【聖なる経済学】 インフレーション
訳者コメント:
財政赤字削減(プライマリーバランス)論者が主張するのは、お金を必要とする人にお金を回さず、既にお金を持っている人の所に滞留させておくことです。そのときインフレの脅威を煽り立てますが、それを恐れているのが実は富裕層の方なのは、賃金上昇を伴うインフレは勤労者にとって中立であり、貯蓄の価値を下げるだけだからです。社会の根本を握っているのは、今も昔も高利貸しです。
◆
インフレーション
富を再分配する最後の手段はインフレです。インフレは表面上、元の融資の時よりも価値の下がった通貨で債務を返済できるようになるため、部分的な債務無効化の隠れた一つの形です。時間の経過とともに貨幣と債務の両方の価値を下げる、均衡化の力です。しかし、事は見た目ほど単純ではありません。まず、インフレには通常、金利の上昇が伴います。これは、金融当局が「インフレと闘う」ために金利を引き上げるのと、お金を貸そうとする人が、インフレ率を下回る金利で資金を貸し出すよりも、インフレに強い商品に投資することを好むからです[15]。
標準的な経済学では、インフレは財の供給増加が伴わないまま貨幣供給が増加することによって生じるとされています。では、貨幣供給を増やすにはどうすればよいのでしょうか。2008年から2009年にかけて、アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)や世界各国の中央銀行は金利をほぼゼロに引き下げ、マネタリーベース〔民間が保有している現金と中央銀行の支払準備金の合計〕を大幅に増加させましたが、目立ったインフレは発生しませんでした。その理由は、銀行が融資を増やさなかったからです。融資はお金を使う人々や企業の手に渡るお金ですが、それを増やさなかったのです。その代わりに、新たに供給されたお金はすべて銀行の超過準備金として滞留するか、株式市場になだれ込みました。これが、2009年から2020年までずっと株価が上昇した理由です[16]。
その時以来、金利がほぼゼロだったにもかかわらずインフレ率は低いままです。低成長環境下では高収益が見込める資本投資の機会が乏しいため、企業は現金を保有し続けるか、自社株買いによって株価を引き上げることを選ぶ傾向にあります。たとえFRBが市場に出回っているすべての国債を購入し、マネタリーベースを10倍に増やしたとしても、インフレは発生しないかもしれません。インフレを起こすには、お金がそれを使う人の手に渡らなければなりません。誰も使わないお金は、まだお金と言えるでしょうか。守銭奴の埋蔵金は、まだお金と言えるでしょうか[17]。私たちのニュートン・デカルト的な直観ではお金を物として捉えますが、実際にはお金は関係性です。お金が少数の手に集中すると、私たちの関係性は薄れ、人生を支え豊かにするものとのつながりが薄れていきます。
FRBの救済プログラムは主に銀行に資金を供給しましたが、資金はそこに留まりました。不況時にお金を使う人々へと資金を届けるには、「お金を利用できるのは、もっとお金を産み出せる場合のみ」という民間の信用創造プロセスを回避する必要があります。その主な方法が財政刺激策、つまり政府支出です。このような支出には確かにインフレを招く可能性があります。インフレはなぜ悪いのでしょうか。誰も物価上昇を見たくはありませんが、所得が同じ速さで上昇しているなら、どんな害があるでしょうか。害を受けるのは貯蓄のある人だけであり、借金のある人にとって実際には利益になるのです。一般の人々が恐れているのは、賃金上昇を伴わない物価上昇です。物価と賃金の両方が上昇すれば、インフレは本質的に遊休資金に対する税となり、富裕層から富を再分配し、利子の影響を打ち消します[18]。インフレのこの有益な側面については、マイナス金利の貨幣制度を検討する時に後で改めて触れます。
標準的な理論によれば、政府はインフレを招く支出を課税または財政赤字支出によって賄うことができます。なぜ税金による支出がインフレを招くのでしょうか。結局のところ、それは単に一部の人々からお金を取り上げて他の人々に与えるだけです。インフレを招くのは、富裕層からお金を取り上げて貧困層、つまりすぐに使う人々に与える場合だけです。同じように、財政赤字支出がインフレを招くのは、お金を使う人々に渡る場合であって、例えば大手銀行に渡る場合ではありません。いずれの場合も、インフレは富の再分配の結果または兆候であって、それを実現する手段ではありません[19]。
