子どもたちが語った「児童相談所」の人権侵害―千葉県庁記者会見(2025年8月6日)完全記録
児童相談所に一時保護された子どもたちが、千葉県庁で記者会見を開きました。
しかし、この会見はほとんど報道されませんでした。
彼女たちは、児童相談所で何が起きたのかを自分の言葉で語りました。
2026年3月6日、社会の不条理を鋭く突く雑誌『紙の爆弾』2026年4月号が発売されました。
その中で私が寄稿したのが、**「子どもたちが語った『児童相談所』の人権侵害」**です。
この記事の出発点となったのは、2025年8月6日、千葉県庁の記者会見室で行われた報告会でした。
マイクの前に立ったのは、政治家でも専門家でもありません。
児童相談所に一時保護された3人の少女たちでした。
彼女たちは、自分たちに何が起きたのかを、自分の言葉で語りました。
その証言は、日本の児童相談所制度が抱える問題を、非常に率直な形で示すものでした。
動画では18分を超えるこの会見。
声の震え、言葉に詰まる間、会場に流れた張り詰めた空気は、文字だけでは完全には伝えきれません。
それでも記録として残し、より多くの人に届けることには意味があると思います。
ここでは、2025年8月6日の千葉県庁記者会見で何が語られたのかを、あらためて整理して記録します。
2025年8月6日、千葉県庁で何が語られたのか
2025年8月6日。
真夏の強い日差しが照りつける千葉県庁の一室は、静かな緊張感に包まれていました。
主催は「児相と親子の架け橋千葉の会」。
その場で語られたのは、制度の理念ではなく、制度によって実際に起きたことでした。
保護されたはずの子どもたちが、なぜこれほど深く傷つき、いまなお苦しみ続けているのか。
その現実が、一つひとつの証言から浮かび上がってきました。
まずは、この記者会見の全体をご覧ください。
以下の動画が、2025年8月6日に千葉県庁で行われた記者会見のノーカット記録です。

同意なき親子分離が自身にもたらしたもの 児童相談所での一時保護を経験した子供たちからの報告会
https://youtu.be/_LqAuezeDhc?si=iPQKDjh9VzS23Ng_
以下では、この記者会見で語られた内容を、証言ごとに整理して記録します。
証言1
「今日はお泊まりになるけどいい?」
その一言から始まった一時保護
最初に証言したのは、2020年2月、当時小学1年生で一時保護された少女です。
きっかけは、クラスメイトとの喧嘩でした。
興奮した彼女を父親が叱り、叩いたことを学校で話した結果、「身体的虐待」とみなされ、通報につながったといいます。
少女はこう語りました。
「(学校の)校長室に呼ばれて、児相の職員に『今日はお泊まりになるけどいい?』という軽い感じで聞かれました。私は『1日だけのお泊まり会』のようなものだと思って、何も分からずに『いいですよ』と答えました。でも、それが一時保護の始まりで、それから家に帰ることはできませんでした」
この証言は非常に重いものです。
子どもに対して、一時保護という重大な措置が、どのような説明で始まっているのか。
そこに、制度の入口の問題が凝縮されています。
ショート動画①
一時保護の始まりを語った証言です。
「今日はお泊まり」が数ヶ月の隔離に…報道されない児相の連出し実態
その後、5年生だった兄も保護されました。
しかし保護所では男子との接触が禁じられ、実の兄と話すことすら許されなかったといいます。
さらに少女は、保護所での生活について次のように語りました。
知らない人が使った下着を履かされた
勉強はドリルを渡されるだけだった
親にまったく会えなかった
毎日「早く迎えに来てくれないかな」と考えていた
そして約3か月後、保護解除の条件として示されたのは、
両親が離婚すること
父親に内緒で、誰にも知られない場所へ引っ越すこと
ランドセル以外の思い出を処分すること
という、極めて重い内容だったといいます。
帰った先は、見知らぬ団地。
大好きだった勉強机もなく、友達に別れも言えないまま転校。
さらに兄は転校先でいじめを受け、中学2年生のときに自殺未遂に至ったと証言しました。
少女は最後に、こう述べました。
「児相の人は『子どもにとって安心・安全な場所を確保した』と自分たちに都合のいいことばかり言います。でも、見ず知らずの大人が、自分たちの想像を勝手に事実にすり替えて、私たちの人生をめちゃくちゃにしている。子どもが『助けて』と言っても助けてくれない、話を聞かない児童相談所なんて、私は本当に必要ないと思います」
証言2
「一緒に暮らしたい」と言っても、決めるのは子どもではなかった
父と暮らすことすら管理された日常
次に証言したのは、2021年3月、当時小学4年生で保護された少女です。
保護の理由は「性的虐待の疑い」でした。
ゲームをしていた彼女に対し、父親が後ろから抱きついた際、手が胸に触れてしまったことが問題視されたといいます。
しかし彼女が強く訴えたのは、その後に起きたことでした。
「保護が解除される時に、私はお母さんの実家に行くことが勝手に決められていて、お父さんと暮らせなくなっていました。児相の人からは『お父さんと離れて暮らしたいか』という意思確認は一度もされたことがありません。自分たちの知らないところで全部勝手に決められて、ショックというか、もう信じられませんでした」
ここで浮かび上がるのは、子どもの生活に関する重大な決定が、本人不在のまま進められているという問題です。
彼女は何度も「お父さんと一緒に暮らしたい」と手紙を書いたそうです。
しかし児相は理由をつけて会わせず、ついには「手紙を書かないで」とまで言われたといいます。
そして2年を経てようやく同居が認められた後も、親子には異常なルールが課されました。
父と二人きりになってはいけない
腕一本分は離れる
父に触れてはいけない
寝る部屋を分ける
風呂のときは父は外に出る
