【エッセイ】紙の本を嗅ぐ。
今や小説もコミックもエッセイも、指先ひとつでスルスルと読める時代だ。
田舎者の私は、久しぶりに電車や新幹線に乗る予定があれば、一冊は文庫本を持っていく。読みたいのにまとまった時間がなく、読めなかったりしたら、ここぞとばかりハードカバーの単行本でも手持ちのカバンに入れていく。そのためのカバンのサイズアップは否めない。
価値に質量を求めてしまうのは、私が根っからのアナログ人間だからなのだろう。読みたい物にはそれ相応に、手のひらへの重さを感じたい。
ページを捲る、その紙の個性や従順さに、新書は新書なりのパリッとしたプライドや、文庫は文庫なりのしんなりする寄り添いやすさ、ハードカバーの単行本にいたっては、その肌触りからも作者の姿勢やモード、小説の印象を思うのだ。
『なんのなはしです珈』のZINEが、とうとう紙媒体の本になって、販売されました。
手元に届いて封を開ける。
手に取って、ページを開くその音。
ページを開くとき、私がしてしまう癖。
紙と紙の間に鼻を埋めてクンクンとする、そのまっさらな本の香りを嗅ぐ。
でしょう?
好きな人の香りって、好きだもの。
肌触りだってそうだと思ってる。
メタファーはコニシ木の子さん。
イディアはマイトンさん。
すのうさんがそれをカタチ作り、通訳や具現化で、私たちは手に取ることができている。
欲しい!に応えるすのうさん。
描かれたビジョンを察知して、だったらと、私たちの手元に、素敵に落とし込んでしまうすのうさん。関わる方々の思いを、カタチにしていく。
その自然さが馴染みすぎて、その凄さには気付きにくいけれど、誰もが知ってる歯車の、そのコアで回るエナジーは、溌剌として健気なのだ。
路地裏の熱が冷めない理由の一つがここにある。
熱く、楽しい夢があること。
私は遠くで、「書くこと」で届けていきたい。
歯車が、ぐるぐるっと勢いよくまわっちゃうような、そんな物語を。
私にできることで、
この紙の本に、
手触りを添えられたらいいなと思う。
