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33年ぶりによみがえった記憶 バブルの夢を見たホテルエイペックス洞爺と、私が過ごした忘れられない数日間

「ここに泊まったことがあるんですか?」

そう聞かれるたびに、少し懐かしい気持ちになります。

現在、「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」として世界的に知られるこのホテルは、私にとって単なる高級リゾートホテルではありません。

33年前、北海道電力泊発電所で行われた原子力発電所のプレピアレビューに参加した際、海外から来日した専門家の皆さんとともに宿泊した、忘れることのできない思い出の場所なのです。

開業当時のホテルエイペックス洞爺

当時、私は原子力発電所の安全評価や運転管理に携わる技術者として業務に従事しており、米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院で原子力工学を学び、修士号を取得していました。そのため、プレピアレビューでは海外の専門家とも英語で直接議論し、技術的な意見交換を行う機会に恵まれました。

ピアレビュー風景のイメージ

最近、このホテルの歴史を改めて調べてみると、日本のバブル経済の絶頂期に誕生し、その崩壊に翻弄されながらも見事によみがえった、まさに「時代を映すホテル」であったことを知りました。



北海道の山頂に現れた夢のリゾート

ホテルエイペックス洞爺は、北海道・洞爺湖を見下ろすポロモイ山の山頂近くに建てられました。眼下に広がる洞爺湖、遠くに望む羊蹄山、そして内浦湾まで見渡せるその眺望は、まさに「天空のリゾート」と呼ぶにふさわしいものでした。

建設が進められたのは、日本中がバブル景気に沸いていた時代です。豪華な設備、洗練されたインテリア、そして非日常を味わえる立地は、当時の人々に大きな夢を抱かせました。ホテルそのものが、豊かさと華やかさを象徴する存在だったのです。

朝霧に浮かぶホテルと豪華なホテルフロント
ロビーから眺める雲海は当に天空のホテル

しかし、バブル経済の崩壊は、この夢のリゾートにも厳しい現実を突きつけました。開業後まもなく経営は苦境に陥り、やがてホテルは閉鎖されることになります。華やかな時代の象徴として生まれた建物が、時代の変化に翻弄されていく姿は、まさに日本経済の縮図のようでもありました。

それでも、この場所は終わりませんでした。後に新たな経営のもとで再生され、改装を経て「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」として生まれ変わります。サミット開催地として世界の注目を集めるまでになったこのホテルは、単なる宿泊施設を超え、北海道を代表するランドマークの一つとなりました。



泊発電所プレピアレビューでの滞在

私がこのホテルを訪れた目的は観光ではありませんでした。

北海道電力泊発電所で実施されたプレピアレビューへの参加です。

プレピアレビューとは、国際的な原子力発電所の相互評価(ピアレビュー)を円滑に実施するために、レビュー項目や現場対応を事前に確認・検証する重要な取り組みです。

参加メンバーには、日本国内の専門家だけでなく、欧米やロシアなど海外から来日した原子力分野の専門家も加わっていました。

日中は発電所で安全管理や運転、保守、品質保証などについて真剣な議論が続きましたが、ホテルへ戻ると夕食の席では各国の文化や研究、原子力行政の違いなどについて自由に語り合う時間もありました。

技術的な議論だけでなく、それぞれの国の文化や価値観について語り合えたことは、私にとって国際的な視野を広げる大変貴重な経験となりました。



今でも忘れられないロシア人メンバー

数ある思い出の中でも、最も印象に残っている出来事があります。

ロシアから参加していた専門家の一人が、真冬の北海道にもかかわらず「少し泳いでくる」と言ってホテルを出ていったのです。

最初は冗談だと思いました。

ところが彼は本当に海へ入り、氷のように冷たい冬の海を悠然と泳いで戻ってきました。

冬の海を泳ぐロシア人技術者

私たちは皆驚きを隠せませんでしたが、本人は「ロシアでは珍しいことではないよ」とでも言いたげな穏やかな表情でした。

会議では厳格な原子力技術者でありながら、一歩仕事を離れると豪快でユーモアにあふれる人柄だったことも、今では懐かしい思い出です。



閉鎖されたホテルと、再び灯った明かり

その後、ホテルエイペックス洞爺は長い休止期間に入りました。かつて多くの人でにぎわったロビーやレストラン、客室は静まり返り、山頂の建物はしばらく時の流れに取り残されたように見えたかもしれません。

しかし、建物は壊されることなく残され、新たな可能性を待ち続けました。そして、経営の再建と大規模な改装を経て、ホテルは再び息を吹き返します。名前も装いも変わりましたが、洞爺の大自然を見渡すあの場所に、再び人々の笑顔と会話が戻ってきたのです。

私はその後、このホテルがサミットの会場として世界的な注目を集める存在へと変わっていく様子を、遠くからではありますが見守ってきました。かつて自分が泊まった場所が、時を経て新しい価値をまとい、多くの人に愛されるホテルとして復活したことは、何とも言えない感慨を呼び起こします。

2008年洞爺湖サミットの記念モニュメント
当時のメドベージェフロシア大統領のサイン入り石碑
当時のジョージブッシュアメリカ大統領のサイン入り石碑
当時の福田康夫総理大臣のサイン入り石碑




33年後に思うこと

33年という歳月は、決して短くありません。

当時の私は、原子力発電所の安全を守る技術者として、目の前の課題に全力で向き合っていました。ホテルで交わした会話や、冬の海に飛び込んだロシア人専門家の姿は、長い間、記憶の奥に静かに残っていました。

そして今、改めてこのホテルの歴史を知り、自分自身の若い頃の経験を振り返ると、あの数日間がいかに特別な時間であったかを実感します。

ホテルエイペックス洞爺は、バブルの夢とその崩壊、そして再生という日本の現代史を映し出す存在でした。そして私にとっては、国際的な技術交流の場であり、人生の一場面を鮮やかに刻んだ思い出の場所でもあります。

洞爺の山頂に立つたび、あるいはその名を耳にするたびに、私はあの頃の空気と人々の笑顔を思い出します。

記憶は時を経ても消えることはありません。むしろ、年月を重ねるほどに、より深く、より温かくよみがえるものなのだと、このホテルは教えてくれました。



おわりに

ホテルエイペックス洞爺、そして現在のザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパは、私にとって単なる宿泊先ではありません。

それは、国際協力の現場で過ごした貴重な時間と、時代の変化を乗り越えて再生した建物が重なり合う、かけがえのない記憶の場所です。

33年ぶりによみがえった記憶は、今もなお私の中で静かに輝き続けています。
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