したがってインフレは、より基本的な富の再分配の形から切り離して考えることができません。従来は富裕層の擁護者とされてきた保守派が、最も熱心な「財政赤字削減論者」であるのは偶然ではありません。彼らは財政赤字支出に反対しますが、それはふつう負債を抱える者の手にお金を渡すのであって、資産を所有する者の手には渡りません。抵抗が不調に終わり、財政赤字支出がすでに行われてしまった場合、彼らが主張するのは緊縮財政、金利引き上げ、公的債務の返済です。これは本質的に逆方向の富の再分配です。彼らはインフレの脅威を持ち出し、実際のインフレの兆候が全くない場合でさえ、こうした主張を展開するのです。
原理の上で、主権通貨を持つ政府は、課税によらなくても単に紙幣を印刷するか中央銀行に無利子債券を購入させることで、無制限の貨幣を創り出すことができます。確かに、それはインフレを引き起こします。賃金と物価は上昇し、蓄積された富の相対価値は低下するでしょう。代わりに政府が利子付き債券という仕組みを用いて貨幣を創造していることは、私たちの貨幣制度の本質を示す重要な指標です。ここに、政府の主権の中核において、貨幣の所有者に貢ぎ物を差し出しているのです。
通貨発行という主権的特権に対して、政府が富裕層に利子を支払うべき理由は何でしょうか。古代から、貨幣発行権は社会権力の中心を確立する神聖で政治的な権能とみなされてきました。今日、その権力がどこにあるのかは明白です。「私に国の貨幣を発行し管理する権限を与えてくれるなら、誰がその国の法律を作ろうと構わない」とマイアー・アムシェル・ロートシルト(ロスチャイルド)は言いました。今日、貨幣が仕えるのは私有財産です。まさにそれが高利貸しの根本原理です。しかし高利貸しの時代は終わりを迎えようとしていて、間もなく貨幣は別の主人に仕えることになるでしょう。
前< 富の再分配と階級闘争
目次
次> あなたの分が増えれば私の分は減る
注:
15. さらに、今日の多くの融資は変動金利であり、多くの場合インフレ率に連動しています(今ではインフレ連動型の国債さえ存在します)。
16. 2008年7月から2009年7月にかけて、マネタリーベースは8,380億ドルから1兆6,000億ドルへと倍増しましたが、M1は20%未満、M2は10%未満しか増加しませんでした。M1とM2は実際にはマネーサプライのかなり狭い範囲の指標ですが、FRBはより包括的なM3の統計を公表しなくなりました。しかし、外部のエコノミストの中には、ジョン・ウィリアムズ(www.shadowstats.com)のように、同じ期間のM3の成長率を約5%と推定する者もいます。
17. 経済学者はこの問題を「貨幣の流通速度」という概念を通して解決しようと試みます。貨幣供給量と貨幣の流通速度の区別は、綿密に検討すると崩壊します。
18.インフレには他にもいくつかの悪影響があります。例えば、「メニューコスト」(頻繁な価格変更のコスト)、会計上の困難などが挙げられます。インフレ率が非常に高い場合、つまり商品のキャリーコスト〔現物を保有した場合に先物を保有した場合と比べてどれだけコストがかかるかを示したもの、持ち越し費用〕を上回る場合は、買いだめにつながる可能性があります。こうした点は、マイナス金利通貨制度を構想する上で重要な要素となります。
19. 富の再分配に起因しない唯一のインフレは、戦争や禁輸措置による物資不足から生じるものです。このような状況は時にハイパーインフレにつながりますが、富裕層がインフレに強い商品を溜め込むため、均衡化効果は生じません。
◆
原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-6-the-economics-of-usury/
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

