高齢の親が倒れた時に知っておきたいことー自分軸介護のススメー
肥前歴史研究家(自称)のひとみです。
今回は「介護」について書きたいと思います。
先日、既にケアハウスに入居していた母が急病で入院し、緊急手術となりました。手術は成功し小康を得ましたが(2025.5.27現在)85才の高齢であるため再び母の「介護」について考える必要がでてきました。
そこで自身の今後を考える意味も込めて、過去の義母・実父の時の(苦い)経験から「高齢の親が倒れた時に知っておきたいこと」「介護負担を軽くするコツ」などを書いてみたいと思います。
なお介護の専門家ではないため用語の間違いや地方都市独自の環境の違いなどありましたら、その点はご容赦ください<(_ _)>
*この記事は無料で最後まで読めますが、気に入っていただけましたらサポートをお願いします。いただいたお金は母の病院等へ通う交通費に使わせていただきます。
*今回の母の入院のいきさつを書いたnote(無料)はこちら。
<こんな人に読んで欲しい>
・親元から離れて暮らしている人
・親元に兄弟姉妹がいる人
・親が一人暮らしをしている人
・そろそろ親の病気が気になってきた人
・親はまだ元気だが80才を超えている人
・祖父母と同居するなどの高齢者に接した経験が少ない人
「ひとみ/肥前歴史研究家」のスペック
・九州北部地方都市在住。たまに共著本を出す程度のほぼ専業主婦。
・家には夫(定年退職後再雇用準備中)、知的障害のある息子(成人/B型作業所通所中)の3人。
・実家及び母の居るケアハウスは車で1時間かかる隣町。
・夫の両親、私の父は他界。
・県外(中国地方)在住の兄は関東に単身赴任中。兄の自宅に義姉あり。兄の娘2人は成人独立。
・私は(現在は)兄と2人きょうだい。
・倒れる前の母は2023年よりケアハウスに入居。持病は多いもののヘルパーさんの支援で生活はできていたが、認知症の進行は気になっていた。
・ケアハウスに入居後は兄は月1回、私は月2回程度面会していた。
1 親が倒れた!まず誰が駆けつけるか。
今回の母のケースですが「腹痛がする」と言って朝からほとんど食べ物を口にしておらず、ヘルパーさんが見守って下さっていたようです。夜になり酸素濃度が低下したので救急車を呼び近くの病院へ搬送されました。医師から病状の説明のため家族を呼ぶように言われ、夜中の2:30頃にヘルパーさんから私に電話がありました(先に兄に架けたが繋がらなかったそうです)。このヘルパーさんは私が来て病状の説明を受けるまでずっと母に付き添って下さり、本当に心強く有難かったです。
note記事にも書いた通り、ケアハウスの入居に際して「主たる介護者」を兄に変更していたので先に兄へ連絡したそうですが、もし連絡がついたとしても私が行くのは変わらなかったと思います。
実際、父の時は母と私、義母の時は夫と私、と親に何かあった時は近親者の中で連絡が取れ一番早く駆けつけることができる人が行くことになると思います。
2 呼び出しの恐怖とストレス。
家庭で実際に食事や排せつ等の世話をされている方に比べると小さなストレスだとは思いますが、1に書いた様に、親に何かあると常に呼び出しを受け対応しないといけない立場だというストレス、これはなかなか侮れません。
私の場合ですが、note記事に書いた以外でも今までに次のようなケースで呼び出されたことがあります。
・友人とランチ中に救急隊から「デイサービス利用中の父を病院へ搬送した、母に連絡がとれない」との呼び出し➡早々にランチを終え病院へ駆けつける。何故かこの日は眠気が強かったのを意識低下だと施設が疑い救急搬送したらしい。異常なし。
・楽しみにしていたオンライン講演会の開始直前に「母が頭痛が酷いと言っている」と叔母から電話➡講演会参加を諦めて実家へ駆けつける。たまたま叔母から電話がありそう言っただけで緊急事態ではなく、叔母が心配しすぎたらしい。
・息子のスポーツ大会の開始前に実家の見守りサービス業者から「母から要請があり椅子から落ちたため病院へ救急搬送した」➡息子の応援を諦めて病院へ駆けつける。椅子から落ちたのは前日。胸を打ち痛みがあるが、レントゲンを撮ったら異常はなかった。
