第32話 ロンドンのピザ屋の地下で見つけたもう一つの居場所
高級ジャズクラブのロニー・スコッツ(以下ロニスコ)から徒歩わずか5分のところに、もう一軒、重要なジャズクラブがあります。
その名は、ピザ・エクスプレス・ジャズ。

「なに?なんでピザ屋でジャズ?」
初めて聞いた人は、みなそう思うはずです。
創業者のピーター・ボイゾットは大のジャズファンでした。自身が立ち上げたピザチェーンの、ソーホーのディーン・ストリート店の地下に、1969年にジャズクラブを開設したのです。
過去にはノラ・ジョーンズ、ダイアナ・クラールなど、そうそうたる出演者のリスト!
ピザ屋の地下で。
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早めにチケットを取れば最前列で大迫力の音楽が聴けるのはロニスコもピザエクも同じ。
でも、ロニスコと比べると、ピザ・エクスプレス(ピザエク)はずいぶんカジュアルです。
ロニスコには楽屋がしっかりあって、ミュージシャンは演奏前も後もそこで過ごします。お酒好きな人が気まぐれにカウンターで飲んでいることはありますが、ミュージシャンが楽屋から出て来なければ全く会えません。(サイン会がある時を除いて)
ピザエクは違います。
何か飲みたいミュージシャンは、奥のカウンターへやってきます。客席から丸見えの場所です。
声をかければ、話せます。
サインも、ツーショットも、チャンスがあります。
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私がここで出会ったミュージシャンは、数え切れません。
ビル・エヴァンス・トリオのベーシストとして名を馳せたエディ・ゴメス。
マイケル・ブレッカーとも共演した鬼才ドラマー、ジェフ・テイン・ワッツや情熱的技巧派ピアニストのジョーイ・カルデラッツォ。
ジャズピアノの巨匠ケニー・バロン。
パット・メセニー・グループのプロデューサーも務めたベーシストのスティーブ・ロドビー。
日本人では、秋吉敏子さんと小曽根真さん!!
あのレジェンド敏子さんが自らCDとDVDを手売りしてて、(各10ポンドと20ポンド)
「サインもするわよ♪」
とおっしゃっていたのです。ちゃっかりお言葉に甘えました。
この夜はソロピアノで、
「前半はまだまだだったわ。あーあ、練習不足ね。後半がんばんなきゃ!」
当時すでに86歳。あくなき向上心に圧倒されたものです。(今夏96歳で来日!コンサートが楽しみです)
小曽根さんには10枚近くのCDにサインをお願いしました。
日本では絶対に不可能な無茶振りにも、
「これ終わったらピザ食べさせて〜な」
なんて言いつつ、苦笑いしながら全部サインしてくださいました。
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私が大好きなイギリス人ピアニスト、グウィリム・シムコックとも会話できました。
「今日の演奏も良かった!次はいつロンドンに戻って来るの?」
と、ある時、話しかけると、彼は実に困ったような顔で言いました。
「それが、本当に自分ではわからないんだ。パット・メセニーのワールドツアーに参加してるから、スケジュールが全然読めなくて」
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もう一つ、ピザエクならではの名物があります。
グラスとピザ皿を洗う音です。
ライブの最中、奥のカウンターから、ジャーッ!カラン!カッシャーン!という音が、遠慮なく聞こえてきます。
静かなバラードの場面でも、お構いなしです。
最初は驚きましたが、そのうちそれもピザエクらしく思えてきました。
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私はこの店にも、ロニスコと同じくらい通いました。
受付もウェイターさんも、みんな顔見知りになりました。
ロンドンを離れる前夜、私はこの店へ最後の挨拶に行きました。
いつも気さくに話しかけてくれた一人のウェイターを見つけて、声をかけました。
「実は、とても言いにくいんだが、日本に帰ることになった。今夜が最後になる」
彼は目を丸くしました。
「ウソだろう。あり得ないよ。いつも来てるじゃないか」
「うん、帰りたくないんだが、単身赴任で長年日本に家族を残しているし」
「そうなのか。信じたくないな」
少し間があって、彼は続けました。
「でも、いつでもまた戻ってきてくれよ」
「だって、君のいないこの店は、この店らしくなくなっちゃうから」
