横向きに回る星|掌編小説
教室は僕にとって「正しさ」を強制される場所だった。背筋を伸ばし、前を向き、集団の歩調に合わせる。そのどれもが苦手な僕は、いつしか周囲から「変わった奴」というラベルを貼られ、透明な壁で区切られ、隔離された。
ずいぶん前から、自分の中心を通る一本の軸が、世界と少しだけずれているような感覚がしていた。真っ直ぐ立とうとすればするほど視界は歪み、足元がおぼつかなくなる。そんな僕に声をかけてきたのが君だった。
「ねぇ、知ってる? 天王星って横倒しになって回ってるんだって」
街灯の明かりが届かない校舎の裏手で、夜の帳が降り始めた空を見上げながら、君は唐突にそんな豆知識を披露した。僕が返事に窮していると、君はいたずらっぽく笑って続けた。
「自転軸が九十八度も傾いてるの。他の惑星はコマみたいに回ってるんだけど、天王星だけはゴロゴロと転がるみたいに太陽の周りを回ってるんだって」
君の言葉は、まるで僕の心の歪みを見透かしているかのようだった。僕は足元の砂利を見つめたまま小さく呟いた。
「そんな風に回ってたら、変な奴って思われないのかな」
「誰に?」
君は不思議そうに首を傾げた。
「宇宙には上も下も横もないよ。横向きに回ってたって星は星だよ。誰にも文句を言われる筋合いなんてないし、その方が太陽の光をたくさん浴びる場所だってあるかもしれないじゃない? 普通とか当たり前なんて、全然意味ないよ」
その瞬間、僕の中で何かが音を立てて外れた。いや、カチッと正しい位置にはまったのかもしれない。「普通」という重力に縛られ、垂直であることに必死だった僕の背中から余計な力が抜けていく。
天王星は自身の軌道を凛として守り続けている。それを笑う星が、一体どこにあるというのか。
「そっか。横向きでもいいんだな」
「そうだよ。むしろ、そっちの方が景色が広く見えるかもね」
君が笑うと、暗かった夜空がいつもより優しく見えた。遠くで輝く青い星が、僕の味方をしてくれているような気がした。
僕の世界の軸は、今もまだ傾いたままだ。でも、無理に矯正する必要はない。この角度だからこそ見える星があり、この角度だからこそ出会えた君がいる。人と違う角度で世界を見ていることは、決して間違いではないのだ。
僕は深く息を吸い込み、少しだけ右に傾いた視界で、明日という名の宇宙を見つめ直した。
(了)
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