・・2017年に父が亡くなり一人暮らしの不安からか、母は少しでも具合が悪いと救急車を呼ぶようになりました。見かねた兄が民間の警備会社の見守りサービスを契約してくれましたが、見守りサービス業者が来たところで救急搬送すれば誰かが呼び出されるのは同じ。それは私しかいませんでした。
そして起きたのが以前のnote記事にも書いた、網膜剥離で手術退院後1ヶ月も経たないうちに母が救急車を呼び、救急隊から早朝の呼び出しでした。下痢が止まらず夜中に救急車を呼んだそうですが大したことはなく、点滴だけであっさり帰されました。この時ばかりは流石に夫に車を運転してもらいましたが、このことで予てより我慢を重ねていた夫がキレ、兄と介護分担について話をすることになりました。
(ちなみに母は、私が入院して眼の手術をしたと聞いて不安になり、不安から体調を崩したといいますから笑っちゃいます。でも年をとると認知機能が低下するためこうなるんですよね。義母の時も似たようなことが何度かありました。)
これは私からのお願いなんですが、兄弟姉妹のうち誰か1人が地元に残りこの様な立場になる場合は、感謝を伝えるのは勿論のこと、何らかの形で助けてあげて欲しいと思います。たとえ自宅に引き取っていなくても、親も高齢になると何かと子どもが出向く必要が生じるため、その分自分の生活や自由時間を削らないといけなくなります。私は移動で車を使うため兄からガソリン代を貰っていますが、それだけでも有難いです。
3 高齢になると話が通じない。
2に関連しますが、個人差もあると思いますが親も高齢になると認知機能が低下し、次第に話が通じにくくなります。問題行動も出てきます。
私の母は頭がよく手先も器用で何でもできる人でした。ですが、晩年は妹を早くに亡くしたこともあって家に籠りがちになり、父が入退院を繰り返すようになってからは1人暮らしの不安もあって精神的に不安定になり、次第に問題行動を起こすようになってきました。
諸々の手続きは人任せ、行くときは私が同行。
病院へ同行できずヘルパーさんにお願いすると、本人は医師の言ったことを曲解して私に伝えるため話が通じない。
・・本人の言うことを鵜呑みにした私は、言われるまま車で片道2時間かかる隣の市の病院へ母を連れて行ったことや(タクシーで行くと言ってきかないためやむなく車で連れて行った)、ヘルパーさんに物を取られたので苦情を言って欲しいと言われ第三者機関へ電話したら本人の思い込みだったなど、様々なトラブルに巻き込まれるようになりました。認知症を疑い、嫌がる本人を説得してやっとの思いで連れて行った精神科の受診を拒否されたときは、本気で私もキレました。
これらも介護における大きなストレスだったと思います。
4 病院には長く居られない。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、今は病院も長く入院することはできません。急性期の症状が収まり食事等ができるようになれば退院の話が出ます。
高齢者で回復が遅い場合で長く居たとしてもせいぜい1ヶ月半~2ヶ月でしょうか。
独居で家に戻るのが難しい場合は、リハビリができる病院に転院したり老健や特養など、本人の状態に合う施設を探さないといけません。場合によっては介護保険の区分変更を申請する必要も出てきます。
そしてここで注意しておきたいのが、認知機能の低下による問題行動です。本人が病院で暴れたり脱走するなどの問題行動が頻繁に起きると、予定より早目に退院させられることがあります。当然、家族はその度に電話がかかり呼び出されます。
10年ほど前ですが、入院した義母が脱走を繰り返しその度に電話が掛かってくるため、仕事の忙しかった夫が病院スタッフに逆ギレし、結果的に早く退院させられたことがありました(泣)。最近も友人が、やはり親御さんが病院で問題行動を起こし何度も呼び出された挙げ句早く退院させられて悩んでいるのをきき、10年前と変わらないのだなぁと思いました。
病院も他に悪影響を与える人は長くは置けないでしょう。
そして病院スタッフとはいえやはり人間ですから、以前の逆ギレした夫の対応は非常にまずかったと私は思います。
5 ケアマネジャーに頼ろう!
