平手友梨奈という現象――欅坂46が背負わせたもの
アイドルグループと僕
極めておじさん語りが多くなる予感がする。
我々団塊ジュニア世代というのは、同世代の人数がとても多く、そして、テレビが生活の中心にあった。
全員集合とひょうきん族のどちらを見ているかで友人がバトルしていた。
清原と桑田はどちらが巨人に行くか、クラスで議論していた。
おニャン子クラブの会員番号まで諳んじることができる友人がいた。
やや、スタンダードとは離れていた我が家は、夕やけニャンニャンを見てはダメだった。
まあ、全員集合ですら、月に一回までという謎の制限があったので、宜なるかなという感じだ。
中学生になると、さきがけ乙女塾は、部活帰りに友人の家で見た。
ribbon派かCoCo派、中嶋美智代派に分かれて、男子は盛り上がっていた。
男子というものは、あまり成長しないものだ。
筆者は、ribbonの永作博美さんが好きだった。
歌謡曲(JPOP)は1995年までは追っていた気がする。
カラオケで歌えるのも、せいぜい1999年までだ。
宇多田ヒカルがデビューした頃が最後の記憶。
壮年になり、もはやAKBなるものも、有名な曲を、会社の仲間がカラオケで歌っているのを聞く、程度だった。
音楽アプリは、そういう筆者でも、好きな曲を選べて、昔ウォークマンで聞いた曲なども探せる。
二人セゾン
そんな自分が、「二人セゾン」に電撃にも似た衝撃を受けたのも、もう10年前になるだろうか。
(注:2016年11月30日とのことだ)
昔と異なり、何かで聞いた曲は、フレーズの一部分でも記憶して検索すれば、すぐに歌手がわかる。
二人セゾンは欅坂46だった。
AKBの兄妹グループで、乃木坂というのがいて、その更に妹分がいる。その程度を、筆者は認識していた。
秋元康という人の、作詞に対する才能はすごいと思っていた。それは川の流れのようにであり、とんねるずの曲で知っていた。
だが、積極的にアイドルの曲なんて聞く習慣がなかった自分は、数年ぶりにCDアルバムを買うことになる。
ーー真っ白なものは汚したくなる
この時点で、あまり欅坂46のことを知らない。
二人セゾンという曲先行で、彼女たちを知る間もなく、アルバムの購入だ。
自分の中の、どこかに残っている厨二心に、グサリと刺さったアルバムだった。
真っ白なものは汚したくなる
出だしのOvertureから、引き込まれ、サイレントマジョリティーは、ああ聞いたことあるな、だった。
そのうち、アイドルには相応しくない曲調や歌詞が満載の曲が続く。
ーー語るなら未来を
ーー大人は信じてくれない
ーー不協和音
ーーエキセントリック
ーー月曜日の朝、スカートを切られた
再度書くが、自分の中に残っている、中学生の心境ーーそれは、若かったと片付けたくても、なぜか心の奥底に棲み続けるーーに響く歌詞と曲調だった。
不思議なもので、「このアルバムの中で好きな曲は?」と尋ねられたら(そんな機会ないけど)、
ーー誰よりも高く跳べ!
