ごめんね、またね。そこにいた私へ
今日は雨だ。
窓の外を見る。
静かに、でも確かに
降っている。
雨音を聞いていると、
ふと思った。
「あの子、大丈夫かな」
「あの子」というのは、
先日noteで読んだ記事に出てきた、
泥だらけのキャラクターキーホルダーのことだ。
畑の脇の道に
落ちていた。
泥と同化して、
ほとんど見えなくなっていたという。
誰かの大切なものだったのだろう。
小さな子どものお気に入りで、
どこへ行くにも
一緒だったのかもしれない。
誰かからもらった宝物を、
大切に持ち歩いていたのかもしれない。
でも、
どうしてそこにいたのかは
分からない。
ただ、
誰にも気づかれないまま、
雨に打たれた日があったのだと思う。
泥にまみれながら、
ひとりで、そこにいた。
その記事を書いた方は、
通り過ぎながら、
心の中でつぶやいたという。
「ごめんね」
そして翌日、
また同じ道を選んだ。
「またね」
その二つの言葉を読んだとき、
胸の奥が静かに動いた。
どこかで、
自分にも似た経験があった気がした。
はっきりとは思い出せない。
でも、確かにあった気がする。
誰にも見つけてもらえない場所で、
静かに耐えていた時間。
もしかしたら、
自分にもあったのかもしれない。
現実では、
元気で明るい人が目立つ。
前へ前へ進める人が、
強い人だと思われることもある。
でも、
泥だらけの小さな存在に
気づける人もいる。
誰かが通り過ぎた場所で、
立ち止まれる人がいる。
それは、
弱さではないと思う。
見えないものを感じ取れる、
力なのだと思う。
noteを読むまで、
HSPという言葉も、
こんなにも多くの人が
同じような感覚を持っていることも
知らなかった。
正直に言えば、
以前の私は、
繊細さを
情けなく思っていた。
でも今は思う。
静かな感性だからこそ、
見えるものがある。
誰かが通り過ぎてしまう
小さな痛みに、
気づけることがある。
泥だらけのキーホルダーに、
「ごめんね」
「またね」
と声をかけられる人がいる。
そう言える人が、
誰かの痛みを
知らないはずがない。
今日も雨が降っている。
あの道の脇で、
あの子はまた
雨に打たれているのかもしれない。
でも、
気にかけている人がいる。
「あの子、大丈夫かな」
そう思えること自体が、
もう優しさなのだと思う。
そして、
そんな優しさを持つ人たちが、
noteにはたくさんいる。
それだけで、
今日も少し、
温かい。
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この記事のきっかけになった素敵な作品です。
ぜひ、アオさんの世界を感じてみてください😊

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