会計士の私が、マンションの修繕積立金運用を理事会で提案するまで
はじめに ― 違和感は3年目に動き出した
理事として参加して早いもので3年目になった。
管理組合で、修繕積立金の運用について誰も言い出さないことに違和感があった。日経新聞では割と頻繁に出てくる内容だったが、議論の俎上に載っていなかった。
私は理事会の中ではこれまでほとんど何かを主張することはなく、聞き役に徹していた。
が、色々と違和感は持っていた。
(決算書粗すぎるやろ!未払法人税等ないんか!?とか)
会計士という立場(会計士だからというわけではなく、当たり前に本業でやっていることが力になるのでは?)から、自分にできることがあるのではないかとここ最近考えていた。
そんなこんなで先日、修繕積立金の運用提案を理事会で説明する機会を得た。
準備から当日、見えてきた次の課題までを書く。
想定読者は同じような立場の管理組合理事や、新人理事の方だ。
第1章 きっかけは「受取利息、雀の涙」だった
うちのマンションは、築40年超、100戸規模、修繕積立金約1.5億円。
多くの管理組合がそうであるように、積立金は普通預金で保有していた。
わが家の家計においても資産運用にはとても興味関心があり、四季報を買ったりしては、「あれも買いたい、これもいい」と妄想していた。
とはいえ、肝心の購入資金がなかった。。(悲しい。。)
ふと管理組合の決算書を見ると、受取利息が雀の涙程度計上されていた。
(え。こんなに少ないんか!?)
もっと遡ると、今季の総会前の読み合わせでそのような議論になったのだった。
「お金を減らさないこと」と「購買力を維持すること」は別問題
これは会計士の専門性とは別に、一個人としての資産運用への関心も後押しになった視点だ。
インフレに入って物価が高騰しているのはここ数ヶ月の話ではない。特に顕著になっているのがここ数ヶ月というだけである。
この間、現金を預金口座に寝かせているのはとんでもないと考えた。指をくわえて、実質購買力が目減りしていくのを見てはいられない。
自分の資産は運用したくてもできないが、組合の資金は
「運用したらええがな!!」という発想だった。
運用したからと言って報酬が入るわけではないが、個人では実現しにくい額の利息収入が得られるというのはなかなか興奮する話だった。
「やりましょう!」では誰も動かない、だからファクトを集めた
ここで、単に「資産運用しましょうや!」では誰からも賛同されない。
なので、ファクトを集めることにした。
手始めに前期決算書から手持ち資金の額を調査。定期、普通預金があることを把握。
そのうえで、安全資産の選択肢を調査。
「横浜マンション管理・FP研究室」というブログで、国債、すまい・る債、新窓販国債という選択肢を知った。
国債とはいえ運用金額が高ければ利息収入凄いなぁと感心していた。
続いて、「インフレ率はいくらにしよう?」というところで少し立ち止まった。
とりあえず1%でいいか!と試算したが、Geminiとのチャットで「楽観的すぎるかもしれません」という指摘を受けた。
そこで日銀政策目標の2%と、建設物価指数というマンションに関係する実勢数値を使うことにした(多分インフレ率として使用しても大きくはずれていないはず。。)。
参照したのは建築費指数(集合住宅RC造)というやつ。
やはりいくつかのパターンで比較検討することは、説得力を増すと考えた。
結論として、インフレ局面では現金で持ち続けること自体がリスクになるということを、感覚だけでなく定量的に把握することにつながった。
第2章 説明資料の中身 ― 三つの柱で組み立てた
柱①:10年後、購買力はどれだけ目減りするか
建築費指数を使って、10年後の購買力を試算した。
2026年3月時点での同数値を年平均に換算すると、年平均上昇率は3.32%(たっか!!!)。
普通預金に置いたままかつ、上記インフレ率を前提に試算すると、10年後には現在の1.5億円が実質1.08億円相当の購買力に目減りする計算になる(42百万の減少。。)
