ニューヨーク・エッセー(映画を思い出しながら⑧)「セッション」「バード」と小曽根真

 
ウェストビレッジのSmallsというジャズクラブはお気に入りの場所である。その名の通り、収容人数は50名くらいであろうか、演者と客先の距離が近く、生のジャズを聴くには最高である。2月の極寒ニューヨークの日々の寒々とした気持ちを少しでも暖めるべく、久々にSmallsに行ってみると、なんと幸運なことに小曽根真さんのライブであった。
 
小曽根真さんはボストンのバークリー音楽院のジャズ作編曲科を首席で卒業した知性派ジャズピアニストである。僕はかつてJ Waveの彼の番組を良く聴いており、恩師であるゲーリー・バートンとの交流や、ジャズのみならず、クラシック音楽への深い造詣や、その人柄に大変惹かれていた。ピアニストであるが何よりも声がイイ。Smallsにおいても、若い日本人ミュージシャンに声をかけて励ましている姿が印象的で、教育者としても素晴らしい人だなあ、と改めて感じた。
 


ジャズとニューヨークは大変相性が良いが、教師と生徒を描いた映画で印象深いのは、「セッション/Whiplash」である。ジュリアーニ音楽院を彷彿させるアメリカ最高峰の音楽学校シェーファーに通うアンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)は学院最高の指導者と名高いフレッチャー教授(JKシモンズ)の元でドラマーとして猛特訓を受けるが、これはジャズや音楽の訓練を超えた狂気の指導で、昭和世代の僕でも受けたことのない厳しい訓練が見所である。フレッチャー教授が全体練習中に、アンドリューの演奏を何度も「Not quite my tempo(ちょっと俺のテンポと違う)」と意味の分からない理由で何度も止めつつ、最後はキレて楽譜やらを頭部に投げつけてくるシーンはホラー映画並みに怖い。ただ最後10分の演奏シーンは圧巻であり、また感動的でもある。またフレッチャー教授が途中で語る、「最も危険な2つの言葉、それがGood Jobだ。良くやった、と言われていたら、チャーリー・パーカーはバードと呼ばれる存在になるまで努力しなかった」と語るシーンは、歴史に残る才能を生み出すには、コンプラなど言っていられないという様で印象的である。血の滲む努力の代償なのか、または時代特有のものなのか、ジャズの巨人チャーリー・パーカーは、麻薬と酒が原因で34歳で夭逝している。
 
そのチャーリー・パーカーの生涯をクリント・イーストウッドが監督したのが「バード」である。(バードはチャーリーの愛称。)この天才サックス奏者の歓喜と苦悩をフォレスト・ウィテカ―が演じ、カンヌ映画祭主演男優賞を受賞している。チャーリー・パーカーはカンザスシティ時代に、即興演奏についていけずにドラマーからシンバルを投げられ、観客から嘲笑されるが、それに奮起して努力を重ね、超絶的なサックスの技巧を獲得していく。高速テンポ、コード進行、即興演奏を主とするビパップを生み出し、ジャズに命を吹き込む存在となるが、その明るくノリの良い音楽の光の裏側に、娘の死や自殺未遂といった影に焦点を当てている。子供の様なウィテカーの演技は、常に哀愁を感じさせ、自身が薬物に溺れながらも、薬物を使用しても音楽は良くならない、と後輩を叱る姿も心に残る。サックスのソロ演奏は実際のチャーリーの音源を使用したものある。
 
小曽根真さんとカルテットの演奏を聴きながら、色々なことを考えた。僕はジャズを聴きながら、音を楽しみつつ、色々と考えることが好きである。歌詞がない分、捉え方は千差万別である。最後の曲は「Deviation」というもので、マイルス・デイビスの「処女航海」を彷彿とさせる近代的で広がりを感じる曲で、その「逸脱」という意味を思いながら聴いていた。黒人の観客が「Beautiful!」と声を上げていた。チャーリー・パーカーは、カンザスシティ―で自身の型を作り、そこからDeviateしてニューヨークに来て成功を掴み、短い人生を削りながら生きた。小曽根さんは正統な型を身に着けつつ、日本人ジャズピアニストとして意図的にずれを作り、異国ニューヨークで活躍を続けているのではないか。Deviation(逸脱)というのはそういう意味だろうか。最近自身の今後や生存戦略をよく考えるようになった。今までの誰かに与えられた既定路線とは異なる生き方を、少しだけコードをずらしながら、ニューヨークで探っていきたいと思った一夜である。
 
「セッション」2014年
監督:デイミアン・チャゼル
出演:マイルズ・テラー、JKシモンズ
名門音楽学校に入学したニーマンは伝説的教授であるフレッチャーの指導を受けるが、天才を生み出すことに取り憑かれたフレッチャーの常軌を逸した厳しいレッスンにより、次第に精神が追い詰められていく。
 
「バード」1988年
監督:クリント・イーストウッド
出演:フォレスト・ウィテカー
伝説的サックス奏者チャーリー・パーカーの音楽と生涯を描いた伝記作品。少年時代、結婚、夭逝といった人生の各場面をコラージュして見せている。
 
 
 

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