退院して行き先を探す時に頼りになるのがケアマネージャーです。
(要介護の人は既にケアマネージャーがついていますが、まだ要支援の場合は地域の包括支援センターの担当者に相談することになると思います。)
転院先を探したり介護保険の諸手続きなどあらゆることでお世話になるので、ケアマネージャーさんとは良好な関係を保っておくにこしたことはないです。また本人と話をする機会も多いので、本人とも相性が合う人がいいです。
父の時のケアマネージャーさんは男性でしたが、とても良くしていただきました。退院後歩くことができず暫く老健にお世話になった時、リハビリをほとんどして貰えないのに「期限が来たから」と家に帰されそうになり困っていたらケアマネージャーさんが老健へきちんと苦情を言って下さり、歩けるようになるまで置いていただいたことがありました。父との相性も良く最期まで本当にお世話になり今でも感謝しています。
そしてケアマネージャーさんにお願いして介護プランを作成してもらうと、数ヶ月に1度の割合でモニタリングがあり立ち合いを求められます。区分変更のための調査の時も立ち合いが必要です。(注:どちらも、入居の場合は立ち合いの必要がなかったかも)うちの場合は、当然一番近い私がそれらに対応することになると思います。区分変更は行政が行うので、行政が依頼した調査員が自宅や病院、施設を訪問して調査を行うことになります。
6 認定調査では、できないことはできないと言うべし。
ここで介護保険の区分変更や認定調査について軽く触れます。
要介護度によって受けられるサービスの質量が決まってきます。つまり、要介護度が高くなるほど介護保険を使えるサービスの質量が増えるということです。
調査は行政が依頼した調査員が訪問して本人と家族に聞き取りをして行いますが、本人はこの時ばかりはと頑張って「これもできる、あれもできる」と言いがちです。高齢者アルアルです!(笑)頑張った結果は、介護度が低く出て使いたいサービスが使えない、ということになりがちです(泣)。
誰でも「自分はここまでできるんだ」を示したいですし「できない」ことを認めたくはないですよね。でも支援がないとできないことは「できない」と言っていいのです。
例えば「1人で食事ができるか」という質問に対し、たとえ1人で食べ物を口に運ぶことはできたとしても「魚の骨をとることができない」ならば「1人で食事ができない」と言っていいのです。
嘘を言ってはいけませんが、できないことはできないと言うのがポイントです。
7 病院での消耗品、洗濯など。
高齢者の入院となるとタオルやティッシュなどの一般的な消耗品の他に紙おむつや入歯安定剤、なども出てくると思います。
10年程前に父が初めて入院した時、困ったのは紙おむつでした。1人で見舞いに行った母が「看護師さんに紙おむつがないと言われ買いに行ったら重くて持ち帰るのに具合が悪くなった。」と私に愚痴るので、母に負担を負わせたくない一心で毎日病院に通い紙おむつと洗濯物をチェックしていたら、私の方が疲労困憊してしまいました。
今は紙おむつなどの消耗品を届けてくれるサービスがあり契約すると利用できるので助かります。タオル類も殺菌クリーニング付きレンタルがあったので、今回の母の入院で契約してみました。パジャマもレンタルです。
ランドリーサービスは病院によって利用できる所とそうでない所があるようです。母が現在いる病院は洗濯物は週1回とのことだったので、私が持ち帰ってすることにしました。同じ病院に私が眼の手術で入院した時は、コインランドリーを使って自分で洗濯しました。
身体を休めるためにお金で解決できることはお金を使い、病院に通うのは毎日でなくてもいいのかな、と思います。毎日見舞いに行くことではなく急な呼び出しに対応すること、必要な時に動ける気力と体力を残しておくことの方が大事なのではないでしょうか。
