【聖なる経済学】 マイナス金利の経済学
訳者コメント:
いよいよ本書の中心的な提言であるマイナス金利貨幣の話に入ります。朽ちることのない現在のお金は、不変のものが「良い」という「分断の物語」の価値観によって、循環から引き離され蓄積されます。自然と生命の原理である循環を助けるためには、不変ではなく劣化する性質をお金に与える必要があるのです。
第12章:マイナス金利の経済学
負債は永遠に続くが、富はそうではない。なぜなら、富の物理的な側面はエントロピーという破壊的な力に支配されるからだ。
— フレデリック・ソディ
仮に私がパンを12斤持っていて、あなたはお腹を空かせているとしましょう。私はパンが古くなる前にそんなにたくさん食べることはできないので、喜んであなたに分けてあげます。「さあ、この6斤を持って行ってください」と私は言います。「そして将来パンが手に入ったら、また6斤返してくれればいいですよ。」私は今あなたに新鮮なパンを6斤渡し、あなたは将来いつか私に新鮮なパンを6斤返してくれるのです。パンを与えないでおいて、代金を取って貸すなんて私にはできません。どうせすぐに古くなってしまうことは、私たち二人ともわかっているのですから。
必要であり実用に供する物が朽ちていく世界で、分かち合うのは自然なことです。溜め込む人は、古くなったパンや錆びた道具、腐った果物の山の上に一人さびしく座ることになり、彼を助けようとする者は誰もいません。なぜなら、彼自身が誰にも手を差し伸べたことがないからです。しかし現在のお金は、パンや果物や他のどんな自然物とも違います。すべてのものは最終的にその源に戻るという自然の「回帰の法則」、生と死と再生の法則に対して、お金だけが例外なのです。お金は時とともに劣化することがなく、物質世界から概念だけを抜き出したものなので、変化せず、あるいは利子の力によって時間とともに指数関数的に増えていきます。
私たちは、自己とお金を非常に密接に結びつけて考えます。「我が物」という言葉に表れているように、私たちは自分のお金をまるで自己の一部であるかのように捉え、だからこそお金を奪われると、引き剥がされ「ぼったくられた」と感じるのです。お金は、自然の法則である「回帰」に反するだけでなく、精神の法則である「無常」にも反しています。存在し続け、時とともに増えていくものを、老いて死に、土に還る自己と結びつけるなら、幻想を永続させることになります。私たちは皆そのことを良く知っているにもかかわらず、富を増やすことで自分自身が大きくなり、お金のように不滅になれると、どこかで思い込んでしまうのです。私たちは老後のために蓄えますが、まるでそうすれば自分の衰えを食い止められるとでもいうようです。しかし、他のすべてのものと同じように、お金も朽ちて、その源に還っていくとしたら、一体どのような影響があるでしょうか。
私たちは、指数関数的に増加するお金を、自己と世界に結びつけてきましたが、本当は指数関数的でも直線的でもなく、循環的なものです。その結果、私が述べたように、競争、欠乏、そして富の集中が生じるのです。私が先に提起した「人間の贈り物とニーズを結びつけることができる、お金という美しい概念に何が問題なのか」という問いへの答えは、大部分が利子、つまり高利貸しに帰結します。しかし高利貸し自体は、私たちがどこかで賢明な選択をしていれば違った結果になったかもしれないような、孤立した現象ではありません。それは、物体でしかない宇宙の中の切り離された自己という、私たちの自己意識と疑いなく結びついており、お金の進化と並行して進化してきました。最初の高度に金銭化された社会である古代ギリシャが、近代的な個人の概念の発祥地でもあったことは、決して偶然ではありません。
