阪急のフリーきっぷを使って 摂津(大阪・兵庫)の城巡り 池田城・有岡城【駅からお城スタンプラリー2025 5月前編】
先日、JR西日本の「駅からお城スタンプラリー」に気分転換程度に参加しています…と書きました。
東は上越の高田城(新潟)から、西は九州の福岡城(福岡)まで53ある城を1年で巡る…のはさすがに無理なので、気分転換程度に手近な所から城を巡ることにしました。
JR西日本の企画なのですが、今回は阪急沿線を軸に巡ることにしました。
8:13 出発は阪急・京都河原町駅から

朝8時台の阪急・京都河原町駅
阪急の座席指定サービス「Privace」(プライベース)でまずは十三(じゅうそう・大阪) まで。
確かに、運行しているのが、京都河原町~大阪梅田間の40分余りのことなので、割高感はあります。
ただ、今回出かけたのがGW中。始まりだけでもゆったりしたかったのもあり、500円課金しました。
座席ピッチは広く、快適な旅の始まりでした。
9:17 阪急池田駅着 池田城へ(摂津国・大阪)

途中、十三(大阪)で乗換で、15分ほど。
池田駅に到着です。
カップラーメンの生みの親・安藤百福氏の縁もあって、日清のカップラーメンミュージアムの最寄駅でもあります。
ただ、今回の目当てはカップラーメンではなくお城。
商店街の中を抜けて城へと向かいます。



大阪市内から大阪北部の能勢へと向かう、能勢街道の宿場町だったのもあり、震災で少なくなったとは言え、かつての雰囲気を残す建物も所々に見られました。
ただ、城があったのは丘の上。
城に近づくにつれて、傾斜はきつくなっていきます。

池田駅から歩くこと15分ほど。
空堀にかかる橋を渡ると、池田城のあった丘の上になります。

城跡は公園として整備されています。
城の遺構がはっきりと分かるような建物はありませんが、城の天守を模したような展望台が建てられています。
池田城ができたのが、室町時代。
摂津北部(現・大阪北部・兵庫県の一部)の豪族による池田氏の居城として丘陵の上に建てられたものです。
それもあって、土塁で固められた城でした。


展望台に上ると、この日は、さわやかな風が通り、景色を眺めていても、心地よいものでした。
池田城は、今の池田市街や大阪方面を一望できる場所になります。
摂津北部の防衛拠点としては、優秀な場所だったのが伺えます。
ただ、池田氏も次第に力を失い、家臣の荒木村重により城を追われることになります。
荒木村重は、より平野に近い伊丹に拠点を移すことになります。
戦国時代も終わると、池田城はその役目を終えることとなったのです。
この日の次の目的地・伊丹へと向かいます。
11:00頃 阪急川西能勢口 乗換

池田城まで行った後は、池田駅から1駅・川西能勢口へ。
池田城からも十分歩ける距離です。
北へと向かう能勢電鉄や、JRの川西池田駅との乗換駅になっています。

JRの川西池田駅前には、多田源氏の祖・源満仲の像が建っています。
というのも、川西は源満仲と縁がある土地で、能勢電鉄沿いにある多田神社に向かう際の乗換駅になります。
今回は、城が目当てなので、そちらには向かいませんが、武士の起こりの地だと感じさせる銅像でした。
11:14 JR伊丹到着 有岡城跡(摂津国・兵庫)

JR川西池田駅より数分で、JR伊丹駅に到着です。
駅近くに大きなショッピングモールがあるのですが、その逆側・市街地側に目を向けると…


有岡城(伊丹城)跡
JR伊丹駅駅の目の前にわずかながら城跡が残っています。
ここが池田氏を追い出し、摂津の支配権確立した荒木村重の居城となった場所です。
伊丹の市街地にある地図を見ていると、元々は有岡城は、伊丹の旧市街地を城壁で囲い込んだ総構えの城だった様子が伺えます。
JRの駅の東側を流れる猪名川の水運や、街道などの物流の拠点ともなる場所だったのです。
荒木村重は、織田信長に一時臣従しますが、石山本願寺と通じて反旗を翻し、ここ有岡城に立て籠もることになります。
荒木村重は、1年余り抵抗するものの、有岡城は落城。
摂津を追われることになります。

伊丹城はほどなくして、廃城とはなりますが、水運・陸運の便のいいことから、江戸時代には商業都市として発展していきます。
伊丹もまた、酒造で有名で、「白雪」「老松」は、伊丹に縁がある日本酒です。
それもあって、市街地に酒蔵を改造したレストランもあり、それに合わせて、市街地の建物が建てられている区画があります。
その市街地部が、かつての有岡城の城壁の中側にあったのです。
12:35 阪急伊丹発 神戸へ


伊丹に来たのですから、お酒でも飲むのも良かったのですが…この日は、城を徹底的に歩くつもりでした。
それもあって、有岡城跡から5分余り歩いて、阪急・伊丹駅の駅ビル内で簡単に食事を済ませることに。
奇しくも、信長に反旗を翻した、荒木村重の跡を追うような旅になっていますが…
実際に現地を歩いて地形を感じてみると、何故この場所に城が建ったのかが見えてきて、とても面白いものでした。
戦国末期ともなると、経済性を重視して高い丘陵地から平地へと城が降りてくる現象が起きてきます。
その流れを追っているような感じもして、それもまた興味深いものでした。
食事後は神戸へと向かい、更に他の城へと向かいます。
続く
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