8 それでも自分軸を保つため。
母が入院中の今、容態次第ではスケジュール全キャンセルを覚悟しましたが、幸いにして小康状態を保っています。もちろん先のことはわかりませんが、今心がけていることは
・旅行など遠方へのお出掛け以外は、予定していたことはできる範囲でやっておく。
・病院の行き返りに書店や図書館に寄る、スイーツを買う、カフェでお茶を飲むなど自分が楽しむ時間を見つける。
・お世話になった病院や施設のスタッフには心からお礼を言う。
・兄と情報を共有する。
・病院や施設にもできない時はできないと言い、代案を提示するなど冷静に話し合う。
ことでしょうか。
コロナ禍を経た現在、病院も施設も面会時間に制限を設けているところが多く、母の居る病院も30分しか面会できません。以前のように長々と付き添うことができないのも幸いで、今は行き帰りの移動時間に気持ちを切り替えるように心がけています。
とにかく自分だけが犠牲になっていると思わないよう、やりたいことはできるだけやるようにしました。
実は兄夫婦は上に書いた様な経験がほとんどなく、この2年ほど「主たる介護者」としてケアハウス入居時の手続きや引っ越しの世話をした他は、ヘルパーさんからの報告をメールで受けたり月1回ケアハウスへ面会に行ってくれていた程度。それでも幾分私の苦労が理解できたのか、今回は私1人に負担がかからないように努力すると言ってくれています。まぁ信じてみましょう。
以前は、遠方にいるというだけで緊急呼び出しも受けず自分達の生活が保てる兄たちが心底羨ましく、妬ましく思っていました。その気持ちをまだ完全に消し去ることはできませんが、要は私も無理をせず自分の生活を保てればよいのです(思えば父の時は、日々パニックになる母に振り回され生活のペースを乱され、無理を重ねていました・・)。
そこで提唱したいのが「自分軸介護」。
難しいこともあると思いますが、もう残る親は母1人なので挑戦してみようと思います。
【番外編】親以外に要介護者がいる場合。
私の介護生活のストレスの大きな原因に、知的障害のある息子がいて時間の自由がきかない、というのがあります。
いわば、常に要介護者いるような状態に近いわけですが、障害のある家族がいる以外でも、二親が要介護(一時期義母と父の介護が重なった時期がありました)や小さい子供がいる、夫が病気療養中、というケースもあると思います。
私自身がその状態に苦しんできたので具体的な解決策が思いつかないのですが、利用できるサービスは全て利用する、お金で解決できることはお金を使う(ベビーシッターや家事代行の利用等も含む)でしょうか。
一人で抱え込まず助けを求めることも大事かな、と思います。
ただ一つ、障害児がいてよかったと思ったのは福祉サービスの使い方に慣れていたこと。介護保険のサービスの使い方もほぼ同じようなシステムなんです。認定を受けて区分が決まり、その中で使えるサービスの範囲がある。ケアマネさんは障害者でいう相談支援専門員とほぼ同じ。計画を立てモニタリングがある。ね、同じでしょう!
・・私的には、親以外に要介護者がいる場合はなるべく負担が少なくなるように周囲の人がサポートして欲しいということを「声を大にして言いたい」です。
以上、長々とおつきあい下さいましてありがとうございました。
親は元気だと思っていても、さすがに80才を超えるといつ何が起こるかわかりません。
私も、皆様も、親御さんとの貴重な時間を心穏やかに過ごせますよう願っております。
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