彼女は、再び保護されることを恐れて、今もそのルールを守っていると話しました。
「普通の子の家には、こんな約束ありません。一緒に暮らして2年経つのに、今も児相との関係は続いています。もう、ほっといてほしい。保護してくれてありがとうなんて、一度も思ったことはありません。振り回されてばかりの4年間です」
一時保護が一時で終わらず、その後も親子関係そのものが長期間管理されていく。
この証言は、その現実を示していました。
ショート動画②
子ども抜きで将来が決められる現実についての証言です。
子ども抜きで将来が決められる現実についての証言です。
「子供抜き」で将来が決まる?児相の不透明な決定プロセスに当事者が警鐘
証言3
「通い」と聞いていたのに、そのまま連れて行かれた
病院での検査と消えない不信感
3人目に証言したのは、2024年4月、当時小学6年生で保護された少女です。
彼女もまた、父親とのスキンシップを学校の先生に相談したことから、「性的虐待」の疑いをかけられ、一時保護に至ったといいます。
その過程について、彼女はこう語りました。
「職員から『(保護所に入るのではなく)通いがいいか?』と聞かれ、私は学校にそのまま通えるという意味だと思って『はい』と答えました。そしたら『じゃあ荷物を取りに行くから車に乗って』と言われ、そのまま強制的に一時保護所に連れて行かれました。騙されたと思いました」
ここでも、子どもの理解と実際の措置との間に大きなズレがあったことがうかがえます。
さらに、性的虐待の疑いがあるとして産婦人科で検査を受けたことについても、少女は苦痛を訴えました。
「産婦人科でいろいろ検査をされました。本当に嫌な思いをしました。……保護解除の条件は、お父さんと離れて暮らすこと、そして連絡も取らないことでした」
そして彼女は、制度への不信の核心をこう語りました。
「児相の担当職員とは、信頼関係なんて1ミリもありません。私たちの将来を左右する『援助方針会議』には、当事者である私たちは一度も呼ばれず、知らない大人だけで勝手に決めています。一度決まったら、その内容が間違っていたとしても、面子があるのか絶対に修正してくれません。この不自由さと苦しさを、大人は分かっているのでしょうか」
ショート動画③
児童相談所の決定プロセスへの疑問を語った証言です。
「私の意見を聞いて欲しかった」密室で決まる親子分離の残酷な真実
3つの証言に共通していたこと
3人の証言は、それぞれ違う出来事でした。
しかし、そこにははっきりとした共通点がありました。
それは、子どもの人生に関わる重大な決定が、子ども抜きで決められていたことです。
一時保護、転校、親との別居、親との接触、生活ルール。
どれも子どもの将来を大きく左右することばかりです。
それにもかかわらず、
十分な説明がない
本人の意思確認が不十分
会議に呼ばれない
一度決まると修正されにくい
という構造が、3人の証言から共通して見えてきました。
ここが、この会見の本当の核心だったと思います。
少女たちが国に求めた「3つのお願い」
会見の最後、3人の少女たちは、国に対する「3つのお願い」を読み上げました。
1.実態を正確に国民に伝えてほしい
一度保護されると、長期間学校に行けず、家族や友達、先生とも連絡が取れなくなることがある。自分の服すら着られず、下着まで借り物になることがある。そうした実態を、正確に国民に伝えてほしい。
2.保護所の環境を改善してほしい
家族に会わせてほしい。勉強させてほしい。自分の服を着させてほしい。趣味を奪わないでほしい。
3.子どもの意見を反映してほしい
一時保護、解除、転校、親の離婚。人生を左右する重大なことを、子ども抜きの会議で決めないでほしい。親と子と職員が、同じ場で話し合える仕組みを作ってほしい。
そして最後に、少女たちはこう訴えました。
「今の児童相談所のやり方は、日本を滅ぼす行為だと思います。なぜなら、保護された私たちが将来『お父さんやお母さんになりたい』『幸せな家庭を作りたい』と全く思えなくなるからです。どうか、私たちの未来から、これ以上の明るさを奪わないでください。私たちは物ではありません。心がある一人の人間です」
ショート動画④
少女たちが最後に語った言葉です。
「日本を滅ぼす行為」当事者が語る児相制度の闇と、国への切実な提言
この言葉は重いと思います。
制度による傷が、子どもの将来の家族観や人生観にまで影を落とす。
彼女たちは、そのことを身をもって訴えていました。
『紙の爆弾』2026年4月号に寄稿した理由
今回『紙の爆弾』2026年4月号に寄稿したのは、この会見が単なる一過性のニュースではなく、日本の児童相談所行政の構造的問題を、子ども自身の言葉で可視化した重要な記録だと考えたからです。
制度をめぐる議論では、どうしても大人の説明が前面に出がちです。
しかし本来、最も重く受け止められるべきなのは、その制度の影響を直接受けた子どもたちの声のはずです。
今回の記者会見が特別なのは、親や専門家ではなく、子ども自身が制度の問題を語ったことにあります。
その意味で、この会見は日本の児童相談所制度を考えるうえで、非常に重要な証言記録の一つだと思います。
おわりに
2025年8月6日、千葉県庁で行われたこの記者会見。
そこに立っていたのは、制度を議論する専門家ではなく、その制度を実際に経験した子どもたちでした。
本来、子どもが社会に向かって制度の問題を訴える必要はないはずです。
それでも彼女たちは、自分の経験を語りました。
この記録が、日本の児童相談所制度を考える出発点の一つになることを願っています。
記者会見の全体動画はこちらです。
証言の表情や会場の空気は、動画で見るとさらに伝わります。
【2025年8月6日 千葉県庁記者会見】
https://youtu.be/_LqAuezeDhc?si=iPQKDjh9VzS23Ng_
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