数字で示すと、空気が変わる。
柱②:管理組合が買える「安全資産」は意外とある
国債、すまい・る債、新窓販国債それぞれの特徴と制度の違いを整理した。
国債はまだ管理組合では購入できないらしい。(2026年12月から管理組合も販売対象に含まれるそうだ。下記リンク参照)
個人的には「すまい・る債」が一番管理組合には適しそうという感触だった。
優れた管理体制の組合には優遇利率が適用されることを知った。国の制度ってよくできてるんだなぁと感心した。
でも、制度が整備されていることと、利用できる人がいるかどうかは別の問題。
(やろうとする人、やり切れる人or管理組合はそこまでいないんだろうなぁ。。)
柱③:先行事例 ― 武蔵小杉のタワマンは社債で運用していた
調べる中で、武蔵小杉のタワマンが社債運用をしている事例を見つけた。
格付けの高い安全な社債に限定して運用することを、財務規定で定めているとのこと。運用委員会まであるという。
戸数が多いだけに、額も相当デカかったことが推測される。先見の明というか、危機感が当時からあったということだ。
記事にあるように、この理事会が社債による運用を開始した当時は、国債利回りはかなり低かった。
いまでは金利ある世界が到来している。(社債の方がもっと利回りがいいだろうことは確かであるが。)
第3章 説明当日 ― 「決議」ではなく「課題認識」をゴールに
この日のゴールは「決議」ではなく、「理事に現状の課題認識を持ってもらうこと」に設定した。
焦らず、最初の一歩ということで、定量的な数値でどれだけの目減りが現状生じる見込みかを示した。
想定外だった、あの質問
想定外の質問が来た。
武蔵小杉の事例について「なぜそんなことができたのか?」というものだ。
「規定で一定格付け以上の銘柄を購入することを整備していたためと推測される」と回答した。
本業でリース基準の調査をしていた経験が、偶然活きた瞬間だった。
推測ではあるが合理的な答えになったかなと思う。後に記事を見たところ、同じような内容が記載されていた。
反応 ― ロジックとファクトは、人を動かす
「勉強になった」という声があり、課題認識を持ってもらえた手応えを感じた。
巻き込むうえで、ロジックとファクトはつよいなと感じた。
第4章 そして次の宿題が見えてきた
理事から出た重要な指摘があった。
「長期修繕計画をアップデートした方が、総会での説明に対してより強固なロジックとなる」
そして、前回修繕計画から10年経っていたということを聞かされた。
(あれ。5年で更新していくもんじゃなかったの!?)
と、これは正直驚きだった。
見つけたツール:SOLCUBE Cloud
調べていくうちに、SOLCUBE Cloud という長期修繕計画シミュレーションサービスを知った。
無料版を試してみた感じ、その場でシュミレーションができるので議論しながら色々と検討ができそう。
(こういうのが欲しかったんや!!)
描きたい導線 ― 管理を強くすると、運用も強くなる
長期修繕計画の整備 → マンション管理計画認定 → すまい・る債の優遇利率。
この導線を設計したいと思う。
管理を強化することに取り組めば、色んな優遇が待っているということが各種説明資料からわかった。
(なんか燃えてきたよ!!)
おわりに ― 現状認識が、関心を引き込む
一回の説明で完結する話ではない。
分かったことがある。それは、現状を正しく認識することが、理事会ひいては住人の関心を引き込むことになるということだ。
理事の任期中に「決議を取る」より、「次の理事が議論できる土台を残す」ことの方が、意義があるのではないか。
最後に、同じ立場の方々にお伝えしたい。
まずは決算書を見て、預金や受取利息から現在の利回りを計算してみてはいかがだろうか。
そのうえで、運用商品の利回りと比較し、インフレ率とも比較することをお勧めする。
もちろん、上述のツールを使うのもいいだろう。
※本記事中のマンションの規模・修繕積立金額は、特定を避けるため実際の数値とは異なる仮の数字を用いています。
