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空いている棚 | #風まかせ文芸部

放課後の図書室は、いつも少しだけ世界から切り離された場所みたいだった。
廊下のざわめきは扉の向こうで止まり、ここに入ると、声は自然と小さくなる。

奥の小さなカウンターに、彼女は座っている。

図書委員。
正式にはそういう役目らしい。

けれど、図書室で彼女をそう呼ぶ人はあまりいない。

最初は、みんな普通に本を探しに来ていた。

「すみません、この本ありますか?」

彼女は少し首を傾げて、書架を見渡す。
それから立ち上がり、棚の間に消える。

しばらくして戻ってきて、本を一冊差し出す。

「これ、いいかも。」

そう言って、本を机の上に置く。

ただそれだけ。

けれど、いつの間にか、本の質問より別の言葉の方が多くなっていた。

「ちょっと相談いい?」

彼女は特に驚く様子もなく、少しだけ考える。
それからまた棚の間に消える。

戻ってくると、本を一冊置く。

「答えじゃないけど、ヒントにはなると思う。」

本を開くと、小さな紙が挟まっている。

『第三章から読むのがおすすめ。』

そんな一言。

彼女は答えを言わない。
ただ、本を差し出す。

それだけなのに、相談しに来たやつらは少しだけ軽い顔をして帰っていく。

ある日、誰かが笑いながら言った。

「先生っていうよりさ。」

「本屋じゃない?」

周りが少し笑う。

確かにそうだった。

彼女は答えを教えるわけじゃない。
ただ、その人に合いそうな本を差し出す。

読んだあと、誰かがまた来る。

「あの本、良かった。ありがとう。」

彼女は少し笑う。

「よかった。」

それだけ。

それから、図書室では彼女はこう呼ばれるようになった。

本屋。

本を売るわけじゃない。
でも、人生のどこかで必要になる一冊を差し出す人。

放課後の図書室には、今日も人が来る。

「進路、どうしようか迷ってて。」

彼女は棚を見上げる。

少し考える。

それから一冊抜き取る。

「これ、どう?」

「急がなくていいから、ゆっくり読んでみて。」

本を受け取ったやつは、少し安心した顔で帰っていく。

人はここで、色んなものを借りていく。

勇気。
慰め。
ヒント。

全部、本の形をしている。

彼女は今日も本を差し出す。

本を受け取った人は、図書室を出ていく。

でも。

誰も、何も置いていかない。

まるで本当に借書みたいに。

借りて、読んで、次の場所へ進む。

放課後が終わるころ、図書室は静かになる。

椅子を戻して、机を整える。
返却された本を棚に戻す。

窓の外はもう夕方の色になっている。

彼女は最後に書架の前に立つ。

一段だけ。

ぽっかり空いた棚。

前に誰かが聞いたことがある。

「ここ、なんで空いてるの?」

彼女は少し笑って言った。

「まだ入れる本、決まってない。」

それだけ。

俺は、図書室によく来る。

でも、本は借りない。

相談もしない。

ただ、そこにいる。

最初は、ただ静かな場所だからだった。

ある日、彼女が机の向こうから言った。

「今日は、本じゃないの?」

俺は首を振る。

彼女は少しだけ考えて、棚から一冊本を持ってくる。

「これ、どう?」

机の上に置く。

俺は本を開く。

いつもなら挟まっている紙がない。

「紙、入ってない。」

俺が言うと、彼女は肩をすくめる。

「おすすめじゃないから。」

少しだけ笑う。

図書室は静かだった。

外の運動部の声が、遠くに聞こえる。

俺は言う。

「みんなさ。」

彼女が顔を上げる。

「ここ来ると、なんか借りてくよね。」

彼女は少し考える。

それから、曖昧に笑う。

「……まあ、そうかも。」

俺は書架の方を見る。

あの空いた棚。

それから言う。

「でも俺は違う。」

彼女が少し首を傾げる。

「俺、ここに置きに来た。」

彼女が瞬きをする。

少しだけ黙る。

俺は棚を指さす。

「俺の話、ここに置いていい?」

図書室は静かだった。



今回の短篇は、
事件タロットの二枚のカード を軸に組み立てています。


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