「破廉恥」と呼ばれた日本代表の勝利。旭日旗論争はなぜ、何度も何度も繰り返されるのか
2026年6月20日、北中米ワールドカップ。日本代表はチュニジアを相手に4-0という見事な勝利を収めました。上田綺世が2ゴール、鎌田大地と伊東純也もネットを揺らし、決勝トーナメント進出に大きく前進した、まさに会心の試合だったはずです。
ところが翌21日、韓国メディアの見出しに躍ったのは、ゴールシーンでも戦術分析でもありませんでした。
「破廉恥な日本、癖を直せない」「日本のサポーターはなぜこうなんだ」
スポータルコリアやアジア経済といった韓国メディアは、観客席に映り込んだ一枚の旗を取り上げ、こう報じたのです。試合中継の画面、そしてスタジアムの電光掲示板にまで映り込んだとされる「旭日旗」。W杯通算1000試合目という節目の一戦が、思わぬ形で論争の的になってしまいました。
正直なところ、「またか」と思った方も多いのではないでしょうか。2018年のロシア大会、セネガル戦。2022年のカタール大会、ドーハの広告板。そして今回。日本がワールドカップに出場するたびに、まるで判で押したように繰り返されるこの騒動。一体なぜ、サッカーの試合のたびにこの旗をめぐる対立が再燃するのでしょうか。
今日はこのテーマを、感情論ではなく、できる限り事実をベースに、深く掘り下げてみたいと思います。読み終わる頃には、きっとあなたの中に新しい「気づき」が芽生えているはずです。
まず押さえておきたい、旭日旗という旗そのものの正体
そもそも旭日旗とは、どんな旗なのでしょうか。
白地に赤い太陽、そこから放射状に広がる光線。このデザイン自体は、実はとても古い歴史を持っています。「旭日」の意匠は、武家の家紋として古くから親しまれてきたもので、九州地方の武家などが好んで用いていた「日足紋」がそのルーツのひとつとされています。光線が雲なく四方に広がる様子は、慶事や祝い事の場で「めでたさ」や「景気の良さ」を表現する、いわば縁起物のモチーフだったのです。
漁師さんたちが大漁旗として使ってきたのも、この「ハレ」の意匠としての側面があったからこそ。今でも日本各地のお祭りや祝い事で、旭日のデザインを目にすることがあるはずです。
転機が訪れたのは明治時代でした。1870年、大日本帝国陸軍が「陸軍御国旗」として旭日旗を制定し、その19年後には大日本帝国海軍も軍艦旗として採用します。ここから旭日旗は、軍旗・軍艦旗としての顔を持つようになりました。
そして戦後。1954年に自衛隊が発足すると、海上自衛隊の自衛艦旗、陸上自衛隊の隊旗として、法令に基づき旭日旗のデザインが正式に採用されます。これが現在まで続いているわけです。つまり旭日旗は、「祝いの意匠」「旧日本軍の軍旗」「現在の自衛隊旗」という、三つの顔を時代をまたいで併せ持つ旗だと言えます。
ここが、この問題を複雑にしている最大のポイントです。一枚の旗に、まったく異なる三つの文脈が重なり合っているのですから。
火種となった「もう一つの動画騒動」
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