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【エッセイ】同じようで違う日々に。

20年か。
かれこれ、20年以上、私は座り続けている。

席の左側の窓からは、春には春の、夏には夏の、秋には秋の、冬にはもちろん冬の、光が入る。
その陰りや移ろいを、カーテンを半分開けたり、中途半端に閉めたり、いっそ窓を開け放したりしながら受け入れる。

席の右側には、お湯を張った金製のタライが電熱コンロに乗って、真夏でもゆらゆらと湯気をたちのぼらせ、白い器を温める。

私の仕事。
陶磁器の上絵付け、転写貼りという作業を朝から晩まで、ひたすら手作業で一つ一つ続けている。
コーヒーカップ、カップ&ソーサー、ラーメン丼、オーバルプレート、サラダボウル…。ありとあらゆる器たちが、さまざまなデザインの転写シートを貼り付けられるのを待っている。ペンペンペンペンと、ゴムベラでリズムよく、器の表面を軽快にすべらせ、水分や空気を払い出し、シワなく伸ばしていく。平面から立体に、その器の形のままに、自在に貼り付けていく。

聴いているFMラジオからは、曜日ごとのパーソナリティーが、その日その日のテーマに寄せられたラジオネームとメッセージを読み上げて、変わり映えのない毎日に、ささやかな愉しみを届けてくれる。月火は伊門さんだし、水木は蒲田さん。金曜はユーミンだし、午後はリョーツさんとユウちゃんなのだ。

「こんちわ〜。」
と、私の席の後ろ側には両開きのサッシ戸があって、カラカラと開けるとお得意さんがにっこりと現れる。私はクルリと回転椅子を回転させて、
「あら、こんにちは。」
と、座ったまま(かろうじて手は止めて)、ご挨拶をする。

「忙しそうやねぇ。これなんやけど…。」
この器に、このデザインで、こうやって転写を貼ってほしいのだけれどと、単価、個数、納期、というような商談が急に持ち込まれるのはいつものこと。
「えっと、じゃ、来週からならかかれますよ。3日もあれば。x x円は欲しいですねぇ。」
「ありがとうございます!じゃちょっとそれ通してみますんで(たぶん決まると思うんで)、そしたらまた持ち込みますね!」
「は〜い、お願いします。寒くなりましたねぇ。」
「ホントっすね〜。今朝はまた冷えましたね。」
「風邪ひかんように気をつけないとね。」

ひょっこり訪れるお得意さんと、軽く世間話をかわすだけで、母と私の二人の工房に賑やかな風が吹く。壁に掛けてある◯△商事のカレンダーの、
【〜15日 (山ミ)ソーサー200ヶ @x x】だとか、【〜18日 (マス)3.6丼80ヶ@x x】だとかの、ざっくりとしたスケジュールを確認しながら、
「来週は忙しくなりそうだね。」
と、すでに頭では作業の段取りを組んでいる。

母が請け負うものは、手が込んで技術的に難しく時間のかかりそうなもの、私が請け負うものは比較的簡単でサクサクと数をこなすもの、という暗黙の了解のもと、分業で絵付けを担当していく。

「おーい。」
と今度は、母の後ろ側のサッシ戸が開き、隣のおじさんがカゴいっぱいに青菜野菜を持ってくる。
「サラダ菜。こっちが、空芯菜。食べて。」
「わぁー、ありがとう!いつもすみません。」
「食べて食べて。うちじゃこんに食べれんで。」
「うれしい、助かるわぁ。ありがとう。」
元気な緑がどんと届いて、とたんに菜葉の草っぽい匂いと根っこの土の匂いがフワンと香る。

母は染付そめつけ風の藍色の和柄を、角小鉢の内側に貼り終えて乾かして、今度は外側に柄を貼り始める。私は、小さな椀のぐるりと一周の柄を貼り終え乾かして、もう一周、ひとまわり小さな柄を貼り始めた。一つの器の絵柄は一度では貼りあがらず、二度三度に工程を分けて貼っていくものもあるのだ。気長な作業。単調だけれど、正確に、丁寧に、手は抜かない。

ポポポポポポ…という音とともに、コーヒーメーカーから芳ばしい香りが漂いはじめるのは、10時と3時。母と私。コーヒーカップに注がれた琥珀を、ズズズッと啜りながら、作業の手はそのままに、時折チョコレートを一口ふくむ。
「そういえば、昨日の夜ね──。」
ぽつりぽつりと、子どもの話や、テレビ番組の話をしながら、ゴムベラはペンペンと動き続ける。

子どもがまだまだ小さなうちは、機嫌よく遊んでいる間やお昼寝の間だけ、座る席だった。ベビーモニターから寝起きの声が聴こえはじめると、手を止め、子どもたちを母屋に迎えにいっていた。3人の娘たちの成長に合わせて、私の座る時間が延びていったのだ。20年以上たった今では、朝から夕方まで、じっくりと毎日座り続けている。

そうして、近ごろは。
私は席に座り続けながら、物語のしっぽを追い始めている。たとえば「あの阪急電車に乗ってきた、赤いレインブーツの女性と、あんな風に目があったのは…」だとか。脳内に、先日見かけた気になる女性を膨らませ、やがて女性は主人公となり、雰囲気や場面が流れだし、ストーリーが始まっていく。セリフや、仕草、印象的な小物や、風景まで浮かびはじめたら物語は加速して、とうとう文字に起こしたくなってくる。小説を書きたくなってくる。

手は毎日と同じようにゴムベラをペンペンしながら作業を続け、手抜きなく丁寧に仕上げながら、一方の脳内では、雨の日の赤いレインブーツの女性の物語が動き出していたりするのだ。

「あ。ねぇ、納品書だしとかないと。」
とふいに、実務が舞い込めば、脳内の物語は一時停止した画面のように保持される。
プリンターが用紙をサクサクと吐き出す間、一時停止したまま、レインブーツの女性と私は脳内で目を合わせる。物語の続きを見失わないように、彼女が主人公のままいるよう、夕方席を立つ、そのときまでチラチラと見張っておく。

20年以上。

私はここに座り続けている。

座り続けながら、作業を進め、世間話をして、ラジオネームの方々から世の中を知り、おじさんのお野菜をいただき、子どもたちの成長をみて、そして物語を紡いでいく。
いつものこの席で、今日もまた。
そしておそらく、これからも、ずっと。

窓からの光が教える。
同じようで違う日々の中。




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