかもそれは、感覚的に決まるのではなく、かなり細かい単価表と支弁ルールで設計されています。施設そのものの運営費がある。施設や里親等に委託した場合の支弁がある。さらに乳児加算などの加算単価もある。公式通知の単価表には、乳児加算分として28万円台から36万円台の月額水準が並んでおり、少なくとも制度上、月30万円前後に達しうる公費単価が現実に存在することは否定できません。
要するに、一時保護をすると、どこからお金が出るのか分からないのではありません。
こども家庭庁所管の国庫負担制度から、地方との折半で、単価表に従ってお金が出る。
ここまでは、むしろ驚くほど明確です。
しかし、本当の問題はここからです。
これほど精密に「支弁の仕組み」は作られているのに、その一時保護が本当に必要で妥当だったのかを、国が後から十分に検証する仕組みは弱いのです。
国は、2025年6月1日から一時保護時の司法審査を導入しましたが、児相が家裁に書類を提出し承認をもらうだけで、後から第三者が検証できるように設計されていない欠陥制度です。以前指摘した通り、偽装司法審査と呼べるものです。
なぜなら、この司法審査は、一時保護された全ての子どもに、独立した第三者が速やかに会い、子どもの声を直接聴き、必要なら処遇や継続の妥当性まで点検する制度ではないからです。
ここで際立つのが、明石市の取り組みです。明石市は、国がそこまでの制度を設計していなかった段階で、「こどものための第三者委員会」を設け、その委員が一時保護された全ての児童と速やかに面会し、こどもの声を聴き、必要に応じて明石こどもセンターへ意見を通知する仕組みを導入しました。しかも明石市の資料では、運用開始後、概ね2日以内に面会できていることまで示されています。これは、国の最低ラインを超えて、自治体が先にブレーキを作った例です。
これに対して、千葉県のような自治体ではどうか。
千葉県は、児童相談所の第三者評価について、「利用者への情報提供を目的として実施するものではありません」と明記しています。しかも、東上総児童相談所の事例では、原本報告書の非公表、要約中心の公表、さらには後からリンク切れとなる運用まで重なり、少なくとも県民や当事者が後から個別事案の妥当性を検証するための透明性は極めて弱いと言わざるを得ません。
ここが、この問題のいちばん危ない芯です。
千葉県のように、明石市のような先進的な検証制度もなく、第三者評価の悪い結果すら十分に直接公表しようとしない自治体については、個々の一時保護が本当に必要で妥当だったのかを、国が後から実質的に知ること自体が極めて難しい。
ところが、それでも国庫負担は当然のように流れます。
今ある制度は、保護後にお金を出す設計には詳しいが、後から妥当性を確認して支弁を止める設計は弱いからです。
つまり現状は、
不透明な一時保護でも、国は十分にチェックできない。
だが、チェックできないからといって支弁は止まらない。
この構造になっています。
これは単なる制度の隙間ではありません。
主権者である国民の立場から見れば、予算の無駄を実効的にチェックできないまま税金が流れる仕組みです。しかも、その無駄は会計上の数字だけでは終わりません。
不必要な一時保護、説明も納得も乏しい親子分離、外部とのつながりが細い閉鎖空間での生活は、子どもの精神面に大きな負担を与えます。明石市が第三者委員会を設けてまで一時保護された子どもの声を拾おうとしたのは、一時保護が単なる安全確保ではなく、子どもにとって重大な権利制限であり、心を傷つけうる出来事だと理解していたからです。
だから、不必要な一時保護の問題は、
予算の無駄であるだけでなく、
子どもの傷つけでもあります。
税金を無駄に使い、そのうえ子どもまで傷つける。
これを放置することは、主権者に対する背信であり、子どもの権利に対する背信でもあります。
必要なのは明確です。
国庫負担を行う以上、個々の一時保護の妥当性を後から検証し、不必要、不相当な保護については是正や見直しにつなげる実効的なチェック機能が必要です。
同時に、後から第三者が評価できるだけの記録、公開、外部検証の回路という透明性が必要です。明石市のように、制度の側から先に子どもの声を拾いに行く設計を、例外ではなく基準にしていかなければなりません。
そして最後に、強く言わなければならないことがあります。
個人情報保護は、本来、子どもを守るためのものです。
ところが現実には、それが行政の説明責任を薄める口実となり、保護される客体である子ども本人でさえ、自分に何が起きたのか十分に知ることができない情報隠蔽につながることがあります。
個人情報保護の名の下に、行政だけが情報を握り、当事者も国民も後から検証できない。
そんな制度は、保護ではなく、密室化です。
一時保護に国費を使うこと自体を否定しているのではありません。
本当に必要な保護には、十分な財政支援が必要です。
しかし今の問題は、支弁の仕組みだけが精密に整えられ、妥当性を確かめる仕組みと透明性が置き去りにされていることです。
アクセルはある。
けれど、ブレーキが見えにくい。
そこに、この制度の根本的な歪みがあります。
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