ーーW-KEYAKIZAKAの詩
ーー二人セゾン
と胸を張って答える。
(誰よりも・・・を欅坂46とするかの議論は置いておいて)
しかし、なぜだろう。ぶっちゃけ、「暗い」曲が刺さる。
テレビの切り抜き
普通のファンとは、順序が逆かも知れないが、それから、毎週日曜日の深夜にやっている、「欅って書けない」という、欅坂46の冠番組を録画するようになった。
あまり褒められたことではないが、その番組の切り抜きが、当時はたくさん動画サイトに落ちていて、いけないこととは知りつつも、過去の名場面、迷場面を見た。
ここまで1,500文字も書いてきて、ここでテーマが出てくるのだが(回りくどい)、平手友梨奈の不思議な魅力は、おじさんでも理解できた。
平手は、デビューの頃、お笑い好きのキャラで、明るく朗らかで、活発な印象だった。
芸人のモノマネをしたり、普通のアイドルだった。
語るなら未来を
この曲が出たころの切り抜きを見ると、平手は、周囲のメンバーの「いいところ」を盛んにアピールしていた。
振り返って考えてみれば、平手は、
ーーサイレントマジョリティー
ーー世界には愛しかない
と、2曲連続でセンター。当時13歳。
周囲が皆おねえさんなのに、自然とカリスマに崇め奉られ始めた。
最初の頃は、平手も、「センターなんて交代交代つとめていくもの」というラフな感覚でいたのではなかろうか。
しかし、切り抜きで見た限りでは、二人セゾンに至ってまで、今野さん(マネジメント側のえらい人)は、平手中心のスタイルは、欅坂そのものであると、魂を捧げ始めた。
二人セゾン(再)
ーー二人セゾン
を、学生の前でお披露目するという切り抜きを見た。
そのときの平手は、まだまだ笑顔を見せていて、しかしセンターらしく、ディレクションにつとめていた。
他のメンバー(おねえさんたち)は、その頃には、平手の絶対的な中心感に、抵抗を見せなくなっていた。
唯一抵抗していたのはズーミンだったが、ズーミンが体調を壊すほど、周囲の、「カリスマ平手教祖」感は揺るぎないものになっていた。
この頃、「徳山大五郎を誰が殺したか」がテレ東で放送され、欅坂46のメンバーは、本名のまま役を振られ、推理ドラマではあったが、シチュエーションやキャラクターも、普段の欅坂46を踏襲されていて、平手が主人公、ねるがバイキャラという立ち位置であった。
平手は、探偵役。
一番セリフが多い役だが、多分、平手でないと成立していない。
二人セゾンのMVは、筆者の、数少ない、アーティストMVの視聴履歴の中で、ダントツに素晴らしいものだった。
若さと儚さを纏った高校生が、秋の空気と日差しの中で、弾けるような笑顔とダンスを魅せる。
そしてのその始めと終わりに全速力で駆け抜ける平手は、まごうことなきカリスマだった。
不協和音
ーー不協和音
評価が難しい曲だ。
筆者は、ダンスを見るのも好きだ。そして、上野隆博さんの振り付けの最高傑作が、不協和音のサビの1拍前の、平手のジャンプに顕れている。
この1拍のジャンプは、魂の叫びにも似たジャンプで、平手の躍動感と、周りのおねえさん方の沈黙の演技が相まって、そして、後ろからの照明が傑出している。
ただ、ダンスがあまりにも詰め込みすぎている。それはMVという中では成立しても、歌番組には向いていないほどの運動量だ。
有名(になってしまった)なエピソードで、紅白歌合戦で、欅坂46の熱烈ファンのウッチャンとのコラボで、平手が倒れてしまったが、この曲を、ショートバージョンだとしても、2回踊り切るのは、体力と精神力が持たない。
そう、精神をえぐる歌詞なのだ。
欅坂46は“反抗”を商品化した最初のアイドルだった。
月曜の朝、スカートを切られた
ーー月曜の朝、スカートを切られた
筆者は、このあたりから、欅坂46のMVを、正視できなくなっていた。
ーー避雷針
も同様だ。
しかし、
ーーエキセントリック
これについては、我ながら信じられないほど、聞いて、何かをじっと考えていた。
まるで、映画を見るようなーー相米慎二監督の「台風クラブ」を3分間で見ているような、不思議な感覚。
平手とねるの、儚げな様子があますところなく表現された。
平手がサビで独りで歩くシーン。
MVの中でも、筆者の何かの琴線に触れるような、堂々たる独歩。
髪留めをほどく仕草、ターンする仕草ーーそして、ラストで対岸を見つめる絵・・・
この表現者が持つ魅力が、恐怖だった。
平手友梨奈という人
その後、あまり好意的に受け入れられないキャラになってしまった平手。
しかし、憑依型の彼女がそうなってしまうのは、その世界に入り込んだからだ。
ダンスをすると、前髪すら振り付けができると言われた平手。
筆者の目には、MVでの平手が蘇る。
あの頃の平手の表情は、全て覚えている。
最初は純朴な中学生だった平手。
あの、心をえぐるような表情を魅せる平手。懐かしい。
儚さとは、燃え尽きる速度のことだ。
おじさん語り。
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