お金と人間存在の深い結びつきが朗報だと言えるのは、現代人の自己観が根本的な変容を遂げようとしているからです。新たな自己、つながり合う自己、そして相互連結性という真実、そして「あなたの分が増えれば私の分も増える」という真理をますます実感する世界において、どのようなお金がふさわしいのでしょうか。利子が決定的な役割を果たすことを考えると、まず検討すべき代替通貨制度は、構造的に利子を排除するもの、あるいは利子とは反対の性質を持つものです。結局のところ、利子が引き起こすののが競争、希少性、二極化ならば、その反対の性質が生み出すのは協力、豊かさ、そして共同体ではないでしょうか。また、利子が古くから続くコモンズの略奪による収益を意味しているとすれば、その反対の性質がコモンズを再生させるのではないでしょうか。
その反対とはどのようなものになるでしょうか。それはパンのように、時の経過とともに価値が下がるお金です。言い換えれば、それは劣化するお金、つまり、マイナスの金利が適用されるお金で、このマイナス金利はデマレージ(減価費用)とも呼ばれます[1]。劣化するお金は本書の中心的な考えの一つですが、その歴史、応用、経済理論、および結果を説明する前に、「劣化」という言葉について少し述べたいと思います。この言葉は否定的な意味合いがあるため、使用を避けるようにと助言されました。
なぜ「劣化」は良くないこと、「維持」は良いことと感じられるのでしょうか。この態度はやはり「上昇」の物語から生まれるもので、人類の運命は自然を超越し、エントロピーと混沌と劣化に打ち勝ち、秩序ある世界、つまり科学的で合理的、清潔でコントロールされた世界を確立することにあるのです。これと対をなすのが「分断」の精神性であり、そこでは非物質的で永遠不死の神聖な魂が、無常で死すべき世俗的な肉体に宿ると考えられています。そのため私たちは肉体を征服し、世界を征服し、劣化のプロセスを阻止しようとしてきました。残念ながら、そうすることで劣化が一部をなす大きなプロセス、すなわち更新、再生、循環、そしてより大きく統合された複雑性に向かう螺旋状の進化をも阻止してしまうのです。幸いなことに、「分断」と「上昇」の物語は終わりに近づいています。今こそ、劣化がもつ美しさと必要性を、思考においても経済においても取り戻す時なのです。
前< コモンズの通貨③
目次
次> マイナス金利:歴史と背景
注:
1. 「デマレージ」とは元々、たとえば貨物輸送費に加算される、商品の保管費用(滞船料)を指す言葉でした。この用語が減価する通貨にも自然に当てはまるのは、貨幣を価値の「貯蔵手段」として使うと発生するからです。貨幣と交換できる商品には維持費、運搬費、保管費がかかるため、貨幣にも同じ費用がかかるべきです。この用語の欠点は、ほとんどの人にとって馴染みがなく、不自然であることです。
「減価する通貨」は、貨幣の価値が時間とともに低下するという考え方を捉えています。残念ながら、この用語は貨幣自体の購買力の低下を意味すると誤解されがちですが、減るのは貨幣一単位あたりの価値です。通常、減価が指すのは、他の通貨に対する通貨の価値です。
「マイナス金利」は、特に制度全体を説明する際に、基本的な考え方を非常に効果的に伝えます。しかし利子は通常、貨幣自体ではなく貨幣の貸し出しに適用されるため、混乱を招く可能性があります。本書では、これらの様々な用語を、シルヴィオ・ゲゼルの「自由貨幣」という用語と併せて、区別なく使用します。
◆
原文リンク:https://sacred-economics.com/sacred-economics-chapter-12-negative-interest-economics/
翻訳メモ:
decay:劣化。元々の意味は腐ることですが、そうするとバクテリアが活動しているイメージが付きまといます。物理学で言う減衰のように、価値が低下するという意味で使っているので、劣化とします。
abstraction from physicality:物質世界から概念だけを抜き出すこと。
ripped off:ぼったくられた。単純に「損をした」と訳したのでは、自己から「引き剥がされた」というニュアンスが伝わりません。
separate self in an objective universe:物体でしかない宇宙の中の切り離された自己。objectiveは「客観的」ではなく「物体的な」という意味。
